Chapter7-3 水の精霊(4)

 水の精霊マイムを加えた後のダンジョン探索は、これまで以上に順調に進んだ。というのも、マイムの感知が想像以上に優秀だったためだ。


 彼女の感知範囲はオレよりも僅かに劣る。ところが、近距離における精度はオレ以上だった。どうにも魔力以外の感覚にも優れているようで、些細な違和感等を的確に知らせてくれるんだ。お陰で【銃撃ショット】による狙撃効率も格段に上がり、魔獣による足止めが短くなったわけである。






「マイムちゃん、すごいよ!」


「えへへ」


 現在九十層。マイムの指摘によって、魔力を限りなくゼロにして隠密していた魔獣を倒したところだった。


 オレの魔力探知では、もっと近づかれていたのは間違いない。ゆえに、マリナが手放しにマイムを褒めるのは当然の行為だった。殺伐としたダンジョン探索も、二人のやり取りによって微笑ましくなる。


 これまでの道中でも感じていたが、マリナとマイムはとても相性が良い。自己評価が低くネガティブ思考寄りのマイムを、ポジティブでコミュ力の高いマリナが支えてあげている感じだ。


 魔力的な意味でもそう・・。普通の魔法を扱う場合、頑張っても並の魔法師レベルの魔力操作技術であるマリナだが、マイムを通した精霊魔法を扱うと一変する。どんなに強力な魔法でも高効率かつ高速度で魔力のやり取りを行えるんだ。それは『免許皆伝』を与えるに相応しい技量であり、下手したらオルカと並ぶかもしれない。


 いやはや、もはや別人だ。マリナに精霊魔法師としての才能があるのは知っていたけど、ここまで変わってしまうとは驚きだった。以前、森国しんこくの精霊魔法師を見た経験があるだけに、なおさらその感情は大きい。あれは、せいぜい上位の魔法師レベルだったもの。


 感知に加え、その他の魔法も飛躍的な向上を見せている。まさに水を得た魚だった。


「探知に引っかかる敵影はないし、このフロアの魔獣は全滅したみたいだな」


 次の階層を目指そうとマリナたちへ語る。階段の場所は、すでに探知済みだ。


 二人の承諾を受けてから、オレたちは歩を進めた。


 ところが、その進行は五歩も動かぬうちに止まってしまう。何故なら――


「マリナお姉ちゃん、足元!」


 切羽詰まった様子のマイムが大声を上げたからだ。オレの探知には一切反応が見られないが、彼女はダンジョンの床を指している。十中八九、例の合成魔獣キメラだろう。


 マイムの指摘が正しいのかは分からない。しかし、何も行動を起こさない理由にはならなかった。


 オレは間髪入れず身を翻してマリナを抱きかかえ、その場より大きく飛び退く。


「ガアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 次の瞬間、キメラがその獅子の頭を雄叫びとともに出現させた。マイムが指示した場所と寸分違わない地点だった。


「あっち、あっちも、あっちもッ」


 マリナの肩にしがみついているマイムは、続けて三ヵ所の床と壁を指した。徐々に声の震えが増し、瞳から涙をボタボタと溢す。恐慌状態の一歩手前だ。


 彼女の怯えを合図にしたかのように、キメラが三体現れる。もはや、マイムがキメラを感知しているのは疑いようもない。あの魔力の奔流の中を探れるなんて、彼女のポテンシャルは想像以上だった。


 さて、不意打ちは回避できたし、さっさと敵を殲滅しよう。キメラの戦力レベルを感覚で理解しているのか、マイムの感情は恐怖に染まってしまっている。ガタガタと震える彼女が、現状を維持したまま役に立つとは思えない。次なる不意打ちに備えるためにも、恐怖の対象は排除しておきたかった。


 なに、心配はいらない。かの敵の厄介なところは不意打ちのみ。こうやって姿が見えている状態なら瞬殺も容易い。


 だが、オレが行動する前に事態は急変を遂げた。


 今まさに、【銃撃ショット】を脳天へと放とうとした刹那だった。どこからともなく発生した炎が、ダンジョン内部を蹂躙し始めたんだ。


 荒れ狂う火焔かえんはキメラ四体に襲いかかり、一瞬で消し炭に変えてしまう。それだけでは飽き足らず、ダンジョンの壁や床までもあぶっていく。


 今のところ、オレへ炎が向かってくる気配はなかったが、このままでは熱波によって蒸し焼きになってしまうだろう。加えて、この事態の一番の問題が別に存在した。


 オレは背後を振り返る。


 そこには、大量の炎を全身より吐き出す精霊がいた。ボサボサの赤い長髪をバタバタとなびかせる・・・・・火の精霊の少女。彼女の赤い目はギラギラと輝いており、狂気にも似た戦意をたぎらせていた。


 突如現れた火の精霊の足元には、マリナが倒れ込んでいる。意識はあるようだが、自力で起き上がれないほど疲弊しているようだ。所感ではあるけど、たぶん魔力が枯渇してしまったんだと思われる。目前の火の精霊に吸われすぎて。


 信じられないことだが、状況からして他に考えられない。現在進行形で火の暴威を振り撒く精霊こそ、マリナと契約を交わしたマイムだった。浮かべる表情が違いすぎて把握が遅れたけど、顔立ちも同じのため、まず間違いないだろう。


 水の精霊が正反対の属性である火の精霊に変化するとは、どんな冗談だと物申したい。しかも、見た限り性格まで反転している。意味が分からなかった。


 ――否。薄々、どういった原因なのか感づいていた。


 このダンジョンを自在に跋扈ばっこし、異様な強さを有する魔獣キメラ。こいつは、明らかに自然発生した生物ではない。確実に、誰かが造り上げた代物だった。


 一方、人間に捕らえられ、実験を受けさせられていたというマイムの存在。


 珍しい存在が、ダンジョン内で同時に発見されるなんて展開。はたして、偶然で片づけても良いのだろうか。オレの思考は、この二つが同じ人間の手によって用意されたのではないかという疑念でいっぱいだった。


 そして、この疑念が正しかったとしたら、現状と合わせて考えると、嫌な結論に達する。


 合成精霊の創造。それが、何者かが成し得たかった所業ではないかと。


 要するに、マイムという精霊は、水と火の精霊をキメラの如く混ぜ合わせた者だと、オレは推測したんだ。


 知性ある者を掛け合わせるなんて、想像しただけで反吐が出る。しかし、今の状況を説明できる推論は、他に考えつかないのも事実だった。


 ――まぁ、良い。情報の欠如している現状、いくら考えたって正解には辿り着けまい。今オレのすべきことは別にある。


 改めて状況を確認する。


 キメラは消え去った。他の魔獣も見当たらないし、いたとしても炎に巻かれてしまうだろう。安心して火の精霊マイムに専念できる。


 マリナが魔力欠乏におちいっているのは、マイムが際限なく炎を巻き散らしているためだ。契約した精霊は、契約者の魔力を消費して魔法を発動する。すなわち、手早く問題を解決しないと、マリナが死ぬ可能性があった。


 手っ取り早いのはマイムを殺すこと。元凶を潰せば、当然危機も去る。


 しかし、それは選択できそうにない。何せ、倒れたマリナがコチラへ力強い眼差しを向けているゆえに。その視線は物語っていた。マイムを殺さないでほしいと。


 これがその辺の有象無象なら無視するところだけど、相手は少なくない好意を抱いているマリナ。彼女の要望を一蹴するのははばかられた。


 だとすれば、次善策を実行するしかない。リスクが高く、消耗が激しいので極力やりたくなかったが、事ここに至っては仕方ない。


 オレは膨大な魔力を隆起させ、未だに炎を吐き出し続けるマイムへ片手を向けた。それから、確実性を高めるために詠唱を口にする。


「【異相外しログアウト】」


 魔法が実行されるとともに、マイムの姿は霞のように消え去った。それだけではない。彼女の放射していた炎までも完全消滅する。


 後に残ったのはオレとマリナ、そして炎の残熱のみだった。

 

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