Chapter9-5 吸血鬼(2)

 異空間は、何というか“らしい”場所だった。大半が灰色の荒野。墓標らしきものがポツポツと立ててある。唯一の建造物は中央の城。童話にでも登場しそうな真っ黒の建物で、ザ・悪の本拠地みたいな外観だった。そして、それらを見下す夜空と赤い満月。


 ……うん。


「敵のボスは吸血鬼。間違いない」


 周囲の光景を見渡した後、ニナがそう力強く断言した。


 彼女の意見に対し、誰も反対意見を出さない。本来なら、こんな序盤で決めつけるのは良くないと物申すところだけど、全員がニナに同感だったんだ。


 何せ、この異空間の景色は、吸血鬼城のイメージそのままだもの。というか、こちらの世界の超有名ホラー作品と瓜二つの気がする。


「原点にして頂点と言われるホラー作家、スデャシィ・センテ先生の『赤の華』に登場する吸血鬼城の情景通り。ここまで合致するなら、疑う余地はないと思う。ね、スキア」


「えっ、あ、はい。あ、あたしも、い、いち、一度読んだことありますが、そ、そっくりそのまま、で、ですね」


 読書家の二人が同意見なら、まず間違いない情報だろう。


 本当に吸血鬼がボスなのかはさておき・・・・、『赤の華』とやらを参考に異空間を構築したのは確定だ。オレの【異相世界バウレ・デ・テゾロ】も、内部の景色を作る際は、他の何かを模して作る場合が多い。


 まぁ、ザっと調べた限りだと、この異空間は【異相世界バウレ・デ・テゾロ】と術式構造が違うけど、イメージより出力するのは魔法の共通項。見当外れの予想ではないはずだ。


 そろ~と、カロンが控えめに挙手する。


わたくし、『赤の華』という作品を寡聞にして存じ上げないのですが、どういった物語なのでしょう?」


 読書の習慣がない彼女は、内容をまったく知らないようだった。


 説明する時間はあまりないが、ここまで瓜二つに作り上げている以上、作中の情報がヒントになるかもしれない。概要だけでも伝えた方が良いか。


 オレと同様の結論に至ったんだろう。オルカが口を開く。


「たしか、領主だった貴族が妻を亡くして狂い、外法に手を染めて吸血鬼化。その後は領民すべてを不死者アンデッドに変えてしまった……みたいな話だったっけ?」


「そう。領民の一人を主人公に、物語は進んでいく。最後は主人公も不死者アンデッド化しちゃうけど」


 ニナの補足に、カロンは目を見開いた。


「えっ、主人公も死んでしまうのですか?」


「スデャシィ先生のホラーは、たいていバッドエンド」


「なるほど……」


 驚きながらも、納得の表情を浮かべるカロン。


 一つ、オレは確認する。


「周辺が荒野になってるってことは、物語の最後の場面だよな」


「そうだと思う」


 ニナが首肯する。


 吸血鬼である貴族は、領民すべてを不死者アンデッド化した後、城以外を更地に変えてしまうんだ。そして、その大地の中には――


 そこまで思考を回したところ、突如として荒野の全域が爆ぜた。ドゴォォンと轟音が響き、一帯へ土煙を蔓延まんえんさせる。


 次いで聞こえてきたのは、「ウォォォォ」という低い呻き声だった。それも多数。


「失礼いたします」


 シオンが一度断りを入れてから、風魔法によって土煙を吹き飛ばした。


 視界が晴れた先に現れた光景は、ゾンビと幽霊ゴーストの大群だった。荒野を埋め尽くすように、万を超える不死者アンデッドの軍勢が構えていた。


 それを目撃した瞬間、ミネルヴァとカロンが動く。


「【エアゾーン】」


「【セイントエリア】」


 前者は中級風魔法、後者は上級光魔法だ。どちらも一定範囲を囲う領域系の術である。


 二人は、一仕事終えたと言わんばかりに息を吐いた。


「危うく、あの臭いを再び味わうところだったわ」


「あれは二度とゴメンです」


 どうやら、ゾンビの腐敗臭を防ぐためのものらしい。シオンも分かりやすく安堵しているので、先刻の討伐の際は、かなり臭かったのだと予想できた。


 素早い判断を下してくれたカロンたちに感謝しつつ、オレは口元に手を添える。


「こんなに戦力が残ってたのか」


 ゾンビ百体を気軽に出していたため、この状況は推測できていた。しかし、想定よりも数が多かったのも事実だ。


 よくもまぁ、今まで異空間に閉じこもっていたもんだ。これほどの戦力があれば、街の一つや二つは軽く壊滅させられただろうに。


 何か別の目的があるのか、オレたちの存在を警戒していたのか。敵の真意は判然としないけど、これを放置するわけにはいかなかった。


 というのも、不死者アンデッドどもは独立した存在。大元を倒したところで、これらは停止しないんだ。オレたちが黒幕を相手している間に外へこの大群が放たれたら、目も当てられない惨劇が繰り広げられてしまう。


 群れはゾンビが大半ゆえに、行軍が遅い。しばし考える余裕がある。


「どうする、主殿。ワタシの魔法で埋め直すかい?」


 ノマがそう尋ねてくるが、首を横に振った。


「いい手だとは思うけど、一時しのぎにしかならない。あいつら、土に埋めたくらいじゃ死なないし」


 幽霊ゴーストは光魔法以外無効で、ゾンビは欠損しても止まらない。あれらには、もっと強力な術が必要だった。


 となれば、仕方ないか。


 オレはスッと片手を持ち上げ、魔法の行使とともに振り――


「お待ちください、お兄さま」


 ――下ろす前に、カロンより制止がかかった。


 ピタリと動きを止め、彼女の方を見る。


 カロンは真剣な眼差しで語る。


「このような有象無象に対し、お兄さまが力を振るう必要はございません」


「そうよ。ただでさえ魔力が減ってるのだし、ここは温存するべきだわ」


「ボクも二人と同意見」


 ミネルヴァとオルカも、カロンの意見に賛同した。


 オレは眉根を若干寄せる。


「でも、この数を倒すなら、オレがやる方が手っ取り早い」


 この軍勢は足止めの可能性がある。ここで時間を費やすのは愚策だ。


 すると、カロンはアッサリと返した。


「であれば、わたくしたちが残ります。お兄さまたちは先をお急ぎください。城までの道を一時的に切り開くくらいは、殲滅せずとも可能です」


「チームを二つに分けるのか」


 戦力分散は好ましい作戦ではない。特に、現状のような敵陣営のド真ん中なら尚更。


 ミネルヴァは肩を竦める。


「心配するほどでもないでしょう。一人でこの大群を殲滅できるメンバーが、この場には七人もいるのよ。慎重に動くとしても、半分残れば十分だわ」


「ゼクスにぃはボクたちの実力をきちんと把握してるはずだよ。信じて」


 信じて、か。


 オルカの言葉を、心のうちで反芻はんすうする。


 オレにとって、彼女たちは何よりも大切にしたいヒトたちだ。正直に言えば、宝物のように箱の中に隠しておきたいくらい。


 しかし、それがワガママであることは自覚している。彼女たちは彼女たちでオレを大切に想っており、力になりたいと考えているんだから。


 そういった感情を理解しているからこそ、彼女たちを限界突破レベルオーバーまで育て上げたし、この異空間へも連れてきた。


 ――そう。この場でクヨクヨ悩んでいるのは、今さらすぎるんだよな。もう賽は投げられている。


 それに、この程度の危機を乗り越えられないほど、彼女たちは柔ではない。その辺りはオレが一番理解していた。


 全員の顔を見渡す。ミネルヴァ、オルカ、ニナ、シオン、マリナ、スキア、ユリィカ、ノマ、そしてカロン。みんな、良い笑顔を浮かべていた。


 オレは一つ息を吐く。


「分かった、チームを分ける。ここに残るはカロン、ミネルヴァ、オルカ、シオン、マリナ、ノマの六名だ。指揮官はオルカ、副官はシオンとする。スキア、ニナ、ユリィカの三名はオレに同行しろ」


「「「「「「「はい!」」」」」」」


 オレの指示に、ほぼ全員が小気味良い声を返した。


 ただ、ノマだけは唇を尖らせる。


「ワタシは居残り組なのかい、主殿」


 少しいじけている様子。めったにないオレとの実戦なのに、別行動なのが不服らしい。


 オレは苦笑いを浮かべ、肩に乗る彼女の頭を撫でる。


「ノマには、カロンたちのフォローを任せたいんだ。小回りの利くキミは、きっと彼女らの助けになる」


 対群戦闘ゆえに、広域魔法を扱える面々を揃えたのは良い。だが、それ一辺倒だと不意を打たれるかもしれない。


 オルカやシオンもいるけど、二人だって戦闘に集中する。だからこそ、自由に動ける人材が残ってほしかったんだ。


「つまり、ワタシは奥の手ってわけか」


「そういうこと。派手には動かず、不測の事態が起こった際の切り札になってくれ」


「……分かったよ。任された」


 納得してくれたようで、ノマは首を縦に振ってくれる。


 これで全員の了承は得られた。


「よし、作戦を開始する。各員、自分の身を第一に考えつつ、最善を尽くしてくれ」




 それから、カロンとミネルヴァが大火力の広域魔法を放ち、不死者アンデッドたちの殲滅を始めた。


 彼女たちが敵の注目を集めている隙に、オレたちは【位相連結ゲート】で本丸へと移動するのだった。



――――――――――――――


※意味深な名前ですが、スデヤシィ先生が本編に関わることはございません。

 

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