Chapter10-5 Long time, The World(3)

 真っ先に動き出したのは八体の影者えいじゃでした。彼らを壁にしつつ、安全に攻撃を仕掛ける思惑なのでしょう。二つ名持ちの冒険者は伊達ではありませんね。理に適った戦法だと思います。


 とはいえ、その作戦は無意味です。影者えいじゃの担当を任されたシオンが、思惑通り行動させるはずがないのですから。


 案の定、影者えいじゃたちは、彼女の罠にかかりました。


 いつの間にか張り巡らされていたえせミスリルの糸。その包囲に巻き込まれ、八体すべてが、蜘蛛の巣に引っかかった蝶の如き状態におちいりました。


 手にする得物で糸を断ち切ろうと藻掻く敵ですが、その程度で寸断できるほど柔ではございません。


 お兄さまとノマが作り上げたえせミスリル糸は、同格以上の金属でないと歯が立たないのです。加えて、シオンは【魔纏】も付与しています。そう簡単に脱出が叶うわけがありませんでした。


 あれに捕らわれた以上、影者えいじゃたちは完全無力化されましたね。あとは、確実に始末していくだけです。……あっ。今、一体目が消滅しましたね。


 シオンの隠密技量は、相変わらず高すぎます。戦闘開始してから今まで、一切姿を捉えられません。そも、いつ姿を消していたのかさえ判然としません。


 影者えいじゃが無力化されたため、わたくしたちは気兼ねなく二人を相手できるようになりました。ニナは先頭を切って突貫し、オルカが彼女へ強化バフを施し、ミネルヴァが牽制の魔法を放ちます。


 魔力消費が増えるのは確かに負担ですが、それを物ともしない実力が三人にはございます。魔力量自体も、鍛錬によってかなり上昇していますし。


 ただ、気掛かりな点が一つ。頼みの影者えいじゃが無力化されたというのに、ブルースの態度が崩れなかったのです。相方のネグロはうろたえていたので、その違和感は目立ちました。


 何か他の秘策があるのでしょうか? 警戒は緩めないようにしましょう。護衛役のわたくしには、周囲を観察するくらいしか、できることがありませんから。


 後衛同士の魔法合戦は、安心して見ていられます。魔力阻害を差し引いても、こちら側が圧倒していました。実力差は明白。決着は時間の問題でしょう。


 ところが、前衛は異なりました。ニナとブルースの両者は、ほぼ互角に斬り合いを演じているのです。


 ニナは【身体強化】を主軸とした剣士。魔力阻害の影響は少ないため、戦いを一撃で終わらせても不思議ではありませんでした。たとえ、今後を考慮して力を温存していたとしても、です。それくらい、現在の彼女の実力は飛び抜けていました。


 ですが、実際は異なります。押され気味ながらも、ブルースは粘っていました。ニナを相手にしている上、後衛の差があるにも関わらず。


 手合わせの経験があるわたくしには分かります。彼は、以前よりも強くなっていました。しかも、劇的に。近接戦闘に限定するなら、わたくしでは勝てないかもしれません。


 いったい、半年という短期間で何をなさったのでしょうか。魔王が関わっている以上、ロクでもない手段で強化したのだと思いますけれど。


 すると、スキアが溢しました。


「ぶ、ブルース教諭、不死者アンデッド化、し、してます」


「はい?」


「えっ!?」


 彼女の言葉は衝撃的でした。傍にいたわたくしとユリィカさんは、目を丸くしてしまいます。


 不死者アンデッドとは、別大陸の技術によって誕生する怪物。かつて、ユリィカさんの故郷でも発生していましたが、それにブルースが変化していると?


「どういうことですか?」


「わ、分かりません。あ、あたしは、か、感知しか、でき、できないので……」


 わたくしの問いに、申しわけなさそうに頭を下げるスキア。


 当然ですね。スキアが相手の事情を知るはずもありません。驚きのあまり、答えを焦りすぎました。


「申しわけありません。気が逸りすぎました」


「い、いえ。と、突拍子もない内容なので、し、仕方ないと、お、思います」


 彼女へ謝罪した後、思考を巡らせます。


 そういえば、不死者アンデッド研究は、元々魔王教団が行っていたものでしたね。もしかすると、そこを経由して、魔王陣営に不死者アンデッド化の技術が渡った?


 あり得そうな話です。ただ、ブルース以外の不死者アンデッドが見当たらない辺り、コスパが悪いかデメリットが存在するのだと思われます。


 呪物と不死者アンデッド化。デメリットを多く抱える彼は、命を投げ捨てているようにしか見えませんでした。改めて観察すると、戦い方もどこか無鉄砲な感じがします。目をギラギラさせ、前進するように刃を振るっていますもの。


 戦闘が始まって幾分か。こちらの優勢で進む戦況は、一つの決着を見せました。


 けたたましい爆発音がその合図。小さなクレーターができた爆心地には、ネグロが黒焦げで倒れておりました。オルカの支援を受けたミネルヴァの火魔法が、彼に直撃したのです。


 ネグロはピクリとも動きません。微かに呼吸はしていますが、戦闘不能で間違いないでしょう。二人の魔法をまともに受けて立ち上がれるのは、お兄さまくらいのものです。


 ちょうどそのタイミングで、ニナの方も間隙かんげきが生まれました。刃同士が衝突した反動を利用し、互いに距離を取ります。


 ただ一人となった彼は、舌を打ちました。


「チッ、所詮はにえか。使えねぇ」


「あなたの負け。大人しくお縄につくべき」


「チッ」


 淡々と事実を述べるニナに対し、ブルースは再度舌を鳴らしました。それから、歯を剥き出しにして吠えます。


「お前は何でそんな強いんだ! 人間辞めた俺より強いとか、反則すぎだろうがッ」


「頑張った結果」


「俺が頑張ってないとでも?」


 悲哀混じりの怒声を上げつつ、彼は嘆き語る。


「冒険者時代は血が滲むほど鍛錬を積んだ。下手すれば死ぬほどの修羅場を潜り抜けた。上を目指して走り続けた。こっちに来てからは、あらゆる実験を受け入れた。魔獣部位の移植やら不死者アンデッド化やら、な。文字通り、死ぬまで強化を続けたんだよ。それを努力してないって、お前はほざくのかッ!?」


 最後には、目を血走らせて叫ばれるブルース。


 同時に、彼の体が二回りも隆起しました。上半身の服が弾け飛び、その内側の惨状があらわになります。


 継ぎ接ぎだらけの肉体。それどころか、一部は獣のようなもので埋め合わせされています。また、あちこちに血色の線が走っており、そこには彼とは異なる魔力が通っていました。


 これがヒトの手で施されたとは信じたくないほど、ブルースの体は醜悪な状態でした。不死者アンデッドというよりも、まるで合成獣キメラの如き様相です。


 眉をひそめたミネルヴァが口を開きます。


「魔獣の合成、他者の血液の外付け移植、不死者アンデッド化……。今まで私たちが潰してきた研究の総決算ね」


「そういえば」


 どこか既視感を覚えておりましたが、総決算という言葉で得心しました。


 研究自体は潰しましたが、裏で魔王と繋がっていたのでしょう。そして、流用された技術がブルースに使われたと。


「うがあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」


 怒りが引き金になったのか、ブルースの肉体から膨大な呪いが放出されます。もはや理性のカケラも残っていない彼は、絶叫とともにコチラへ突進してきました。


 身構えようとするわたくしたちでしたが、その前にニナが動きました。


 ブルースの進路上に入った彼女は、静かに居合の構えを取ります。それから、剣を抜き放ちました。戦闘で使うには落第であろう、非常にゆっくりとした抜剣。


 しかし、効果は劇的でした。


「――――」


 ニナの眼前まで迫ったブルースは声なき悲鳴を上げ、衝突することなく塵と化しました。


「苦痛は一瞬。せめてもの慈悲」


 彼女が何をしたのかは分かりませんでしたが、これだけは理解できました。ニナの強さは異次元すぎます。

 

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