Chapter8-2 新入生(5)
二人の再会が叶ってから、エクラは度々オルカを訪ねるようになった。学園での休み時間に会話するのが基本だけど、徐々に親交が深まっているのが分かる。かつての友から普通の友人くらいには距離が縮まっているように思えた。今なんて、今度の休日に遊びに行く計画を立てている模様。
ちなみに、前述した都合、カロンたちもエクラと対面したんだが、全員がニナと似たような反応を示した。ニナほど嫌悪感を表したわけではないけど、『ちょっと苦手』と皆が結論づけている。
こうも同じ意見が出てくる以上、やはりエクラには何かあるんだろう。それが深刻なものかどうかは判然としないが、警戒して損はない。気をつけねば。
次の授業は空いているため、閑散とした教室にて、ボーっと談笑するオルカとエクラを眺める。
すると、隣より声をかけられた。
「し、嫉妬、でで、ですか?」
怪訝に振り向けば、そこには鼻息を荒くするスキアがいた。室内にはオレ、オルカ、エクラしかいない影響か、あまり臆さず問いかけられた様子。
「嫉妬って?」
唐突に意味不明な質問を受けたため、オレは首を傾ぐしかなかった。嫉妬って何に??
対するスキアは、いっそう興奮した様相を見せる。
「む、無自覚! こ、これも、お、おお、王道展開。アリ!」
発せられた言葉は、オレに向けたものではないようだった。完全に独り言の類であり、すでにオレは眼中にないよう。おいおい、そっちから声をかけてきたというのに。
とはいえ、乾いた笑いを溢すものの、怒りの感情はない。スキアの交流能力に難があるのは承知の上。また、落ち着いて考えれば、彼女が何に興奮しているのか理解できてしまった。
ずっとオルカたちを眺めていたものだから、オレがエクラに嫉妬していると勘違いしたんだろう。
スキアは、男性同士の恋愛模様を描くBL創作が大好きな子だ。特に、ショタ系をヒロイン枠に置く系統が好みらしく、まさにオレとオルカがドストライクなんだよ。陰で、オレたちを題材にしたマンガを描き始めているから間違いない。
そんなオレたちを推しとするスキアにとって、現状は大変満足できる展開なんだと思われる。ヒロインを横恋慕しようとする第三者の登場、それに嫉妬するヒーロー。……うん、スキアの言う通り、王道展開だな。オレも割と好きである。
――まぁ、全部スキアの勘違いなんだが。
別に同性愛を否定する気はない。性別の枠組みを超えて、誰かを好きになる場合はあるだろう。だが、今のオレは、オルカへ
ただ、わざわざ訂正する気力はなかった。何せ肝心のスキアは、グフゲヘと決して女性が上げてはいけない笑声を漏らし、だらしない笑みを浮かべながら妄想に浸っているんだから。
触らぬ神に祟りなし。今の彼女に、絶対に触れてはいけない。
そんな風に時間を潰すこと幾許か。見覚えのない気配が、この教室に近づいてきていた。迷いない足取りより、ここが目的地なのは明らかだ。
オレは出入口へ目を向け、その者の到着を待つ。
程なくして入室してきたのは、一学年の男子生徒のようだった。
嗚呼、と内心で頷く。
彼が誰なのか、オレには心当たりがあった。そして、それは正しかったと即座に証明される。
真っすぐコチラに歩み寄ってきた男は、軽く一礼した。
「はじめまして、フォラナーダ伯爵。私はキテロス・トーネオリマ・ユ・ナン・イラーカ。イラーカ男爵家の長男です。よろしくお願いします」
チェーニ子爵令嬢もよろしくお願いします、と、背後のスキアにも挨拶する彼――キテロス。
コミュ障ゆえに慌てるスキアを放っておき、オレも一礼で返す。
「はじめまして、イラーカ男爵子息殿」
「私のことはキテロスとお呼びください。フォラナーダ伯ほどの方に畏まられては、心臓が縮み上がってしまいます」
道化染みた態度をキテロスは取る。
無礼にならないギリギリを攻めるソレは、相手を油断させる処世術か何かか? その辺はおいおい探るとしよう。
「では、キテロス殿。ここに訪れたのは、エクラ殿のお迎えかな?」
「はい、ご慧眼の通りです」
キテロスは即答した。
何を隠そう、エクラを奴隷より解放したのは彼だ。資料によると、奴隷市場にいた彼女を、キテロス自身が解放する前提で購入したらしい。当主の方針等は一切関係なく、完全に彼個人の意思で。
惚れた張ったの類かとも邪推したが、その方面でもない様子。キテロスの思惑がまったく分からなかった。
「あら、キテロスさま。どうしましたか?」
エクラたちも、キテロスの登場に気づいたよう。エクラが親しみを顔に浮かべて彼へ近寄り、その後に続くオルカはオレの隣に立った。
エクラの呑気なセリフに、キテロスは呆れた顔をする。
「もうすぐ授業が始まるのに、キミがいつまで経っても現れないから、こうして迎えに来たんだよ」
「あら、もうそんな時間? 楽しい時間が過ぎるのは早いものね」
目を瞬かせて驚きを表現したエクラは、「まぁいいわ」とすぐに切り替えた。
「オルカ。こちら、
「よろしくお願いします、キテロスさん」
「こちらこそ。オルカ殿」
「じゃあ、
「うん、また」
オルカたちが社交辞令の挨拶を交わした後、エクラはさっさと退室していく。無論、キテロスも。
場にオレ、オルカ、スキアの三人しかいなくなったところで、オルカは小さく溜息を吐いた。
「厄介だね、ゼクス
同意を求める語り口だったが、当のオレがセリフの意図を理解していなかった。
「何が?」
「あの二人が、だよ。絶対、後ろ暗い何かを抱えてそうじゃない」
「嗚呼、そういうこと」
あの二人が胡散臭いのは同感だ。だからこそ、色々と調査の手を回しているわけだし。
しかし、
「エクラ嬢とは、普通に仲良くしている風に見えたんだが」
結構親密そうな雰囲気を感じたのは、オレの勘違いだっただろうか。鈍感のつもりはなかったんだけどな。
対して、オルカは寂しそうに笑う。
「昔の友だちが生きてくれてたのは嬉しいし、話が弾んでるのは確かだよ。もちろん、仲良くしたいとも思ってる。でも、向こうはそうじゃないみたいだから……」
「……なるほどな」
友だちとしてやり直したい気持ちは事実だが、相手側が打算ありきのせいで乗り気になれない。そんなところか。
「何か困ってるなら、幼馴染みとして力になってあげたいとは思うんだ。素直に話してくれれば、の話になっちゃうけどね」
そう締めくくったオルカは、どこか遠い目をしていた。
かつての友と今の友――そのギャップに、彼自身が整理できていないのかもしれない。
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