Chapter11-2 黒(3)
「これは酷いわね」
聖王国の東の果て。『東の魔王』こと紫の魔法司メガロフィアが封印されていた地に転移した私――ミネルヴァは、開口一番にそう溢した。
黄金に染め上げられた景色は相変わらずなのだけれど、呪いの濃度が他の比ではないのよ。
論ずるまでもなく、メガロフィア復活の影響ね。世界が黄金化していなければ、周囲一帯は百年ほど不毛の地に成り果てていたのではないかしら。もしくは、復活の反動で更地になっていたか。敵の術に感謝する瞬間が来るなんて皮肉な話だわ。
それにしても、メガロフィアの姿が見当たらないわね。目視でも、五属性各種の探知魔法にも引っかからない。すでに移動した後?
「ねぇ、ニナ――」
「ゴホゴホッ」
「うっ」
一緒に転移してきたニナの見解を訊こうとしたところ、お荷物二人がその場で膝を突いた。勇者は激しく咳き込み、リナ某も気持ち悪そうに口元を押さえている。
呪いに当てられたのでしょう。彼らは部下の施した魔法で守られているはずだけれど、この濃度を乗り切るのは難しかったみたい。
自ら志願したくせに、この体たらく。まったく、お守りとは言い得て妙ね。
「ハァ」
私は一つ溜息を吐き、二人へ魔法をかけた。ゼクス考案の、誰でも使える呪詛防護の魔法だ。
私の技量なら問題ないでしょう。現に、勇者たちの顔色は多少良くなったわ。
改めて思うけど、どうしてこの魔法は“誰でも使える”のかしら。属性に依らない魔法は無属性のみ。しかし、呪詛防護の区分は精神魔法。不思議でたまらないわ。
いえ、それ以上に不思議なのは、理屈を伝えずとも魔法を伝授できることよ。魔法発動にはイメージか知識が必要なのに、呪詛防護に関しては当てはまっていない。意味が分からなかった。
「ミネルヴァ」
「ごめんなさい。余計なことに思考が捕らわれていたわ」
ニナの声掛けを受け、私は我に返った。状況が状況なだけに、素直に謝罪も口にする。
私の婚約者が常識外れのせいで、たまに思考が飛ぶのよね。魔法とか魔道具とか、あのヒトには常識が通用しなさすぎる。
……危ない。また余計な思考を回すところだったわ。
私は
「そっちはメガロフィアの所在を探知できているかしら?」
すると、彼女は人差し指を空高く掲げた。
つられて空を見上げたけれど、呪い渦巻く蒼天には何も見当たらない。
私は首を傾ぐ。
「何もいないわよ?」
「姿を隠してる。たぶん、狙撃対策」
「探知魔法にも引っかからないわ」
「複数の魔法を展開してるっぽい。詳細は分からないけど、その影響だと思う」
「……そう」
色々と疑問が浮かぶ。でも、それらは呑み込んでおく。今問うても無意味だからだ。
私はニナへ指示を出す。
「叩き落としちゃって。私は二人のお守りをするわ」
「了解」
彼女が空に向けて剣を構えている間に、私は自身と勇者たちへ防御魔法を張った。特に勇者側には強固な奴を。未だ起き上がれない彼らに、回避行動なんて期待できないもの。
「ホント、何をしに来たのかしら」
口内で愚痴を転がす。
魔王対策になるかもしれないという、オルカの意見は得心できる。だからこそ、同行を許したんだ。
ところが、想定以上に木偶の坊だった。メガロフィアと対面する前に行動不能に
「いえ、違うわね」
役立たずなのは想定内だった。彼らを連れてきたのは、彼ら自身が望んだことと保険の意味が強い。元より、期待なんて微塵も抱いていなかったのよ。
とはいえ、勇者たちが弱いわけではないわ。この二人はフォラナーダを除く国内トップクラスだし、その潜在能力はとても高い。あと一年ほど猶予があれば、この事態にも対応できたと思われる。
結局は、運がなかったということ。
「ミネルヴァ」
私が熟思しているうちに、ニナは準備を終えたようね。剣を上段に構えて空を睨む彼女は、ものすごい気迫を放っていた。
魔力を放出しているわけではない。むしろ逆ね。全身を流れる魔力に無駄はなく、欠片ほども外へ漏れていない。
「やって」
「ハッ!」
私の合図を受け、ニナは剣を振り下ろす。
――同時に、空が爆ぜた。最上級魔法でも撃ったのかと言わんばかりの爆発が発生し、豪風が私たちの頬を撫でる。
ニナの規格外さも大概ね。
今の一撃が何だったのか、全然分からなかったわ。少なくとも、斬撃に魔力を乗せたわけではない。彼女の全魔力は、体内に留まっていた。
「今の何?」
「風圧で叩いた」
「はぁ」
考えるのは止めましょう。彼女はゼクスの直弟子だもの。理屈が通じる相手と思う方が間違っているわ。
私は諦観を湛えつつ、爆発の起こった上空を見やる。
数秒ほど
ほぼ一瞬で地上へ降りたったそれは、一人の男性だった。黒髪黒目に加え、全身を黒で統一している。シャツ、ズボン、コート、手袋、靴など、すべての服飾が黒だった。
ハッキリ言ってダサい。ずいぶんと凝ったデザインの服だけれど、黒一色という要素が台無しにしていた。のっぺりしているのよ。立体感が皆無。せめて、一つでも違う色を加えれば印象が変わるでしょうに。
まぁ、敵の美的センスを気にしても仕方ないわね。優先すべき問題は別にあるわ。
「あれがメガロフィア?」
三十メートルほど先に立つ男を見て、ニナが怪訝そうに呟く。
こんな東の僻地、しかも彼女の一撃を受けて無傷の時点で、他に該当する人物なんていないけれど、彼女が疑念を抱くのも無理はなかった。
何せ、男は黒髪黒目なのだから。
メガロフィアは
強制的に一属性へと縛られる魔法司の特性上、メガロフィアの髪と瞳が黒いことは不自然極まりなかった。
染色でないことは、【魔力視】で見れば分かるわ。男の魔力は光以外の五属性が混じり合ったものだった。
「ふぅ」
静かに深呼吸し、混乱しかけた思考をリセットする。
冷静になるのよ、ミネルヴァ。状況的に、彼がメガロフィアであることは疑いようがない。保有する魔力も、ガルナやグリューエンと似た性質。魔法司だと断言して良いでしょう。
となると、何らかの手段を用いて、他属性の適性を手に入れたと考えられるわ。こちらの知識にない技を持っている可能性は高い。慎重に戦うべきね。
「あなたが『東の魔王』、紫の魔法司メガロフィアで相違ないかしら?」
突貫は愚策と判断し、とりあえず対話を試みる。最終的には倒すでしょうけれど、意思疎通を図ることは無駄にはならない。また、言葉より情報を得られるかもしれない。
こちらの問いに対し、男は大きく笑った。
「フハハハハ、如何にも! 我は“黒の大魔法司”メガロフィア。愛しき光以外を手中に収め、この世の理を制した者。すなわち世界の具現であるッ」
顔の半分を片手で覆い、体を捻って妙なポーズを取るメガロフィア。
その姿は何というか……とても気持ちが悪かった。
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