Chapter11-2 黒(4)

 注釈しておくと、メガロフィアの容姿は整っている方よ。服のセンスと言動が壊滅的なだけで、世間の女性を釘付けに出来る程度の器量はある。


 私? 私はほら、割と一途だから。


 ……ともかく、正面に現れた男が魔王である証言は取れた。先の言動的に、些か真偽を疑ってしまうけれど、今は置いておきましょう。もしも、後から『本物は別にいた』となっても問題ないように立ち回れば良いわ。


「あなたが魔王であるならば、この呪いを消してくださらない? 一般人には毒なのよ」


 争わないに越したことはない。期待薄だとは分かっていても、一応は穏便な提案を行ってみる。


 メガロフィアは別種の複雑なポーズを取り、答える。


「ほほぅ。呪いを消してほしい、か。たしかに、この場にある濃度では、貴殿らのような防護術を持たねば生きていけないだろう」


「その通りよ。このまま呪いが広がれば、人類が滅亡してしまうわ。お願いできないかしら」


 いちいち仰々しいイントネーションは努めて無視し、私は再度問いかける。


 対し、メガロフィアは深く頷く。


「なるほどな。貴殿の依頼は理解した。人類存亡の危機であることも。それに、我を魔王と知りながら、穏便に事を治めようとする姿勢は関心できる」


「なら――」


「しかし、断る!」


 またもや妙なポーズをし、キリッと決め顔を見せるメガロフィア。これまでの流れを一刀両断する、意味の分からない結論だった。


 まさかの好感触? と期待した私がバカだった。上げて落されることが、これほど腹立たしいとは思わなんだ。


 私は頬が引きつりそうになるのを我慢し、質問を投じる。


「拒否する理由を教えてもらえる?」


「些末なこと。周囲を彩る黄金は、我が最愛の魔法であろう? 彼女が長き眠りから目覚めている以上、我が人類に手を貸すなどあり得ぬ」


「グリューエンの肩を持つと」


「しかり。すべてを敵に回そうと、我は彼女の隣に立とう!」


 そう言ったメガロフィアは、全身から滂沱の魔力を放出した。【威圧】にも似たそれは、私たちを圧し潰さんと襲い掛かる。


 この程度の牽制、私やニナは平然と耐えられる。しかし、残る勇者たちは難しいだろう。弱り切っている現状だと、死んでしまう可能性も出てくる。


「思った以上に、足手まといだわ」


 溜息混じりに呟き、正面へ魔力を放出した。私たちが隠れるくらいに範囲を絞り、流す時間も瞬きほど。


 呪いのせいで魔力消費量が増えている現状、無駄遣いしている余裕はない。防御は必要最低限に努める。


 とはいえ、呪いの影響下で行う、魔力の精密操作は難度が高い。想定していたよりも、消耗が上回ってしまった。


 小さく舌打ちしながら、私はメガロフィアを見据える。


「交渉決裂ね。であれば、あなたをココで討伐するわ」


「クハハハ、我を討伐するだと? クハハハハハハハハ!」


 すると、今までよりも大きな声で笑う彼。


 そこに先程までの胡散臭うさんくささはなく、素で大笑いしているのだと察せた。


「世界の理を治めた“黒の大魔法司”たる、この我を下すとほざいたのか、貴殿は。かつての人類どもも総がかりで挑んできたというのに、当時よりも強くなっている我に四人で挑むつもりか。クハハ、これは傑作だッ」


 笑声は途絶えない。よほどツボに入ったのか、メガロフィアは延々と笑い続けた。


 いくら何でも笑いすぎではないかしら?


 いえ、彼の言い分は理解できるのよ。人類を滅亡寸前まで追い詰めた魔王の片割れ。勇者と多くの人々が協力した末、ようやく封印できた災厄。魔法を極めた魔法司の一枠。そんな輩を相手に、少人数で挑むなんて正気の沙汰ではない。しかも、ご丁寧に、昔より強くなったと口にしているし。


 しかし、不可能なことを虚栄で口にするほど、私のプライドは安くない。できると踏んだからこそ、堂々と胸を張って宣言しているのよ。


「間違いを指摘しておくわ」


 笑いの止まらぬメガロフィアへ、私は一つの事実を述べる。


「戦うのは私だけよ、メガロフィア。残りの三人は手を出さないわ」


「……なに?」


 こちらのセリフを受け、敵の反応が変化した。笑声を止め、一瞬にして冷たい雰囲気を発し始める。己を侮辱されたとでも感じたのでしょう。


 事実、彼の殺気の乗った視線は、私を真っすぐに貫いている。


「なめてるのか?」


 飾りのない言葉から、かなり頭に来ているのだと察しがつく。彼の冷酷な本性が、表面へ出ていた。


 対して、私は飄々と肩を竦める。


「さぁ? 戦ってみれば、分かることよ」


「チッ。良いだろう。我が直々に鉄槌を下す。光栄に思えよ、人間」


 鋭い目つきのまま、戦闘態勢へ移行するメガロフィア。


 それにならい、私も内側の魔力を隆起させた。


 肌をヒリヒリさせる緊迫感が、この場を支配し始める。


 いつ火蓋が切られても不思議ではない中、ニナが溢す。


「ミネルヴァ。独断専行がすぎる」


 彼女の声音には、若干の険が混じっていた。勝手に一人で戦うと決めたことを怒っているらしい。


 その点は謝らないといけないわね。


「ごめんなさい。でも、これがベストだと思うわ。あなたは温存すべきよ」


 何も、感情に任せて決定したわけではない。二つの理由があって、一人で戦うことにしたのよ。


 一つは、勇者たちが予想以上に弱いこと。攻撃を避けるくらいはできると考えていたけど、呪いでダウンしてしまったのは誤算だった。今の彼らには、護衛が絶対に必要だろう。


 もう一つは、呪い蔓延はびこる状況において、最大の切り札がニナだということ。主力が剣術と【身体強化】である彼女は、魔力操作への悪影響が少ない。ゆえに、私たちとは違って、ほぼ十全に戦えるのよ。切札は、ギリギリまで温存しておく方が賢いわ。


「……気を付けて」


 先の言葉で、おおよその理由は理解できた様子。ニナは素直に引き下がった。


 技は力任せのものが多いけれど、何だかんだ、ニナは賢い子なのよね。


 私は笑う。


「心配しなくても大丈夫よ。元々、単独でも制圧できるんだから。あなたは、万が一に備えなさい」


「分かった」


 そう。私たちは、単体でも魔王より強い。無効耐性などを抜きにすれば、圧勝できる。


 先のグリューエン戦では撤退を優先したけれど、戦闘を前提に準備してきた今は、臆する必要はなかった。


「我の力の恐ろしさを、その身に刻むが良いッ!」


 ニナが下がったのと同時に、メガロフィアが動く。


 バサッと大仰にコートをなびかせると、彼の頭上に五つの球が発生した。それは火、水、土、風、闇の塊。規模は各々十メートルほどで、最上級魔法レベルの魔力が込められている。


 世界の理を制したとのセリフは、大言壮語でもなかったようね。かの球体は、一つでも周囲一帯を壊滅させられるでしょう。


 ただ、球体を叩き落すなんて単純な方法を取るつもりはない様子。メガロフィアは掲げた両手をグッと握り締め、魔法を発動した。


「【開闢の槍】」


 一瞬にして、五つの球体は変化した。全長一メートル半の槍が五つ誕生し、私目掛けて発射される。


「あれはマズイわね」


 私は目を細め、素早く対抗術式を組み始める。


 あの槍は、巨大な球体を圧縮して形成されたもの。しかも、特殊な圧縮を施したようで、先程よりも威力が格段に上昇していた。あんなもの、かするだけで肉体が消滅してしまうわ。


 無論、地面に衝突しても周囲は大惨事。ニナはともかく、勇者やリナが耐えられるはずもない。


 黄金化したヒトや物の耐久は結構高いと証明済みだけれど、試す気にはなれないわね。見ず知らずの人々でも、大量に死んでしまうのは目覚めが悪いわ。


 というわけで、私の選択肢は【開闢の槍】を防御する、その一択。

 

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