Chapter8-5 恋路(1)
七月に入り、ジワリと汗のにじむ季節へと移り替わった。もう少しすれば長期休暇が始まるとあって、学生たちの心は少し浮ついている風に見える。一年生二十七人が姿を見せなくなろうと、それを気にするのは近しい者たちだけ。学園は平常運転だ。
“アウター”関連の問題は、思いのほか順調に進んでいる。末端の売人どころか幹部候補的な地位の連中も全員捕らえており、今や幹部数人にまで手が伸びていた。生存していた人質も大半が解放されている。
しかし、素直に喜べない部分もあった。
反撃が一切ないんだよ。いや、突入する際は反抗されるけど、その前の情報戦やらで対策が立てられていないんだ。拍子抜けも良いところ。
これまでの逮捕者数や幹部に子爵位の貴族が含まれていたことから、大きな組織なのは間違いない。だのに、こんなにも無防備なのは怪しすぎた。
罠を考慮するよう部下には伝えているけど、はたして何が起こるのやら。
そんな疑念を抱きながら迎えた初夏最初の休日。オレやカロンたちは、学園の一画にあるパーティーホールを訪れていた。ビュッフェ形式の晩餐会のようで、場内にはオレたちを含めた三十人弱の学生と、教師陣を筆頭とした運営側の大人たちが集っていた。
何の集会かと言えば、生徒会主催『成績上位者の集い』である。簡潔に説明すると、各学年の成績十位までの者が集まっているんだ。同学年だとアリアノート、勇者ユーダイ、ユリィカが。他学年だとターラや第三王子ネグロ、エクラ、キテロス……あとはアリアノートの護衛であるルイーズなんかの顔触れがあった。
というか、オレたちの学年はヤバイな。勇者サイドはともかく、聖女サイドはオルカしか上位者に入れていない。テコ入れすべきか?
いや、でもなぁ。聖女の助力は優先度下がったし、今のトップ10を超える力をつけるとなると、かなり大がかりな手助けが必要になる。よっぽど酷い堕落をしなければ、手を出さない方が良い気がする。
話を戻そう。
元々、このパーティーは『闘技制度』の経過報告というか、実際に体験してどうだったかを上位者に聞き取るためのものだった。だから、当初は五月半ばから六月頭くらいに実施する予定だったんだ。
では、何故に一ヶ月以上も遅れたのか。
そう難しい話ではない。“アウター”の流通により、一年生二十七人がしょっ引かれてしまったためだ。三人ほどトップ10入りしていたので、その調整や事後処理に追われ、このタイミングでの開催となったわけである。
よく見れば、運営側の生徒会役員や教師たちの顔色が悪い。あちらには光魔法師のアリアノートがいるにも関わらず、あの調子なんだから、相当忙しかったんだろう。ご愁傷さま。
パーティーは滞りなく進んだ。他学年と交流する機会なんて滅多にないからか、興味を持つ者は多い様子。物怖じすることなく、盛んに会話がなされていた。
特に、オレたち二年への注目度は高い。我らがフォラナーダの面々は当然のこと、百年に一度現れる勇者もいるからな。彼も彼でイベントをこなしているので、それなりに人気が高いんだ。
ふむ。運営側に回っているニナの妹リナが、ユーダイに近づく女子生徒を牽制している。これはリナルート入ったかな? まぁ、彼女の復讐の根源はほぼ絶たれているため、原作通りの展開には絶対ならないけどさ。
カロンたちも、おおむね楽しんでいるよう。スキアだけは人混みに酔ってしまっているが、そちらは連れてきたシオンたち使用人に任せれば問題ない。
嗚呼。オレも普通に参加しているぞ。といっても、当たり障りない感じだ。オレだけ当主という立ち位置だから、どうしても学生たちは気後れしてしまうし。ゆえに、忙しかったのは最初の三十分程度。残りは壁際でゆっくり食事を頬張っていた。
「婚約者を放っておいて、何をやってるのかしら?」
「婚約約者も忘れてもらっちゃ困る」
手持ち無沙汰に飲み物で喉を潤していると、ミネルヴァとニナが近寄ってきた。
「気楽な学生同士の交流を邪魔するほど、オレは無粋じゃないよ。二人はもういいのか?」
先程まで、それぞれが集団の中心になっていたと思うんだけど、こんな会場の端に足を運んでも大丈夫なんだろうか。
すると、二人はお互いの顔を見つめた後、溜息を吐いた。
「何を言ってるのよ。あなた以上に優先すべき相手はいないわ」
「自分で『お気楽な学生』と言ってる」
「そうそう。無位無官の学生なんて、手隙の際に対応すればいいのよ。まぁ、将来性を考えて適度に関わりは持った方がいいのは確かでしょうけど、夫を蔑ろにするほどじゃないわ」
「愛を優先するのも、アタシたち学生の特権」
「そ、そうね。愛……想を尽かされないよう、あなたも私たちを構いなさい」
「ミネルヴァ、そこで怖気づかなくても……」
「怖気づいてなんかいないわよ!」
姦しく言い合うミネルヴァたちだが、要するにオレと一緒に過ごすことを優先してくれたらしい。
二人の愛を感じ、とても心が温まる。仄かに口角が持ち上がるのも自覚した。
「ありがとう」
「フン。言葉だけじゃなく、ちゃんとエスコートしなさいよね」
「礼を言われるほどでもない。アタシたちは、ゼクスと一緒にいられるだけで幸せだから」
「……ホント、ニナは直球すぎるわね。これだと、私が偏屈みたいじゃない」
「偏屈というか……ツンデレ?」
「誰がツンデレよ!」
ただ謝意を示しただけなのに、トントン拍子で会話が繰り広げられていく。
そういえば、ミネルヴァとニナの二人のみで会話しているところは、あまり目撃したことがなかった。無論、仲良くしているのは理解しているけど、こうして直接のやり取りを見ると、結構相性も良いんだと分かる。
まぁ、カロンの親友とあって、ちょっと強気の応酬なのはご愛敬なのかな?
そんな風に三人で雑談を楽しんでいると、一人の人物がこちらへ声をかけてきた。
「フォラナーダ伯爵閣下、ロラムベル公爵令嬢殿、ニナ殿。ご歓談のところ失礼いたします」
振り向けば、そこにはキテロスが立っていた。相変わらず胡散臭い笑みを浮かべており、全体的に道化染みた雰囲気をまとっている。
こちらが自身を視界に入れたのを悟ったキテロスは、慇懃に一礼した。
「お二人とは初対面でしたね。私、キテロス・トーネオリマ・ユ・ナン・イラーカと申します。せっかくの機会に一言も交わさないのはご無礼だと思い、こうして参上いたしました」
「私はミネルヴァ・オールレーニ・ユ・カリ・ロラムベルよ。以後お見知りおきを」
「ニナ・ゴシラネ・ハーネウス。よろしく」
「はい、よろしくお願いいたします」
一応の返答はするものの、ミネルヴァたちの感情は疑念の色に染まっていた。
無理もない。キテロスの態度は一貫して胡散臭い。身振り手振りも大仰だからなぁ。
――っと、オレも反応しないとマズイか。
「久しぶりだな、キテロス殿。しかし、この場は生徒会主催のパーティーだ。無礼講とまでは言わないが、そこまで畏まらなくてもいい。なぁ、二人とも」
「ええ」
「敬われる方が面倒くさい」
オレの提案にミネルヴァは簡素に頷き、ニナは直截な意見を語る。
それを受けたキテロスは静かに首肯した。
「承知しました。では、多少は肩の力を抜くとします」
さて。挨拶も終わり、世間話に移行するわけだが、オレたちの共通点は限られている。身分の違いも大きいため、無難に学園生活の話題が選ばれた。
「入学して約三ヶ月が経過した。キテロス殿は新生活には慣れたか?」
「まだまだ、といったところでしょうか。ご存じの通り、我が家は男爵ゆえに、寮生活自体は苦ではありません。むしろ、設備的には普段の生活よりも向上したと言えます。ですが、やはり、学業の難度は高いですね。現状、追いつくのがやっとです」
「それでも、トップ10には入れてるじゃないか」
「そこは入学前からの積み重ねのお陰ですね。幸い、我が家は財産だけは潤沢でしたから、色々と事前準備は整えられたのですよ」
そう。キテロス本人が言っているように、イラーカ家は男爵にしてはお金持ちである。資金力に限れば、下手な伯爵よりも多いかもしれない。
何故、それほどの財貨を得られたのかといえば、
「たしか、五年ほど前に起こした事業が成功したんだったか」
「よくご存じで。伯爵の仰る通り、都市国家群への貿易業が軌道に乗ったお陰です」
イラーカ家は、元々貿易を主に営む商家だったと聞く。それが数代前に爵位を授けられ、現在の男爵家になったらしい。この辺りは、諜報部の調査ですぐに判明していた。
とはいえ、五年前までは爵位相応の規模だったんだよ。名前を聞いても即座に思い浮かばないくらい、小さな小さな家だった。それが事業で大当たりし、大きくなったのである。
「あの戦乱の地で貿易を行うなんて、よくも決断できたものだ」
「失うものは少なかったですからね。それに、危険こそ伴いますが、ああいった荒れた地では物資が売れやすいのですよ」
「リスクとリターンが見合うとは思えないがなぁ」
「そこは、商人としてのノウハウが活きたのでしょう。実際、成功しましたから」
「なるほどな」
納得の発言はしたものの、事がそう簡単に進むはずはないと、オレは考えていた。
いくら需要があろうと、どれだけ屈強な護衛を揃えようと、紛争地域での商売なんて正気の沙汰ではない。上手くいけば旨みは出るんだろうが、現在のイラーカ家ほどの資金が手に入るとは信じられなかった。
ただ、裏が取れているわけでもない。商売しているのが都市国家群内の一国――つまりは外国であるため、うちの諜報も手が届いていないんだ。怪しいとは感じていても、確証は一切なかった。
まぁ、オレの抱えている案件とイラーカ家が関係しているとは限らないんだよな。おそらく非合法の何かをしているんだとは思うけど、まったく知らない別件の可能性は否めない。世の中、キレイごとでは済まされない物事が多いんだから。
そのままキテロスと対話して幾許か。唐突に、カロンより【念話】が掛かってきた。
『お兄さま、一大事です! オルカが……オルカが求婚されましたッ!』
どうやら、オレの与り知らぬところで、妙な事態が巻き起こっているようだった。
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