Chapter8-2 新入生(1)

 衝撃の一限目が終わり、休憩時間となった。次の授業は教室で行われる講義のため、オレたちは移動を開始する。


 二時限目も必修科目なのでクラスメイトたちも同じ授業のわけだが、移動中はいつもより若干距離が空いている気がした。……いや、気のせいではないな。明らかに、先程の一件が尾を引いている。


 こればかりは仕方ない。時間ともにホトボリが冷めるのを待とう。幸い、カロンたちは全然気に留めていないようだし。


 とはいえ、全員が全員、遠巻きになっているわけではなかった。遠慮なく、こちらへ声をかけてくる者もいる。


「よっ、カロン」


「おはよー、みんな」


「お、おはようございます、皆さん」


 幼馴染みのダンとミリア、そして兎獣人のユリィカだった。ダンはガタイの良い茶髪茶目の男、ミリアは緑のセミロングヘアをした女性、ユリィカは露草色のストレートロングヘアとタレ目が印象的な女性である。


 各々が挨拶を返した後、自ずと話題はダンとミリアが遅刻ギリギリだったことの言及になる。


「寝坊でもしたの?」


 オルカが、やや語気を強めながら尋ねた。ほぼ一年、ダンたちの勉学の面倒を見てきたのは彼なので、色々と思うところがあるんだろう。


 それを受け、二人はバツの悪そうな表情を浮かべる。


「寝坊したってのは当たってるけどよぉ……」


「今回は仕方なかったというか~……」


 良くも悪くも単純明快な彼らにしては、何とも煮え切らないセリフだった。何があったんだ?


 オレを含めた全員が訝しみ、ダンとミリアが続けるのを待つ。


 すると、少しの間を置いてから、ミリアの方が語った。


「昨日、遅くまでターラちゃんにお説教されてたんだよねぇ。ほら、わたしたちの去年の成績ってアレだったから」


 アハハと乾いた笑声を漏らすミリア。


 彼女の回答に対するオレたちの反応は、二つに分かれた。


 単純に『納得したか、納得していないか』なんだけど、前者はオレ、カロン、オルカ、ニナ、ミネルヴァ、シオンという、フォラナーダの古参メンバーで構成されている。


 後者に含まれるマリナが、不思議そうに溢す。


「えーっとぉ……たしか、ターラちゃんってダンくんの妹さんだっけー?」


「そうだぞ」


 オレが簡素に返すと、ますます後者組は訝しんだ。


「い、妹さんにお説教されたんですか? 寝坊するほど夜遅くまで?」


 今度はユリィカが、懐疑的な様子で口を開いた。


 対し、ダンとミリアは余計に肩を縮こまらせる。


 まぁ、ユリィカの疑念はもっともだよな。年下の女の子に、深夜まで説教されている描写が信じられないんだろう。ちょっと想像力が足りないのでは? と思わなくもないが……いや、沈黙を保っているスキアは、どこか遠い目をしつつも得心しているよう。


 ――嗚呼、なるほど。


「ユリィカは、もしかして一人っ子か?」


「い、いえ。十個下に弟が……」


「うん、納得した」


「??」


 意味が分からず首を傾げる彼女だけど、こちらは状況を把握できた。


 何てことはない。一人っ子のマリナと年の離れた弟しかいないユリィカは、歳の近い普通の・・・兄妹の実情をよく理解していないんだ。なまじ、オレとカロンという極端な一例を目にしてしまっているだけに、ダンたちの事情に驚いてしまったのかもしれない。


 得心したオレは、首を傾げていた二人へ『普通の兄妹はこんなもんだよ』と説明した。あまりピンと来てはいないみたいだったが、ひとまず理解は得られたと思う。


 一段落した辺りで、カロンは感慨深そうに呟く。


「ターラちゃんはお変わりないようですね」


「この二人の奔放っぷりを見ると、当然の成長だと思うわよ」


「ターラちゃん、二人の制御役だったからね」


 続いたのはミネルヴァとオルカだった。やらかした兄と幼馴染みのフォローに奔走するターラの姿を思い浮かべたのか、三人の表情と声音は憐憫の色があった。


 昔からターラが苦労人気質だったのは否定できないな。不幸中の幸いと言えるか分からないが、肝心のダンたちの根が善人だったことは救いだったろう。“やらかし”といっても、幼子の失敗談程度のモノが大半だったし。


 カロンたちの雰囲気より色々察したのか、マリナとユリィカも苦笑を溢していた。


 スキアに至っては自身の体験談を思い出してしまったようで、先程よりも一層遠くを見る目をしている。六人兄弟の末っ子ゆえに、ターラに共感する部分があったのかもしれないな。


 それから二時限目の授業が開始されるまで、オレたちはターラの話題で盛り上がるのだった。








 昼休みが訪れた。この時点になると、ほとんどのクラスに『闘技制度』の説明が終わったらしく、学園中がザワザワとした高揚感に包まれていた。大半の学生は制度を利用する気満々のようで、『誰と戦うのか』といった話し声が多く聞こえてくる。


 とはいえ、オレたちとは縁遠い話題だな。話し声の中には、『フォラナーダには絶対挑まない』みたいなものもチラホラある。完全に、不可侵の存在となっていた。


 もありなん。昨年度の学年別個人戦にて、オレたちは隔絶した実力を披露した。負けの分かり切っている勝負に臨む阿呆は、そうそう出てこないだろう。


「さて、昼食に向かおうか」


 荷物を片づけたオレは、カロンたちフォラナーダのメンバーに声をかける。昼前の授業は必須科目の座学だったため、教室内に全員そろっていた。


 みんなが即答する中、ニナだけは別の行動を取っていた。


「ユリィカも一緒に食べよう」


 珍しいことに、ユリィカを誘ったんだ。


 別に、今まで彼女を蔑ろにしていたわけではない。オレたちの昼食は貴族用の個室等を使用する場合が大半なので、フォラナーダの関係者以外の平民は呼ばないようにしているんだ。関係を深読みして、頭の悪い行動を仕出かす輩がいないとも限らないし。


 だから、ユリィカだけではなく、ダンやミリアも学園では一緒に食事をしない。今も、授業終了と同時に、二人は食堂へダッシュしていってしまった。


 ニナは、どういう思惑を持ってユリィカを誘ったんだろうか。


 オレの疑問に答えたのは、ニナではなくオルカだった。


「そっか。『闘技制度』が始まるから」


「そういうことか」


「まぁ、仕方のない処置よね」


 たった一言だったけど、それで十分理解が及んだ。ミネルヴァも同様で、軽く肩を竦めている。


 ただ、他の面々は――当事者であるユリィカも含めて――まだピンと来ていなかった模様。代表してカロンが尋ねてくる。


「どういうことなのでしょうか、お兄さま」


 オレは説く。


「『闘技制度』は、学園が公認する誰とでも戦えるイベントだ。本来は、上を目指すためのものだけど、全員が清く正しく運用するわけじゃないんだよ」


「間違った使い方をする、ということですか?」


「そう。褒められない動機で利用する輩は、絶対に現れる」


「学園の成績に不満を抱いている貴族は、割と多いのよね」


 オレの断言に、ミネルヴァが補足するようセリフを添えた。


 ここまで語れば、こちらの意図している内容に気づけた様子。カロンは僅かに目を見開いた。


「特待生であるユリィカさんを妬む貴族が、一挙に“闘技”を申し込んでくるわけですか」


 彼女の驚きを含んだ声に、今度はオルカが頷く。


「いくら実力主義を謳っても、国自体は身分制度を重視してるからね。学園内だからって素直に思考を切り替えられるヒトは、そう多くないと思う。だから、『闘技制度』は、Aクラス所属の平民が優先的に狙われるんじゃないかな」


「それは……」


 口を両手で覆い、悲壮感を醸し出すカロン。


 そんな彼女の頭を、オレはクシャクシャと軽く撫でた。


「そこまで深刻な話じゃないから、心配しなくていいよ。ただ、対戦希望者が大量に集まるってだけさ。脅しとかの盤外戦術の対策も、ちゃんとしてあるし」


 身分差を盾にした八百長は、誰にでも考えつく不正だ。無論、オレや制度を主導したアリアノートが放置するはずもない。その辺の管理はキチンと処理済みである。


 ではどうして、ユリィカを同行させる流れになったかと言えば、


「希望者が続出するのは抑えられない。きっと、それらをさばくのが大変になるだろうから、事前に防いで置こうっていう話さ」


 簡潔に表すなら、友人としての気遣いだ。友の苦労を見て見ぬ振りするのは、些か心苦しいもの。


 そこに、提案者であるニナが補足する。


「有象無象と戦うくらいなら、修行した方がマシ」


 大半の生徒を、鍛錬以下だとバッサリ切り捨てる彼女。言葉の切れ味も達人級だった。


 ここまで説明すれば、さすがに全員が納得できた様子。元より、ユリィカの同行に否定的な者はいなかったし。


 さて、話もまとまったことだ。そろそろ移動するとしよう。


 昼休みは有限。さっさといつもの・・・・部屋へ行こうとしたんだが、またしても待ったがかかってしまう。


 何故なら、我らが教室に、懐かしい人物が顔を出したためだった。


「あ、ゼクスさん。お久しぶり」


 目前の出入り口。そこにはオレたちの幼馴染みの一人であり、新入生首席でもあるターラ・ブレミル・マグラが立っていた。

 

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