Chapter9-2 フォラナーダ式、政略戦争(4)

 会議後、宿へ戻ろうとオレたち三人が城の内部を歩いていたところ、二つの声が掛かった。


「「スキア!」」


「ふべっ」


 同時に、その声の主たちがスキアを抱き締めにかかった。当の本人はまったく反応できておらず、されるがままに溺れている。


 スキアに抱き着く二人は、それぞれ二十代前半と後半程度の男性だった。二人とも深紫こきむらさきの髪色を湛えており、顔立ちもどことなくスキアに似ている。


 お察しの通り、彼らはスキアの兄だ。長男のオスクロと次男のチェムノート。


 つい先刻、周囲警戒中の部下から到着の連絡が入っていたため、探知術で二人の接近を察知しても迎撃しなかったのである。


 一応、スキアにも【念話】で伝えていたはずなんだが、まだまだ鍛錬中だし、回避できなかったのかな?


 ……いや、違うか。「お兄ちゃん、ちょっと離れて!」なんて叫んでいるけど、その声に拒絶の色は見られない。久しぶりの兄妹の触れ合いを楽しもうと考えたんだろう。


「スキアは全然変わらないな。すっごい軽い」


「ちゃんとご飯は食べてるか? お前は目を離すと本ばっかり読んでるからなぁ」


「は、恥ずかしいから、おお、降ろして!」


 オスクロに両脇を抑えられて“高い高い”されているスキアは、顔を真っ赤にして抗議していた。百五十しかない彼女に対し、兄二人は百九十近くあるからなぁ。ああなっても仕方ない体格差だ。


 一分ほど仲睦まじい兄弟の交流は続いたが、それも更なる登場人物によって止められた。


「オスクロ兄さん、チェム兄さん、そろそろ止めてください。スキアが嫌がっていますし、伯爵さまの御前ですよ」


 そう冷ややかに指摘したのは、これまた深紫色のショートヘアを湛えた長身の女性だった。年頃は二十歳前後か。キャリアウーマンを彷彿とさせる、凛とした雰囲気をまとっていた。


 無論、彼女のことも報告を受けていた。チェーニ子爵分家の三女で、スキアの姉にあたるキュリテだ。


 キュリテの登場に、チェーニ兄妹たちは各々の反応を示す。


「き、キュリテお姉ちゃん!」


「……確かに、はしゃぎすぎたな。フォラナーダ伯爵、誠に申しわけございません。この度の非礼をお詫びいたします」


「そうですね、非礼が過ぎました。申しわけございません、伯爵閣下」


 スキアは歳の近い姉との再会に瞳を輝かせ、他二人は深々とこちらへ頭を下げる。後方のキュリテも共にこうべを垂れていた。


 仲の良い兄妹を見ると、何となく嬉しくなるのはカロンの存在がいるからだろうか。


 とりあえず、これといって不快さは抱いていないので、オレは首を横に振った。


「謝罪は受け入れるから、頭を上げてくれ。私は特に気にしていない。兄妹仲がいいのだなと感心したくらいだ」


 後継者争いでギスギスしている家もある。争っていなくとも、簡素な会話しか交わさない兄弟もいる。そう考えると、オレたちやチェーニ家は珍しい部類だ。個人的には、とても好ましいよ。


 こちらが本当に気に留めていないと悟ったよう。スキアを除くチェーニ兄妹は安堵した様子を見せ、改めて貴族の礼を取った。


「私は、チェーニ子爵分家の次期当主であるオスクロ・ザラーム・ユ・ガ・タン・チェーニと申します。この度は我が領へご助力いただき、誠に感謝しております」


「オスクロ兄上の補佐を務めております、チェムノート・ラノレウ・ユ・ガ・タン・チェーニです。私からも感謝を」


「キュリテ・ターニス・ユ・ガ・タリ・チェーニと申します。現在は文官見習いとして、この地に勤めております。私からも、フォラナーダ伯爵さまには感謝をば」


「嗚呼、謝意は受け取った。だが、今回は、こちらにとっても重要な案件だった。必要以上に恩を感じる必要はないぞ」


 オレはそう告げた後、軽く手を振った。なおも感謝を表そうとする様子が窺えたためだ。


 こういう言葉の掛け合いは、いくら時間を費やしても不毛。兄弟仲の良さを痛感する程度の効果しかない。そんな徒労は回避したかった。


 こんな時、地位の高さは役に立つよな。普段は億劫に感じることが多いけど、恩恵はしっかりある。


 未だ言い足りなさそうな三人を無視して、オレは話題を変えた。


「三人は仕事で手が離せないと聞いていたが、もう大丈夫なのか?」


 ここまで兄弟仲が良いのに、この一週間で彼らより音沙汰がなかったのは理由があった。


 まず、この場にいない長女と次女は、すでに他家へ嫁いでいる。どんなに駆けつけたくとも、それが許されない立場だ。


 そして、目前の三人が顔を見せられなかった原因は、先に語ったように仕事の都合だった。


 アーヴァスから聞いた話によると、オスクロとチェムノートは、領地運営の勉強のために領内の別の街を治めているらしい。いくら同じ領内とはいえ、代官の仕事は放りだせない。一週間で駆けつけただけ、かなり仕事の早い方だった。


 残るキュリテも似たような理由。チェーニの文官見習いは、教育の過程で各地の町村を巡るものがあり、彼女はそのカリキュラムの最中だったという。子爵領の危機なので、特別にこちらへ来られたんだとか。


 妹のために必死になる姿は、色々とシンパシーを感じてしまう。仕事を放り出してきたわけでもないし、三人とは仲良くやっていけそうな気がするよ。


「この後は宿に帰ろうと思ってたんだけど、そうだな……」


 目前に寄り添う四兄弟を眺め、逡巡すること僅か。


 オレはチラリと傍らのシオンへ目配せをした。


 すると、彼女は仄かに笑んで一礼し、スッと一瞬でスキアの背後へ移動した。


 さすがはシオン、以心伝心だな。


「「「えっ!?」」」


 突然の移動にチェーニ兄妹の三人が瞠目どうもくする中、シオンの隠密行動に慣れていたスキアが、不思議そうに問うてくる。


「あ、あの、ぜ、ゼクスさま?」


「せっかく、久しぶりに再会したんだ。少しくらいは仲良くしていくといいよ。まぁ、緊急事態に備えてシオンを置いていくから、兄妹水入らずとは言い難いかもしれないけどな」


 オレがそう答えると、彼女は目を見開いた。それから喜色の感情を溢れさせ、唇を甘めに噛む。


「お、おお、お心遣い、か、感謝、いた、いたします」


「気にするな。オレは仲のいい兄妹の味方をしたいだけさ」


 ただ自分と重ね合わせた自己満足にすぎない。過度な感謝は不要だった。


 それでも、とスキアは言う。


「あ、ありがとうございます!」


 その言葉には、趣味を語る時とは異なる熱量が込められており、彼女が本当に兄姉たちを好いているのだと理解できた。


 それゆえに、オレもこれ以上はセリフを飾らなかった。


「どういたしまして」


 思う存分に、兄弟の時間を楽しんでほしい。

 

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