Chapter10-2 色なし(4)

 オレが内心で首を捻っていると、次はイカロスが手を勢い良く挙げた。


「もし、お眼鏡に適ったら、どういった指導をしていただけるんでしょうか?」


 四人の中で唯一オレへ好意的な彼は、あまりにも気の早い質問を投じた。


 思わず笑声が漏れてしまう。


「ははは。それを今言ってしまったら、わざわざ私が監督する必要がなくなってしまうよ」


「あっ、そうでした」


 恥ずかしそうに肩を縮こまらせるイカロスの姿は、本当に頬笑ましい。スラム育ちゆえにスれている部分はあれど、まだまだ真っすぐな心根を宿しているのは、実に良いと思う。


 ただ、全員が全員、彼のようにはいかない。


 一連の会話を聞いていた他の三人は、さらに妬みを募らせていた。もはや、オレが何を発言しても、ネガティブに捉えてしまう風に感じる。


 ――ここは突っ込んでみるか。


 当たり障りない会話を交わしても意味はない。そう考え、オレは問うた。


「三年生三人は、私に対して思うところがあるようだが、どうかな?」


「いえ――」


「遠慮する必要はない。ここで語られた内容は、外へ持ち出さない。すべてを不問に付そう。何なら、我が神とフォラナーダに誓ってもいい」


 率先して否定しようとするモヤシくんを、手を掲げて制した。


 オレが神と家名に誓うと言ったからか、イカロス含めた四人は瞠目どうもくする。


 些か心配だったが、貴族がその二つに誓うことの重さを、彼らも理解していた様子。話が早くて助かった。


 三年生組はお互いに顔を寄せ合い、何かをブツブツと話し合う。強化した聴力が拾う内容は、『どう思う?』、『信用できるのか?』、『でも、誓ったぞ』なんていう、取り留めのないもの。


 程なくして、彼らは結論を出した。どんな結論かは、密談に耳を澄ませていなくても、彼らの表情より一目瞭然だった。


 全員が仄暗い笑みを、苦渋の怒りを、貪欲な嫉妬を浮かべていた。それらは、決して貴族に向けて良い代物ではない。


 オレは肩を竦める。


「はて。私には、キミたちに恨まれる覚えはないんだが」


 彼らをあおるよう、あえて大袈裟にリアクションを見せる。


 それを受けた三人は眉をつり上げ、イカロスは慌てふためいた。


「本気で言ってるのか?」


「これだから貴族は」


「無自覚なのが、余計に妬ましい」


「ち、ちょっと、先輩方!?」


 失言のオンパレードだった。これが通常時だったら、即座に首が飛んでいただろう。


 まぁ、こちらが許可したからなんだけどさ。だからといって、ここまで遠慮なく吐き出せるもんかねぇ。それだけ、日頃より鬱憤を溜めていたのかもしれないが。


 シオンなどの部下たちを連れて来なくて正解だった。みんな、オレの侮辱となると目の色を変えるからなぁ。我ながらナイス采配である。


 内心で密かに安堵しつつ、オレは飄々とした態度を変えずに問い続ける。


「本気さ。本気で分からない。初対面のキミらの事情を察しろという方が無理だろう。『察する』という技術は、事前に相互理解していなければ成り立たないものだ」


「「「……」」」


 なおのこと、目つきを鋭くさせる三人。内より湧き出る感情も、怒りが大半を占めていた。


 幾許かの間を置き、モヤシくんが口を開く。彼が、三人の中でリーダー格なんだろう。


「あんたのせいで、俺たち無属性の肩身が余計に狭くなったんだ。『伯爵はあれだけ戦えるのに、同じ無属性のお前らは何なんだ。能無しは属性関係なく能無しなんだな』って罵詈雑言を投げかけられる毎日さ」


「ふむ」


 オレが実行したことは、他の色なしでも再現可能だと勘違いした連中がいたのか。言い振りからして大勢。そのせいで、要らぬ中傷を受ける羽目におちいったと。


 それが事実だとすれば、オレにも責任の一端はある。精神魔法は除外するとして、無属性魔法は大量の魔力を前提とする技だ。オレでさえ、魔香花によるドーピングもどきで叶えた領域である以上、ヴェーラのような例外を除いて、孤児院出身の彼らに実現できるはずがない。


 ただ、三人の怒りに正当性はないと、オレは考える。


「確かに、オレの魔法はキミたちに扱えない。そこは周りの見当違いだ。呼びかけを行う必要性があるだろう。しかし、同時に、キミたちの怠慢でもある」


 三年生組とイカロスの容貌を、改めて確認する。


 イカロスは、オレに憧れていると告げてくるだけあって、かなり鍛え上げられた肉体を持っていた。ボロボロの制服は筋肉で持ち上げられており、若干悲鳴を上げているほど。


 また、魔力の方も淀みなく巡っている。魔法は使えないと腐らず、日々瞑想などの訓練を積んでいる証拠だった。


 翻って三年生たちは、揃いも揃って貧弱だった。痩せっぽちか太っちょの両極端で、どう見ても運動が得意な体型をしていない。


 魔力も杜撰ずさんだ。魔力量はほんの僅か。魔力循環は、下手をすると平民の幼子よりも稚拙ちせつ。生まれてこの方、一度も瞑想を行っていないのでは? と疑えるほどだった。


「キミたちの環境が悪かったのは事実だろう。そこは同情するし、何か手を打ちたいとも考えている。――が、周囲のせいにして一切の努力をしてこなかったのは、他ならぬキミたち自身だ。私のせいで誹謗中傷を受けたと聞いたが、事実は異なるのではないかな?」


 中には、彼らが言ったような陰口を叩いた阿呆もいると思う。


 だが、全部がそうだったわけではない。大多数は『フォラナーダ伯爵が規格外なだけ』という評価を下している。


 何故、断言できるかって?


 事前に調べたに決まっているさ。この面談をするに当たって、彼らの身辺を調査しないはずがない。


 三年生たちの評判が悪いことも、当然耳に届いていた。授業のほとんどを欠席し、テスト等もすべて最下位。才能がないのに、努力もしない愚か者だと噂されている。


 こちらの指摘を受け、見るからに動揺する彼ら。イカロスに至っては、心底軽蔑した視線を向けていた。


 うろたえたまま、モヤシくんは叫ぶ。


「ふざけるなッ。俺たちが努力できないのも、無属性っていうハンデを背負わされたからだ。こんな枷がなければ、俺だって――」


「――努力し、結果が残せていた、か?」


「ッ。そ、そうだ!」


 モヤシくんの言葉を、こちらが奪う。彼は一瞬息を呑んだものの、荒い口調で肯定した。


 対し、オレは溜息を吐く。


「あり得ないよ。タラレバを語る者は、いつだって前に進む努力は重ねられないものさ」


 環境のせいで腐ってしまう人材がいる。それは認めよう。


 だとしても、目前のモヤシくんたちは違う。イカロスという努力する前例がある以上、彼らは非を他に求める怠け者でしかなかった。


「「「ッ!?」」」


 オレの視線を真正面から受けた彼らは、そろって言葉を詰まらせる。それから、不意にモヤシくんが立ち上がった。


「お、覚えてろよ!」


 彼は、そのまま応接間から退室してしまう。他の二人もそれに続いた。


 残されたのはオレとイカロスの二人。


「え、えっと……どうしましょう?」


 困惑を隠しきれないイカロスは、今後の予定をこちらへ問うてくる。


 オレは肩を竦めて、一言返した。


「解散だな」


 そして、ここでの出来事は他言無用だと念を押してから、イカロスも応接間より帰した。


 一人ソファに座るオレは、ゆっくり思考を回す。


 他の色なしは、随分ずいぶんと歪んでしまっているみたいだな。わざと刺激したとはいえ、あれくらいで逃げ出すなんて。


 あの様子では、他者よりたぶらかされていても不思議ではない。誰にも構ってもらえなかったせいか、思考も子どもっぽい感じがする。


 彼らが事件に関わっていた場合、十中八九動くだろうなぁ。


『もしもし。ちょっと注意しておきたいことがあるんだけど』


 一つの推測を立てたオレは、真っ先に二人・・へと【念話】を繋げた。

 

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