Chapter10-2 色なし(2)

「おー……」


 早朝、学園敷地に繋がる正門前。オレたちに同行したヴェーラが、その広大な土地を目にして感嘆の声を漏らした。表立った反応こそ薄いけど、内面は大きく動いている。それに、呆然と立ち尽くしている様からも、彼女の心情は察しがついた。


 オレを含めた全員が、ヴェーラの様子を笑顔で眺める。


「懐かしいですね。わたくしたちも、最初はあのような感じでした」


「たった一年半前のことだけど、ずいぶん昔みたいに思えるよねぇ」


「それだけ、この一年が濃密だった」


「濃かったのは一年どころじゃない気はするけど……学園では、イベントやトラブルが盛りだくさんだったのは否定できないわね」


 各々感想を言い合うカロンたちだったが、ミネルヴァの最後のセリフは、別方面に向けたものに変わっていた。


 言っておくけど、すべてがオレのせいではないからな? 会話に加わらなかったスキアとシオンも、こっちを疑わしげに見ないでくれ。


 若干釈然としない気分を味わいながらも、オレたちは普段通りに通学する。隣に、初々しい反応をするヴェーラを添えて。








 ヴェーラは、当然ながら学園生たちより注目された。明らかに十五歳以下の子ども、しかも色なしが学園内を歩いているんだから、その反応は無理もない。


 とはいえ、直接物申してくる者は存在しない。隣に立つオレを無視するような無謀を、彼らが犯すはずもなかった。せいぜい、奇異の視線を向ける程度である。


 些かうっとうしい環境で過ごすこと幾許か。昼休みの時間を迎えた。


「そろそろ、カロンたちと合流しようか」


 手にしていた本を閉じ、隣に座るヴェーラへ告げる。


 オレとヴェーラは今、図書室にいた。四限が空いていたのはオレだけだったため、読書の経験がなかった彼女に、読み聞かせをしてあげていたのである。もちろん、声を出す許可は司書から得ていた。他の利用者がいない場合のみという限定付きで。


「うん」


 素直に頷くヴェーラだったけど、その内心はとても残念がっているようだった。想っていた以上に、読み聞かせを楽しんでくれたらしい。


 オレは彼女の白い頭を優しく撫でる。


「本なら、また読んであげるよ」


「……ありがと」


 本心を読まれて恥ずかしかったのか、僅かに頬を染めるヴェーラ。


 そんな彼女の仕草を頬笑ましく感じつつ、オレたちは図書室を後にした。向かう先は、いつも使っている個室だ。他の面々も、そちらへ足を向けているだろう。


 ちなみに、【位相連結ゲート】は使わないぞ。学園長に釘を刺されているのもあるが、ヴェーラを多くのヒトに見てもらわなくてはいけない。本来の目的を忘れてはいなかった。


 道中、珍しい組み合わせを見かけた。


「ターラとネグロ殿下……それにブルース?」


 一人は、フォラナーダ領都に住む平民の女の子で、オレたちの幼馴染みのターラ。茶のショートボブがよく似合う、可愛らしい少女だ。慎重かつ頭の切れる子で、一年首席の座を得ている。


 一人は、聖王国第三王子ネグロ。槿花むくげ色の瞳と髪を持つ、爽やかな雰囲気の美男だ。優秀ではあるが、他の兄姉よりは一歩劣るという評価を受けている。


 最後は、『風刃』の二つ名を持つ、元帝国のランクA冒険者ブルース。アリアノート第一王女の要請を受け、今年度から教師として赴任。半年前、カロンにボコボコにされた過去を持つ。


 身分がバラバラの三人が一緒にいるのは、とても奇妙に感じられた。


 まぁ、接点が皆無というわけではない。ターラとネグロはクラスメイトだし、ブルースは一年の実技を中心に教えていると聞いている。何でも、カロンに敗北したのが若干トラウマになったため、二年の受け持ちは断ったらしい。ご愁傷さま。


 しかし、あの三人が集まる光景は、やはり不思議だ。何の集まりか、少し気になるところ。


 進行方向に彼らは集っているので、ちょうど良い。事情を伺ってみよう。


 オレはヴェーラを伴い、そのまま前進していく。


「あっ、ゼクスさん」


 こちらの接近に真っ先に気づいたのはターラだった。笑顔を浮かべ、控えめに手を振ってくる。


 手を振り返しつつ近寄ると、今度はネグロが挨拶をしてきた。


「これはフォラナーダ伯。ご機嫌よう」


「ご無沙汰しております、ネグロ殿下」


 こちらも貴族の礼を返すと、彼は首を横に振った。


「ここは学園だ。堅苦しいのは控えて構わないよ」


「承知いたしました」


 向こうが望むのなら否はない。オレは僅かに体の力を抜く。


 それから、最後の一人へ視線を向けた。


「こうして顔を合わせるのは久しいですね、ブルース先生」


「あ、嗚呼。久しぶりだな、ゼクス殿」


 ふむ、少し強張っている様子。見える感情は怯えかな? どうやら、カロンへの苦手意識は相当根深いようだ。兄のオレに対しても、ここまでの反応を示すとは。


 心のうちで苦笑いしつつ、オレはこちら側の一人も紹介する。


「彼女はヴェーラ。今、うちで預かっている子です」


「ヴェーラです」


 ヴェーラはペコリと頭を下げる。そのたたずまいは、王族を前にしたにしては堂々としていた。


 結構、肝が太い……いや、すでにウィームレイやビアトリスと出会っているんだ。王族というだけで緊張する段階ではないだけか。


「嗚呼、例の子か。話は聞いているよ」


「可愛らしい子ですね。よろしく、ヴェーラちゃん」


「よろしくな、嬢ちゃん」


 ヴェーラの紹介はこの程度で良いだろう。ターラはともかく、他の二人は深く関わり合わないと思うし。


 挨拶を軽く済ませたオレは、当初の目的を果たすことにする。


「珍しい組み合わせですが、いったい何の集まりでしょうか?」


 こちらの問いを受け、ネグロが得心した風に頷く。


「難しい話ではないよ。僕とターラさんで『魔闘祭』のチーム戦に参加するんだ。ブルース殿は、そのアドバイザーさ」


「はい。恐れ多くも、殿下にお誘いいただいたんです」


「首席を勧誘するのは当然だろう? 僕は勝ちを狙いたいんだ」


「なるほど、そういう理由ですか」


 ネグロとターラの会話で、状況を理解できた。


 よく考えてみれば、この二人は首席と次席。『魔闘祭』の結果を求めるのなら、当然の組み合わせと言える。ネグロは身分差に忌避感を覚えるタイプではないみたいだし、なおさら確実な選択だろう。


 ブルースにアドバイスを頼むのも、妥当な判断だ。カロンに惨敗したとはいえ、彼は二つ名持ちのランクA冒険者。その実力は、学園長を除くどの教師よりも高い。


 オレはさらに問う。


「チーム戦は五人だったはずですが、二人だけですか?」


「いいや、僕の護衛二人もメンバーだね。ただ、現状は一名足りないんだ」


「ネグロ殿下が要請すれば、引く手あまただと思いますが……」


 今いる二人のみであれば、メンバーを厳選しているんだと判断できる。だが、一人だけ空席とすると、そういった理由ではないのだと予想できる。


 実際、この読みは当たっていた。


 ターラが申しわけなさそうな表情で言う。


「わたしのせいなんです。他のクラスメイトたちは、平民とは組めないって」


「一年のA1は、どうにも身分差意識がとても強くてね。平民は平民、貴族は貴族で固まってしまっているんだよ」


「嗚呼」


 ネグロの補足を聞き、オレは何とも言えない声を漏らしてしまう。


 実力主義を学園が謳っていたとしても、聖王国の根本は封建社会だ。身分によってグループがまとまるのは当然の帰結だろう。ネグロたちのような気にかけない者の方が稀だ。


 オレたち二年は勇者や聖女という特権階級がいるゆえに、多少は交流が生まれているものの、それでも一定の壁は存在する。こればかりは解決の難しい問題だった。


 ネグロは肩を竦める。


「下手な人物を入れるわけにはいかないし、最悪の場合は四人で参加するつもりだ。一応、上限の五人を推奨しているだけであって、それ以下が参加を拒絶されるわけではないからね」


「不利にはなりますが、その分はわたしが頑張ります!」


「無理はするなよ、ターラ。……まぁ、オレに出来る範囲なら協力するから、遠慮なく言ってくれ」


 ターラは責任を強く感じているようだったので、力になると提案しておく。出禁も同然だから、あまり積極的な干渉はできないけど、幼馴染みの無茶は見過ごせないもの。


 オレが笑みを向けると、彼女は僅かに頬を染めて「ありがとうございます!」と元気良く返した。


 今は、とりあえず様子見かな。


「こちらからお声掛けしたのですが、申しわけございません。この後、待ち合わせの予定がありまして」


 これ以上の時間の浪費は、カロンたちを待たせすぎてしまう。オレは一つ頭を下げて謝罪した。


 対し、ネグロは「頭を上げてくれ」と返す。


「構わないよ。僕もフォラナーダ伯との雑談は楽しかった。また次の機会も、遠慮せず声をかけてくれ」


「恐縮です。それでは失礼いたします。ターラとブルース先生も、また」


「はい、また今度」


「おう」


 別れの言葉を交わし、オレたちはその場より離れていく。


 その後、カロンたちとの合流までは、特段問題は起こらなかった。


 ただ、気にかかることが一点。


「ネグロ殿下、あんな感じだったか?」


 以前より妙な気配はあったけど、心の底に沈殿したドロドロとした感情は、あまりにも異質に思う。


 結局、口内で転がされた言葉は誰の耳にも届かず、答えが得られることもなかった。

 

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