Interlude-Tarla 少年の心

 期末試験が終わり、残るは結果発表のみとなった。教室で待機する学生たちは、ことごとく浮わついている。無論、わたし――ターラもその中の一人だった。


 まぁ、わいわいと雑談するクラスメイトたちとは違って、わたしの場合は独りぼっちなんだけどね。


 平民なのに一学年首席というポジションが、わたしの取り巻く環境を複雑にしていた。貴族は『平民のくせに』と妬み、平民はその妬みを恐れて近寄ってこない。結果、ぼっちライフを満喫する羽目におちいっている。少し前まではエクラさんが声をかけてくれていたんだけど、ここ最近は学園に顔を見せてないし。


 たぶん、今回の期末でも主席はキープできるだろう。それくらいの手応えはあった。


 今の状況からして、ある程度は加減した方が良かったかななんて考えも過った。でも、結局は全力を尽くした。だって、手抜きなんかしたら、わたしをここまで育ててくれたヒトたちに顔向けできないから。


 カロンちゃんやゼクスさんが色々と教えてくれたお陰で、今のわたしがいるんだ。その恩は忘れちゃいけない。


 ――そう。わたしはゼクスさんからも魔法を教わっていた。主な教師はお兄ちゃんたちと同じくカロンちゃんだけど、みんなには内緒でゼクスさんにも教えてもらったんだ。


 彼から教えてもらったものは精神魔法。何でも、他者へ教授した場合のサンプルが欲しかったらしい。


 内容が内容だけに誰でも良いわけではなく、信頼と自制心のあるヒトを選択したかったんだとか。


 わたしが選ばれたのは嬉しいと同時に、かなりプレッシャーだった。精神魔法の詳細を知った今だと、余計に胃が痛い。


 ただ、ゼクスさんから教わったとはいえ、わたしが使える精神魔法は適性の関係で僅かだ。動揺を抑える魔法とか、多少他人の感情を読める程度。精神魔法の奥深さに比べたら、表面をなめる程度しか習得できていない。


 ……全部覚えたらいらぬ苦労を背負い込みそうなので、これくらいが良いのかもしれないけど。


 というか、感情を読む魔法を常時使っているゼクスさんは化け物だ。ちょっとだけしか使えないわたしでも、ずっと発動していると気分が悪くなってくる。だって、数多の色の絵の具を混ぜたような光景が広がるんだから。本人は『慣れだ』なんて言ってるけど、あのヒトは色々と規格外すぎると思う。


「ターラさん」


「殿下、どうかしましたか?」


 ボーっと思考を回していたところ、不意にネグロ第三王子が声をかけてきた。背後には護衛役の学生が二人。


 わたしは首を傾いで問い返す。


 ちなみに、わたしと殿下はそこそこ仲が良い。首席と次席という関係上、会話を交わす機会がそれなりにあったためだ。その際、学内では気軽に接してほしいと頼まれている。お陰で、多少は砕けた口調でも、護衛の方々には文句を言われないで済んでいる。


「いやなに。結果発表前の心境を窺おうと思ってね。キミとはライバルだし」


 殿下は肩を竦めた。


 ライバルというのは、たぶん本気だ。感情の流れ的に、本心からそう仰っていると分かる。


 王子さまからライバルと評価していただけるのは嬉しい。しかし、同時に重くも感じた。不思議だよねぇ、ゼクスさんからの期待は素直に受け取れるのに。


 まぁ、ここでライバル発言を否定しても、話が前へ進まないことは経験済み。サラッと殿下のセリフは流し、わたしは言葉を紡いだ。


「少し緊張はしていますけど、おおむねいつも通りですよ。やれることはやりましたから」


 ヒトによっては不遜に聞こえるかもしれないけど、こればかりは仕方ない。フォラナーダ式の訓練を受けておいて、謙遜なんてできるはずがないんだ。あれでも簡易版と言うんだから、恐ろしすぎるよ。


 案の定、護衛の二人は不快げに眉をひそめる。


 でも、肝心の殿下は朗らかに笑った。


「ははは、さすがは首席殿だね。その自信がうらやましいよ」


「自信と言うか事実と言うか……。周りがすごすぎるせいで、自分の実力を過少にも過分にも見れないだけですよ」


「嗚呼、フォラナーダか」


 わたしの苦笑いを受け、殿下も苦笑を溢した。


 フォラナーダ。その言葉だけで共通認識になってしまうのは、ある意味すごいよね。それもこれもゼクスさんたちの所業の結果と言うのが、何とも言えなかった。


 昔からすごいヒトたちだとは感じていたけど、まさか世界でもトップレベルとは思わないよ。ただの一般市民としては、スケールが大きすぎて笑うしかない。


 すると殿下は、表情の苦味を強くして続ける。


「周りのヒトがすごすぎる、というのは、とても共感できるよ。僕も似たような環境にいる」


「そうなんですか?」


「そうなんだよ。魔法はウィームレイ兄上が、頭脳はアリアノート姉上が、戦闘はグレイ殿が優秀でね。僕は全部中途半端の器用貧乏と言われる始末さ」


「中途半端とは思えませんが……」


 わたしは言葉を詰まらせる。


 正直に言って、殿下の能力平均は高いと思う。器用貧乏と言うよりは万能型に近い。だって、どの能力も平均以上の力を有しているんだから。


 それでも”中途半端”と評価されてしまうのは、彼の兄姉が突出しすぎているせいだろう。そう考えると、境遇が似ているという発言は理解できた。


 とはいえ、決定的に違う部分もあった。


 それは、ゼクスさんたちがいなければ、わたしは今の力を得られていないという点。だから、彼のように負の感情を湛えたりは決してしない。


 ――出会った当初から感じていた。ネグロ殿下は、その心のうちに鬱屈した感情を常に抱えている。ドロドロとした黒い想いを秘めている。


 僅かにしか感情を読めないわたしには、その正体はハッキリ見えない。でも、それが負の側面であることは理解できた。衆目を浴びる笑顔が取り繕ったものだと察知できた。


 願わくば、ネグロ殿下の心に安寧が訪れてほしい。


 何せ、わたしと語る時の彼は、心よりこの一時を楽しんでいる風に見えるから。何にも媚びていない、素直な感情である気がしたから。


 頬笑む彼の姿が、わたしには普通の少年のように映っていた。

 

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