Chapter10-3 累卵の危うき(8)

 ザッシュの調査報告を受けてから数日。例の魔道具の通称を、『コルマギア』と決めたくらいしか情報の更新はない。学園長ディマとの酒場通いは何の進展もないし、魔王の封印地も変化なし。


 ウィームレイは、各地の誘拐組織の摘発へ動いているようだが、国とは即座に行動できるほど融通の利く組織ではない。今は、根回しに奔走しているところだろう。


 ――嗚呼。事件と繋がりは薄いが、関連する事柄に一つだけ進展はあった。


 ヴェーラに『同郷の子どもたちが行方不明で、生存は絶望的であること』を伝えたんだ。無論、実際はもっと迂遠的な言い回しで。


 彼女の反応は、想像していたよりも大人しかった。魔力は乱れたし、実体化も発生したが、事故に繋がるような現象には至らなかった。多少、髪を撫でる程度の事象だった。


 理由は、ヴェーラの動揺が小さかったから。彼女は、だいぶ前から覚悟を決めていたらしい。自分がさらわれたんだから、他のみんなも巻き込まれていて不思議ではないと考えていたよう。


 とはいえ、魔力を実体化させるほど動揺したのは事実なので、みんなで心のケアに務めた。現状、問題なく生活できていると思うけど、しばらくは要観察かな。


 そういう事情もあり、魔力制御の鍛錬もペースを落としている。基本の瞑想のみに留め、ザッシュへ帰省する日程も調整中だ。


 一方、ヴェーラは最後に、『イカロスには伝えないでほしい』と願い出てきた。彼は、誰よりも自分たち弟妹分を大切に想っていたからと。


 確かに、イカロスは『弟妹たちのために成り上がる!』と熱心に語っていた。あの想いを考慮すれば、ヴェーラの提案には従った方が賢明に思う。言うなれば、オレにとってのカロンたちみたいな存在。事実を知ってしまったら、心を壊してしまうかもしれない。


 子どもたちの安否確認は彼の依頼だったけど、スラムの広さを考慮すれば、『今のところ顔を合わせていない』と言って誤魔化せるだろう。オレはヴェーラの願いを聞き入れ、他の面々にも他言無用を通達した。


 閑話休題。


 事件には特に進展はなくとも、時間は普段と変わらずに進んでいく。学園内は『魔闘祭』の本選に向けて、そのボルテージを上げていた。


 オレたちとはほとんど関係ない行事ゆえに失念していたけど、いよいよ明日に本選トーナメントが始まるらしい。どうりで朝から周囲が騒がしいわけだ。


 昼休み。いつもの面々が集合して昼食を取っていると、自然に話題は『魔闘祭』のものへ流れた。


「今年の二年は、誰が勝ち残っているのでしょうか? わたくしたちが参加していない枠に誰が滑り込んだのか、些か興味があります」


 そうワクワクした様子で言うのはカロンだ。彼女の紅い瞳は好奇心で輝いていた。


 彼女が、こういった行事に興味を抱くのは珍しい。僅かに首を傾ぐと、それに目聡く気づいたカロンが補足を口にした。


「個人戦も団体戦も、ダンさんとミリアちゃんが勝ち残っていますからね。二人の対戦相手となれば、多少は興味も持ちますよ」


「そういうことか」


 幼馴染みに当たる両名は、カロンの指導によって魔法の腕を上げた、いわゆる教え子である。彼らの勝敗に関心が向くのも納得だった。


 一方、得心できなかった者もいる。ミネルヴァが、呆れた調子でツッコミを入れた。


「いや、教え子の健闘を祈るなら、ちゃんと対戦相手の情報も集めておきなさいよ」


「たしかに」


 彼女の意見ももっともだな。ダンたちの試合に関心があるなら、本選に残った学生くらいは調べておくべきだろう。


 オレが頷いたのを認め、カロンは目を泳がせた。


「いえ、それはその……調べる時間がなかったというか……」


「要するに、直前まで彼らのことを失念していたんでしょう?」


「うっ」


 さらなるミネルヴァの指摘に、カロンは言葉を詰まらせる。


 どうやら、本当にダンたちの試合を忘れていたらしい。クラスメイトでもあるのに、ちょっと二人が憐れだ。特にダンは……うん。


 すると、そこへフォローが入る。


「まぁまぁ。今回はヴェーラちゃんのこともあったから、他に割く余裕がなかったんだよ」


「部位欠損を治した後だからって、経過観察を念入りにしてたもんね~」


「そ、その通りですよ。決して、ダンさんたちを蔑ろにしていたわけではありませんッ」


 オルカとマリナの言葉に、全力で乗っかるカロン。


 あからさまな態度に、この場にいる全員が苦笑を溢してしまう。だが、内容は事実なので、誰も反論はしなかった。


 彼女がヴェーラの容態を人一倍気遣っていたのは、フォラナーダの全員が知るところだ。他の事柄に気が回らなかったのも仕方ないと納得できる。


 それでも、ミネルヴァが指摘してしまったのは、いつものジャレ合いの一環だろう。フンと表面上は・・・・不機嫌そうにソッポを向いているので、まず間違いない。あれは照れくさい時の振る舞いだもの。感情を読むまでもなかった。


 相変わらずの二人の関係を頬笑ましく感じていると、ニナが口を開く。


「リナは勝ち残ってる。……あと勇者も」


 彼女は、カロンの最初の質問に答えたらしい。


 双子の妹の名前を真っ先に挙げた辺り、離別した後も動向は窺っていたみたいだ。自ら別の道を選んだとしても、完全に縁を切ってはいない模様。


 まぁ、ニナの場合、お互いのためと突き放したのであって、見捨てたわけではないからな。軽く様子を見る程度はしていたんだろう。


 続いて、オルカが言う。


「勇者といえば、聖女のセイラさんも勝ち残ってたよね。彼女といつも一緒に行動してる三人も、本選出場だって友だちから聞いたよ」


 聖女、グレイ殿下、ジグラルド、エリックの四人も勝ち残ったか。順当だな。オルカを除いた聖女サイドの主要キャラだし。


「あとはアリアノート殿下もね。ここまでは去年と同じメンバーよ。残る七人は、どうだったかしら?」


 ミネルヴァが新たに補足し、他へ質問を投げた。


 しかし、それ以上の言葉が続くことはなかった。チラリとみんなの顔色を窺うが、誰も他の本選出場者を知らないらしい。もちろん、オレも知らない。


「シオン」


 仕方ないので、使用人に徹してくれていたシオンへ問う。優秀な彼女なら、この程度の情報は掴んでいるに違いなかった。


「承知いたしました。残る七人は――」


 その予想は正しく、つらつらと語り出すシオン。


 ただ、それらは、どれも聞き覚えのない名前だった。交友の広いオルカやマリナは頷いているので、単純にオレが把握していないだけのよう。たぶん、原作とは関わりの薄いクラスメイトかな。


 部下のまとめた人材資料にも記載はなかったはずなので、特筆した才能の持ち主でもないと思われる。


 一通り情報が出そろったところで、カロンは「ふむ」と腕を組む。


「頑張れば、二人のどちらかが優勝でしょうか」


「際どいとは思うけど、狙えるラインではあるかな」


 有象無象はともかく、主要キャラたちは素のポテンシャルが高い。特に勇者とリナは、オレに触発されて原作よりも成長が早いため、展開の読みづらい部分があった。


 オレの意見に、ニナやオルカ、ユリィカも首肯する。


「ダンは難しいと思う。猪突猛進」


「アリアノート殿下と当たったら、ものの見事にハメられそうだよね」


「ミリアさんが、一番可能性があるかと」


 それから、個人戦で誰が優勝するかを予想し合うオレたちだったが、ふとカロンが漏らす。


「そういえば、ターラちゃんの戦績はどうなのでしょう?」


 ダンの妹であるターラは、団体戦の方にエントリーしていた。チームメイトはネグロ第三王子とその護衛二人、イカロスという異色の面々。


「本選まで勝ち残ってるよ」


 彼女の質問に答えたのはオレだ。


 ターラの戦績は、本人から直接教えてもらっていた。精神魔法を伝授している関係上、彼女とは他の幼馴染みより頻繁に連絡を取り合っているんだ。


 それを聞いたカロンは、パァと笑顔を輝かせる。


「では、当日は応援に伺わなくてはいけませんね!」


「そうだね。幸い、ボクたちは試合ないし」


「ダンくんとミリアちゃんは、個人戦の方を応援すれば良いかな? あの二人なら、細かいことは気にしないだろうし~」


 オルカとマリナも、彼女に賛同した。他の面々も異論はない様子。


 今年の『魔闘祭』は、幼馴染みたちの応援をすることに決まった。最近は事件が立て込んでいるので、たまの息抜きになると嬉しいところだ。

 

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