Chapter8-1 新制度(3)

 入学式の翌日、上級生たちの新学期が始まった。始業式等は行われないため、初日より授業が開始される。


 何やら連絡事項があるとのことで、初手の授業はいきなり実技だった。それも総合戦闘という、いわゆる何でもありの戦い方を学ぶ授業。一応必修科目ではあるが、開幕の授業としては些か刺激が強すぎる内容だろう。


 まぁ、オレは連絡事項とやらの詳細を知っているので、今回のカリキュラムの組方には納得している。何故知っているのかというと、原作知識であり、事前に学園長よりとある依頼をされていたからだ。


 ただ、他はそうもいかない。一人を除き・・・・・、訓練場に散らばるクラスメイトのことごとくが困惑気味だった。


 ふと、右隣に立つミネルヴァが問うてきた。


「あなた、何か知ってるの?」


「何でそう思ったんだ?」


「顔色で丸分かりよ」


 質問に質問で返してしまったが、彼女はドヤ顔で答えてくれた。


 よく見ていらっしゃるようで。それって、オレのことを常に観察しているのと同義になってしまうんだけど、彼女は自身の発言の真意に気づいていない様子。うん、可愛いね。


 すると、こちらの会話に耳を立てていたらしい他の二人が、話に乗っかってくる。


「本当ですかー?」


「お兄さまはリサーチ済みだったのでしょうか?」


 後者は言わずもがな。最愛の妹カロンで、今はミネルヴァの隣にいる。


 一方の前者は、オレの左隣に立って手を握り締め続けている女性。一つに結んで右肩に流している濃い水色の髪と淡い青紫の瞳が特徴の、マリナ・アロエラ・クルス。原作では、勇者側の攻略対象ヒロインの一枠を担う者だった。


 ヒロインだけあって、その美貌は生粋の平民とは思えないほど美しく、スタイルもカロンに次ぐ凹凸の激しさを有する。


 紆余曲折を経て、オレに恋慕を抱いており、将来的にはオレも受け入れる気でいたりする。


 先日、ようやく精霊と契約を交わした結果、その実力はカロンたちに迫るに至った。たぶん、もう少し鍛えれば、良い勝負ができるようになるだろう。


 オレは肩を竦め、三人の質問にまとめて答える。


「仕事の依頼があって、概要だけは耳にしてるんだ」


「もしかして、学園からの、魔道具の新規購入の件かな? 資料で見かけたよ」


「そう、それ」


 前にいるオルカが、振り向きながら口にした内容を肯定する。


 正解したのが嬉しかったのか、彼は頬を染めてはにかんだ・・・・・。……落ち着け、相手は義弟、落ち着くんだ。


 何とか心の平静を保っていると、話題に興味を抱いた他の面々も参入してくる。


「学園で魔道具……魔駒マギピース?」


 そう、予想を口にしたのは、狼系獣人のニナ・ゴシラネ・ハーネウス。茶髪を三つ編み一本にした長身の美女で、オレの婚約約者だ。


 約が一つ多いと疑問に思うだろう。本人曰く、『結婚の約束するのが婚約なら、婚約の予約をしたアタシは婚約約者』だそう。独特の感性だけど、当人が納得しているので放置している。


 彼女は、原作では死ぬ運命にあった。しかし、オレが指導して鍛え上げた末に、その未来を打破したんだ。


 ルール無用の戦いならフォラナーダ内のナンバー2なのだから、ニナの努力は相当のものだと分かると思う。


 付け加えておくと、オレを好いてくれているメンバーの中で、ニナはダントツに積極的な子でもある。今も、背後から抱き着いて豊満な胸を押しつけてきているもの。これから授業なんだ、できれば理性を削らないでほしいよ。


魔駒マギピースなら、もっと別の機会で連絡するんじゃないかしら」


「そうだね。総合戦闘が関わるなら、結界系の何かかも?」


「それはあり得そうですね。『ダメージ変換の指輪』の新作?」


「あ~。あれって、魔法師が若干有利っていう欠点があったんだっけー?」


「待ってました」


「ニナ。あなた、あの指輪でもわたくしを圧倒できるではありませんか」


「えぇ。どれだけ強くなってるのよ、ニナ」


「あはは。今のボクたちじゃ、手も足も出なさそう」


「わたしも無理だねぇ」


 和気あいあいとお喋りを続ける五人。オレも相槌を打ちつつ、その様子を頬笑ましく眺める。


 ちなみに、この場には雑談に加わっていない者もいる。


 一人はシオン。彼女の場合、使用人としての立場を重視しているので、学園生活で口を挟むことは稀である。


 もう一人は、今年に入ってから加わったスキア・ソーンブル・ユ・ガ・タリ・チェーニ嬢。子爵分家の四女で、卒業後はフォラナーダへの就職が決まっている。


 強いクセによってボリューム過多の深紫色のロングヘア、病的に白い肌、目元に濃いクマ、猫背と、美人なのにそれ・・を台無しにする要素の多い子。


 だが、何よりも特徴的なのは瞳の色が金であることだった。『相克症』という病気のせいで長年魔法を扱えなかったが、オレが治療を施したお陰で、今では立派な光魔法師だ。


 先日のスタンピードで必死に頑張ったそうで、短期間とは思えぬ成長を遂げている。現に、新年度からはA1に上り詰めた。


 いや、この点においては、スキアの生来の才能なのかもしれないな。たまに、オレも修行に付き合う機会があるんだけど、技能の吸収率は目をみはるものがある。彼女も天才の類なんだろう。


 話を戻そう。


 スキアが会話に加わらない理由は、彼女がコミュ障のせいだ。他人との交流が苦手らしく、こういう大勢で話す際は、固く口を閉ざしてしまう傾向にある。水を向けると、言葉を返してくれんだけどね。


 他愛ない話を続けること幾許か。授業開始の時間が迫ってきた。そろそろ、担当の教師が顔を見せる頃だろう。


 カロンが怪訝そうに言う。


「ダンさんとミリアちゃん、遅いですね」


「ユリィカさんの姿も見えないね」


 オルカも続く。


 二人の言うように、同級生の三人がまだ訓練場に現れていなかった。


 ダンとミリアは、オレたちフォラナーダ兄妹の幼馴染み。両者ともに明るい性格で、良い意味で身分を気にせず交流できる友だ。


「ダンくんとミリアちゃんの方は、寝坊が考えられるよねぇ」


 マリナの推測は、割と確率が高そうだ。あの二人は、カロンの指導で魔法の腕こそ学年上位に位置するけど、子供っぽい性質が強い。『新年度という転換期を前に、気分を昂らせすぎて眠れなかった』なんて、如何にも彼ららしい言い分だと思う。


 問題はユリィカの方か。


 平民にも関わらず、学年の成績十位以内に入る才媛。兎系獣人の彼女はかなり生真面目な性格ゆえに、寝坊という線は考えにくかった。


「ユリィカは問題ない」


 すると、ニナがそう言葉を発した。


 何故? と怪訝に思うのも一瞬。そういえば、ニナがユリィカの師を務めるようになったんだったか。何らかの試練を課した結果、ユリィカは遅刻しかけているのかもしれない。


 オレはニナに言う。


「程々にな」


 特待生の彼女が、学園の成績に支障をきたしてしまうのは問題だろう。それを考慮しての発言だったんだが……ニナの反応は劇的だった。


 目がこぼれんばかりに瞠目どうもくし、


「ゼクスが言う?」


 と、絶望混じりのセリフが吐露された。


 ……やばい、言葉足らずだったかもしれない。


 オレは慌てて、自分の考えを補足した。


 特待生から落ちたら、国の支援金が打ち切られる旨を伝えると、何とかニナの納得を得られた。


 そんな風に慌ただしく過ごしていたところ、授業開始ギリギリに件の三人が姿を見せた。直後に教師も入ってきたため、話しかけるのは無理そうだ。


 訓練場に現れた教師は、何故か二人いた。

 

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