Chapter8-2 新入生(2)

 ターラはダンの実妹で、幼い頃はオレやカロン、オルカとよく一緒に遊んだ仲だ。年下ながらダンたちのストッパー役を担っており、幼少の頃より利発な子だったと思う。


 爵位を継いで以降は、多忙のせいでオレ個人が顔を合わせる機会は減っていたけど、カロンたちは定期的に会っていたと報告を受けている。


 ただ、それも学園が始まるまでの話。オレを含めた全員が、ターラとは入学してから初めての邂逅だった。マリナやスキアに至っては初対面だろう。


 久方ぶりに見たターラは、美しく成長していた。カロンたちみたいな華やかさはないけど、元の素材の良さが順当に育っている。磨けば、さらに光るのは間違いない。


「ダン・ビレッド・マグラの妹、ターラ・ブレミル・マグラです。兄がいつもお世話になっています。今年から学園の一員となりましたので、よろしくお願いします」


 学園内にある貴族用の個室にて。ターラは、ショートボブに整えられた茶の髪を揺らして頭を下げる。


 元々、彼女は兄とミリアを訪ねて来たようなんだが、あいにく彼らは食堂へダッシュしてしまった後。せっかくの機会なので、こちらの昼食に誘ったんだ。ユリィカと似た立場でもあるため、“ついで”というのは何だが、タイミングは非常に良かった。


 先の自己紹介は、前述した初対面の二人へ向けたものだった。


「マリナ・アロエラ・クルスです。よろしく~」


「す、スキア・ソーンブル・ユ・ガ・タリ・チェーニで、です。よ、よよ、よろしくお願いします」


 マリナは朗らかに、スキアは相変わらずの様子で返事する。


 事前に人柄の調査はしていたけど、スキアに平民への隔意はないらしい。感情の色を見るに、良くも悪くも無関心が適当か。わざわざ接触しようとは思わないが、接点を持ったら普通に話す感じだろう。一安心だな。


 密かに胸を撫で下ろしていると、マリナが続けて喋る。


「わたしは生粋の平民だから、気軽に接してほしいな。あと、小さい頃のゼクスさまのことも聞きたいかも」


「あっ、そうなんですね、分かりました。でも、どうして、ゼクスさんの昔話を? カロンさんたちに尋ねられないんですか?」


 ターラは、幾許か肩の力を抜きながら問い返す。


 マリナは苦笑を溢した。


「カロンちゃんたちだと、ほら……熱が入っちゃうじゃない?」


「あ~……」


 遠い目をして、納得の声を上げるターラ。


 え、何? カロンたちって、オレの話をする時に暴走しているの?


 自分の昔話を他人に訊く機会なんてない。ゆえに、この話題は初耳だった。どんな状態になるのか興味深く感じると同時に、かなりの恐怖心を覚える。……聞かなかったことにしよう。


 オレが思考を遮断して現実逃避を敢行していると、二人の会話に口を挟む者がいた。当然ながら、『オレの昔話に熱が入ってしまう』という二人である。


「なんか、とっても失礼なニュアンスが含まれてた気がするんだけど」


わたくしたちは、尋ねられたことをお答えしただけですよ。まぁ、多少熱く語ってしまったのは自覚していますが、お兄さまの話題なら仕方ないと思います」


「そうだそうだ!」


 オルカとカロンが不服を申し立てる。


 しかし、二人の異論に賛同する者はいなかった。この場にいる全員がマリナ側だった。


 それを認めたカロンたちは、いっそう不満をあらわにする。議論はヒートアップし、ついぞオレの武勇伝(?)を語り始める始末。それも、吟遊詩人風に大仰なパフォーマンスを加えて。


 キミたち。盛り上がるのは良いんだけど、そういうのは本人の目がないところでやってくれ。


 オレは自分で淹れた茶を飲みながら、静かに溜息を溢すのだった。








「おや、学年首席殿じゃないか」


 昼食を終え、個室より退室した時。ふと、声がかけられた。


 この場にいる主席は、オレとターラの二人。声だけではどちら・・・に用があるのか判然としないため、立ち止まって振り向いた。


 向こうも、別の個室から出てきたタイミングだったんだろう。二名の使用人を背後に控えさせた男がいた。槿花むくげ色の髪と瞳をした、柔和な笑みを湛えた青年。


 ニナとマリナ以外の面々は、即座に彼の正体に気づいた。オレたちは、すぐに礼儀に沿った一礼を行う。


「これはネグロ第三王子殿下。本日はご機嫌麗しく――」


「嗚呼、格式張った挨拶はいいよ。ここは学園内だし、もっと気楽にしてくれ」


「承知いたしました」


 ネグロの許可が下りたので、オレたちは姿勢を崩した。といっても、ほんの僅かに力を抜いただけだが。


 ネグロ第三王子。こうして顔を見たのは六、七年振り。例の決闘以来か。


 アリアノートと違って、諜報からは目を惹く情報は上がっていない。対面しても分かるが、人畜無害という言葉が似合う男だった。


 ただ、なんとなーく妙な気配を感じるんだよなぁ。何て言えば良いかな。こう……『視界の端にチラチラ過るけど、実際に目を向けても何も見つからない』みたいな、そんなムズムズする感覚。


「この度はご入学おめでとうございます。殿下もお食事でしたか」


「ありがとう。その通りだよ、伯爵とは違い、一人だけどね」


 そう言って肩を竦めるネグロ。嫌味というよりは、純粋にこちらをうらやんでいる様子。


 これが普通の貴族子女なら『次は一緒に食べましょう』的なお誘いをするんだろうけど、オレには無理だった。


 フォラナーダは第一王子の派閥。当主たるオレが第三王子と食事を共にしたら、たちまち各所に邪推されてしまう。


 というわけで、彼の発言を曖昧な笑みで流し、話題を変えることにする。


「先程の『学年首席殿』とは、もしやターラのことでしょうか」


「そうだよ……って、そうか。伯爵も二年の首席だったね。すまない、余計な混乱をさせたか」


「いえ、謝罪していただくほどではございませんよ」


「そうかい? まぁ、話を戻そう。そちらの予想通り、僕が声をかけたのはターラ嬢だよ」


「どういったご用件でしょうか?」


「大した用ではないさ。王族貴族を抑えて首席の座を取った平民、その人柄を知りたかったってだけだ。教室では貴族子女たちの目があって、声をかけにくかったからね。まさか、フォラナーダ伯と食事を共にする仲だとは思わなかったよ」


 表情こそ朗らかな様相だけど、瞳はこちらを鋭く窺っていた。


 ふむ。上げられた情報は、おおむね正しいみたいだな。疑ってもなかったけど。


 ネグロ第三王子の評価は、可もなく不可もなし。ウィームレイ第一王子には劣るが懐が深く、グレイ第二王子には劣るが武力に長け、アリアノート第一王女には劣るが政略もこなせる。一般よりも優秀だけど、王族の中では中途半端というのが彼の実態だった。


 ウィームレイにも似た爽やかさを醸し出しているのは、一種の演出なんだと思われる。油断を誘い、情報を抜き取る。それがネグロの処世術なのかもしれないな。


 とはいえ、アリアノートと比べれば稚拙ちせつ。オレに通じる技ではない。


 オレは笑顔を浮かべたまま、彼の問いに答えた。


「ターラは私たちの幼馴染みなんですよ。彼女はフォラナーダ城下の出身でして、その縁で幼き頃は共に遊んでいました。彼女の兄も同様です」


 素直に話しつつも、牽制の意味を込めた圧を声に乗せる。


 ネグロくらいの優秀さであれば、こちらの牽制にも気がつくだろう。幼馴染みが国のドロドロした部分に巻き込まれるのは、あまり歓迎できる展開ではない。


「……そうか。城下で遊んだとはうらやましいことだ。僕たち王族は、そういった勝手は許されなかったからね」


「私も許されていませんでしたよ。こう見えて、ヤンチャな子どもだったんです」


「嗚呼、なるほど。伯爵も子どもらしい時分があったんだね」


 当たり障りのない会話に移行するネグロ。こちらの意図は理解してくれたようだ。


 そちらは良いんだけど、背後のカロンたちが『こう見えて』の部分で首を傾げているのが腹立たしい。まるで、オレが年中ヤンチャしているようではないか。


 その後、いくつか言葉を交わしてからネグロは去っていった。


 一部不服なところはあったものの、波風立てずに乗り切れたと思う。

 

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