Chapter8-1 新制度(2)

 四月初旬。新年度の開始より二日目となる本日は、学園にて入学式が行われていた。


 聖王国における学園とは、国内すべての十五から十八までの子どもが通う教育機関であり、封建国家には珍しく、厳格な実力主義を基本としている。一学年十万を超える規模は、もはや都市と謳っても過言ではないだろう。


 本来、上級生は入学式に参加しない。生徒会長を筆頭とした数名がせいぜいだ。しかし、オレはそこに顔を出していた。歌劇場にも似た大講堂、その上階の一室に腰を下ろしている。


 何故かと言えば、オレが伯爵家当主だから。


 式では、力のある貴族が祝辞を述べる機会が設けられている。オレは在校生なれど、一番勢いのあるフォラナーダゆえに、挨拶をしてほしいと嘆願されたわけだ。


 まぁ、依頼してきた学園長の話し振りから察するに、そこそこ議論が紛糾した様子だったようだけど。我ながら複雑な立ち位置にいると自覚はしているので、その辺りに文句はない。


 ただ、別の問題――とまではいかないが、気になる点があった。フォラナーダに用意された部屋に、オレ以外の面子がいるんだ。


「なによ」


 オレの右隣でムッとした表情で睨んでくるのは、オレの婚約者であるミネルヴァ・オールレーニ・ユ・カリ・ロラムベル。黒髪をツインテールに結んだ小柄な体躯の女性だ。


 彼女は公爵家の長女という高い身分を持つと同時、才知に溢れる人物だった。あらゆる分野で一定以上の才能を発揮し、特に魔法に関しては、彼女の父である魔法狂まほうきょうに迫る知見を持つ。しかも、そこに努力家という要素が加わるのだから、まさに完全無比と言えた。


 とはいえ、まったく隙がないとも言えない。本人曰く『運動は得意じゃない』らしいし、料理も苦手としている。


 そして、彼女の欠点の最たる部分は、深く情を寄せている相手ほど素直になれない点だろう。いわゆるツンデレという奴で、オレなんかには厳しい口調の場合が多い。


 まぁ、オレは精神魔法によって感情が読めるので特段気にならないし、最近は二人きりだと素直になる機会が増えた。対外的には欠点と評しているけど、オレ個人としては愛らしい点だと認識している。


 要するに、オレの婚約者は愛らしいということだ。


 相変わらずツンツンしているミネルヴァに苦笑していると、この場にいるもう一人の人物が口を開いた。


「嫉妬するくらいなら、ミネルヴァもお兄さまに抱き着けば宜しいのに」


 若干の嘲笑を含んだ声音を漏らしたのは、オレの左腕を抱きかかえる女性だった。


 ややクセのある金髪をポニーテールに結わえた紅目の美女。『豊穣』の単語が頭を過るほどに魅惑的な体型を有し、全身より喜びの感情を溢れさせている彼女は、我が最愛の妹であるカロライン・フラメール・ガ・サリ・フォラナーダだった。


 原作において『悪役令嬢』のポジションを務めるカロンは、この現実では独自の成長を遂げている。


 分かりやすいところだと外見。定番のドリルヘアはポニテに変わっており、原作だと標準体型だったものが、今やグラビアモデルも顔負けである。本人曰く、『お兄さまのために頑張りました』とのこと。どう頑張ったか聞くのが怖かったよ。


 内面の方も原作と異なる。悪役らしいワガママさや横暴さは皆無で、身分の差なんて関係なく他者を慈しめる優しい子に育った。今の彼女を『悪役令嬢』と揶揄する輩は存在しないだろう。言う奴がいたら、オレが叩きのめす。


 ブラコンなのが玉に瑕だけど……そこは諦めている。彼女の愛が限界まで極まっているのは一目瞭然のため、受け入れる以外の選択肢はないと思われる。育てた責任は負うさ。


 最後に能力関連。大きな差異は、やはり光魔法を扱えているところか。原作では微塵も光魔法を行使できなかったカロンは見る影もなく、手足の如く光を操っている。


 また、全体的な実力も原作を遥かに超えており、今や限界突破レベルオーバーに到達していた。彼女を害せる者は、身内くらいしかいないと思われる。


 そんなカロンではあるけど、未だに死の運命を脱したと判断できていない。


 彼女が悪の道に進む元凶魔族は排除した。そも、誘導される原因を作らないよう立ち回った。だから、多少は安心しても良いはずなんだが、どうしても不安は拭い切れなかった。


 たぶん、キナ臭い謎が多く残っているせいだろう。西の魔王――金の魔法司グリューエンにまつわる不穏な影。これが残っている限り、カロンの平穏は遠い気がする。


 先日、身内に紛れていた青の魔法司レヴィアタンより、いくらかの情報を聞き出した。彼女の話によると、グリューエンはかなりの自信家かつ強欲な女性のよう。その一端は、『光の大魔法司』なんて自称するところからも見て取れる。


 そう。セプテムの語っていたアレは、グリューエンの自称だったんだよ。金を光に置き換えたのは、光関係なら誰にも負けない自信があったから。魔法司の頭に“大”をつけたのは、魔法司の誰よりも強いと自負していたから。


 しかも、封印された原因が、『東の魔王――紫の魔法司をたぶらかして、世界征服に乗り出したため』らしいし。


 ……うん。話を聞いただけでお腹いっぱいだ。当時を思い出したのか、語るレヴィアタンもゲンナリした表情を浮かべていた。


 グリューエンの性格を考慮すると、大人しく封印されたままでいるはずがない。聖女が現れるのは封印が弱まっている時期。いつも以上に彼女の活動が活発化するという。気を抜けるわけがなかった。


 方針は変わらない。原作通りに聖女が封印し直すのをサポートする。封印は百年かけて徐々に弱まっていく仕様なので、彼女が責務をまっとうすれば、カロンへの危機は去るだろう。


 他にも予備計画は組んでいるけど、現状はこれを優先する。それが、もっとも危険が少ない展開だと思う。


「お兄さま?」


「急に黙っちゃって、どうしたのよ」


「え? ……嗚呼、すまない。考えごとをしてた」


 両隣の二人に声をかけられ、我に返る。


 いけない。つい思考にふけってしまった。こういう考察は、もっと別のタイミングでするべきだろう。愛する二人を放置するなんて言語道断だ。


 ちなみに、この場には二人以外はいない。部屋の外に使用人が待機してはいるけど、オルカなどの面々はお留守番だった。さすがに、全員が押しかける必要はないからな。


 誰が付き添うかで壮絶な戦いがあったらしいが、その辺は関知しなかった。『誰が良いの?』なんて訊かれてややこしく・・・・・なるのが目に見えていたもの。


 空気を変えるよう、オレは口を開く。


「それにしても、首席がターラとは驚いたよ」


「そうね。平民出身が首席を取るのは、史上初なんじゃない?」


 ミネルヴァは感心した風に頷いた。


 機会があって、新入生の成績順位を事前に確認できたんだが、何と首席が幼馴染みのターラだったんだ。


 ターラとは、フォラナーダ城下町に住む平民の娘だ。ダンの妹でもあり、幼少の頃はオレ、カロン、オルカ、ダン、ミリアと一緒に遊んでいた。


 一つ年下なので今年入学だとは知っていたけど、首席を取ったのは正直驚いたよ。カロンが魔法の指導をしていたとはいえ、同じ立場のダンとミリアはA1にも入れていなかったし。


 カロンが呟く。


「昔から聡明な子でしたから、納得できる結果ではありましたけれどね。わたくしたちの世代とは違い、突出した実力の持ち主もいらっしゃらない様子ですもの」


 なるほど、カロンの意見はもっともだった。原作の主要キャラが集うオレたちの学年は、ポテンシャルで言えば国内最強ぞろい。魔法の腕が多少上がる程度では難しい部分があるんだろう。超絶強化されているオレたちがいる時点で、上位五枠は潰れるからな。


 それにダンとミリアは勉学が……うん。


「だとしても、彼女が相当努力したのは確かでしょうね。何せ、第三王子殿下を押えての成績だもの。王族を含めた一部には、少しずつ魔法の知識を流してるんでしょう?」


 ミネルヴァの問いに、オレは首肯する。


「【身体強化】安定化の知識や【設計デザイン】以外の工程の重要性とか、その辺りは流布済みだな」


 徐々にではあるが、知識を外へ公開している。いくらか危険性も出てくるかもしれないけど、基礎部分くらいは世間全体で向上してほしい。いつまでも停滞する世界は、そのうちに滅びてしまうと思うから。


 まぁ、未来への投資というやつだ。重要な知識等を公開するつもりはないので、こちらが研究を怠らなければ、優位性が崩れる心配もない。


 ……そう考えると、ミネルヴァの言う通り、ターラはかなり努力したんだろう。与えられた知識においては、ターラが若干上回っているかどうかのライン。鍛錬環境は圧倒的に第三王子が勝っている以上、それを覆すものが必要のはずゆえに。


「うんと褒めてあげなくてはいけませんね」


「そうだな」


 頬笑ましそうなカロンの言葉に同意する。


 大人しい子ではあったけど、何だかんだ、甘えたがりの部分もあった。こちらの称賛は喜んでくれるに違いない。


 ターラと会う時間の捻出を計算しながら、オレは入学式を静かに眺めるのだった。




 余談だが、オレが壇上に立った際、目をパチクリさせて驚くターラが望めたと追記しておく。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る