Chapter10-2 色なし(3)
『魔闘祭』個人戦の予選が開始された頃。ようやく各方面の調査結果が集まった。
まず国内の情報は、事前の予想通り、大きな手掛かりは得られなかった。最有力候補たる色なしの現状確認ができた程度だ。その内訳も、卒業生は漏れなく死亡済み。十五歳以下も。ヴェーラを除けば二名しか存在しないようだった。
国内の色なしは合計八名か。ヴェーラより年下は、一人も発見できなかったらしい。見落としの可能性を考慮しても、色なしの出生率が落ちているのは、ほぼ確定だろう。ダンジョンの管理能力を信用するのなら、オレがいる限りは今後も生まれてこないと。
将来の被差別者が減るのは良いことに思う。でも、僅かな寂しさを覚えたのも事実だった。差別の果てに
次に、学園長の調査結果。こちらも芳しくない。学園敷地内のすべてを確認したが、呪いの痕跡は発見できなかったという。無論、襲撃現場や被害者にも。かなり念を入れて調べたようで、呪いは無関係なのは間違いないと、彼女は断言していた。
となれば、精神魔法が使われた確率が上がる。
ところが、そちら方面を調査したフォラナーダ暗部も、実りある情報は得られていなかった。現場等に精神魔法の痕跡は見当たらなかったし、容疑者候補である色なし学園生たちにも、怪しい動きは見られないらしい。
調査中に被害者は増えていなかったので、アリバイができたわけではない。だが、部下たちでも情報を得られなかったとなると、襲撃犯だと考えるのは難しくなった。
しかし、部外者の可能性はもっと低い。この学び舎の警戒網は、一年前よりも更に強化されている。その施工にはオレも手を貸した。何者かが無許可で侵入するなんて不可能だろう。
仮に部外者が犯人だったとしても、いったい誰が精神魔法を扱ったのかという話になる。
前述した通り、国内に残る色なしは八名だ。学園生を除けば、七から十歳の子ども三人しかいない。外から色なしが入国したなんて目撃情報もない。幼子に襲撃犯は無理があった。
かつて移植された魔眼を行使した者がいたように、後天的に無属性を身につけた者の犯行?
あり得ない。属性の後天的移植に関しては、例の事件後に調べ尽くしている。以前は潜伏状態の適性を見逃したけど、今なら一瞬で見破れるはずだ。『魔力視メガネ』も、それに応じた改良を施してある。
最悪なのは、別大陸の再来だ。魔法とは異なる理が持ち込まれていた場合、現在のオレたちの技術では、看破は難しい。アカツキよりある程度は学んだとはいえ、所詮は付け焼刃。汎用的な技術に落とし込むのは先の話だ。
「別大陸に関しては、深く考えても仕方ない。警戒はしつつも、そっちの対応は後回しだな」
確定してもいないのに、『可能性があるから』と震え縮こまっていては、後手に回りすぎてしまう。それよりも、対応できる方面に思考を割いた方が有益だ。もちろん、未知の技術には警戒は払うけど。
一応、調べられる範囲の情報は出そろったんだ。オレも動き出すべきだろう。
思い立ったが吉日。オレは早速【念話】を発動する。
初手に何を打つかは、すでに決まっていた。
○●○●○●○●
学園の教務棟には、外部の者をもてなす応接間が当然存在する。それも複数。
相手の家格に合わせて、迎え入れる部屋を使い分けなくてはいけないのは、封建社会の面倒くさい部分だと思うよ。
しかし、今回に限っては、正しく使い分けられていないように見える。何せ、最上級の応接間に座る四人は、ボロボロの制服をまとう貧相な男たちだったんだから。
高級品で彩られた室内を目の当たりにし、男たちはキョロキョロと落ち着きなく視線をさ迷わせている。座するソファの柔らかさに慣れず、腰を浮かしている者もいた。全員、完全に部屋の雰囲気に呑まれていた。
「予定を繰り上げた方がいいな」
そんな四人を室外より窺っていたオレは、小さく溜息を吐く。本当はもう少し揺さぶっておくつもりだったんだけど、さすがに気の毒に思ってしまった。
何故、揺さぶる必要があるのか。それは、彼らが学園に在籍する色なしだからだ。つまりは、今回の襲撃事件の参考人である。
何か情報を握っていないか調べるため、オレが直接面談を行うことにしたんだ。細々とした調査は部下に任せていたけど、やはり自分の耳目で確かめるのが一番効率的だろう。
また、こうして面談を行っている間に、部下たちには彼らの私室を探らせている。犯人だった場合、何らかの魔道具で他の学生を襲ったかもしれないもの。
本当はこんな回りくどい方法を取らず、さっさと捕縛して尋問してしまいたかったんだが、学園長に最後まで反対されたんだ。『確たる証拠が出るまで、我が校の学生の身はわしが守る!』とね。
彼女の教師としての矜持はとても立派だけど、たまに面倒くさい。尊敬できる理想ではあるので、ある程度は付き合うけどさ。
まぁ、こうやって呑気に構えていられるのも、身内に被害が出ていないためだろう。今のところ出そろっている情報では、どう足掻いてもカロンたちは傷つけられない。彼女たちには対精神魔法の策を施しているし、常に複数人で行動させている。そういった自信が、寛容さを生じさせていた。これが油断に発展しないよう、気を付けないといけないが。
とにかく、今は色なし学生たちとの面談に集中しよう。言葉を交わしたことのあるイカロスがいるのは、少々やりにくさを感じるが、四の五の言ってはいられない。
気合を入れ直し、四人の待つ応接間へと入った。
「「「「……」」」」
オレの顔を認めた四人は、途端に体を硬直させる。ピシッと背筋を伸ばして立ち上がり、顔を強張らせた。
……いや、イカロスだけは違うな。緊張しているのは間違いないけど、その瞳はキラキラと輝いていた。相変わらず、オレのファンらしい。
こぼれそうになる苦笑を堪え、オレは彼らの対面に腰かけた。それから、直立する四人に座るよう促す。
オイルの切れたブリキ人形みたいな様子で、改めてソファに座る彼ら。当然ながら、その後に室内を支配するのは沈黙だった。
さて、どう切り出すのが正解かな。
大まかな流れは前もって決めてあるが、相手の反応に合わせて臨機応変が基本だ。感情を読めるオレにとって、そちらの方が交渉を上手く運べる。
自らの薄紫の瞳で彼らの魔力を――感情を捉える。
予想通り、全員の心底にわだかまるのは、仄暗い憎悪だった。世間より厳しい差別を受けているんだ、これは当たり前の結果だろう。『故郷の弟妹たちに楽をさせたい』と夢を語っていたイカロスでさえ、その根本は黒く淀んでいた。
色なしとそれ以外との隔意は、もはや修復困難なのかもしれない。
諦念を湛えつつ、オレはゆっくり口を開く。
「今日はこちらの呼び出しに応えていただき、誠に感謝する。ご存じだとは思うが、私の名はゼクス・レヴィト・サン・フォラナーダ。キミたちと同じ色なしだ」
そうやって、簡単な自己紹介をしただけだった。だのに、彼らの感情は劇的に変化した。思わず、こちらの表情が動きそうになるくらいに。
対象は、イカロスを除く三年生の三人。内包する感情は怒り、呆れ、嫉妬、蔑みなど、とてもポジティブとは言えない数々。
オレが三人と対面したのは、今日が初めてだ。ここまで恨まれる理由に、心当たりがまったくなかった。
内心で首を傾げつつ、予定通りに話を進める。
「本日キミたちを呼び出したのは、とある企画の前準備のためだ。無属性の学生を私に監督してほしいと、学園長より提案された」
語る内容は、まったくのデタラメである。彼らと面談するのに、不自然さをなくすための方便だった。
……似たような依頼を、遠回しにされた覚えはあったかな。でも、まるっと無視していた。カロンの運命を覆すまで、他者に構っている余裕なんてないもの。
こちらの発言に動揺する四人。
「あ、あの。し、質問、いいでしょうか?」
三年生組の一人。見るからにインドア派の細い男が、小さく挙手した。
どうぞとオレは手振りを行う。
「伯爵さまは、学園長の提案を受けたんですか?」
「いや、まだだ。だが、指導する相手を知ってからでも遅くないと考え、こうして話し合う機会を設けてもらった」
「どういう基準で、引き受けると決断するんでしょう?」
「それは、キミたちには教えられないな。私が気に入れば、としか言えない」
回る回る。自分の口とは思えないほど、噓八百が並び立てられた。この言い方だと、事件解決後に無属性の指導を行わなくても、『気に入らなかったから』とバッサリ切り捨てられるし。魔法で思考強化しているとはいえ、我ながら
こちらの返答を受け、細い男――仮称モヤシくん――は何故か瞳の中に険を宿した。内包する憎悪も、幾許か増したように思う。
彼だけではないな。他の二人も同様の機微が見て取れた。
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