Chapter7-2 校外学習(5)

 屋敷の応接間に通されて程なく。お茶の一口を味わい終えたタイミングで、今回の会談相手であるローメ伯爵が姿を現した。


 一目見た彼の印象はモヤシだろうか。オレが髪色と着やせするせいでモヤシっぽく見えるのに対し、ローメ伯爵は正真正銘のモヤシだろう。痩せぎすの体型とその割に高い身長、日焼けとは無縁の白い肌。顔はそこそこ整っているけど、化粧でも隠し切れないクマのせいで台無しだった。


 外見でヒトを判断するのは控えたいところだが、ローメ伯爵は完全なインドアの人間だと思われる。ほぼ筋肉のない手足からして、運動の類も全然たしなまないのかな。何かに熱中すると、周囲が見えなくなるタイプだろう。


 入室してすぐ、ローメ伯爵は貴族の礼を取った。


「お初にお目にかかります、フォラナーダ伯爵。私はこの地の管理を聖王陛下よりたまわっております、マッド・スーエイサ・サン・ローメと申します。此度は会談の時間をくださり、感謝いたします。王都の英雄とお会いできたこと、光栄に思いますよ」


 一応、爵位は対等。オレも席から立ち上がって貴族の一礼をした。


「初めまして、ローメ伯爵。ご存じの通り、私がゼクス・レヴィト・サン・フォラナーダです。礼には及びません。私も、あなたの管理されていらっしゃるダンジョンをお借りするのですから、この程度の時間は喜んで用意しましょう」


 お互いに貴族らしい笑みを浮かべ、握手を交わした。


 ただ、ローメの内心はこちらに駄々洩れだ。何せ、オレはヒトの感情を読む魔法を扱える。貴族お得意のポーカーフェイスなんて、ないも同然の技能だった。


 なるほどねぇ。


 ローメの感情を見たオレは、内心で興味深げに頷く。


 彼の感情は“好奇心”だった。それも実験体等へ抱くのと同種のそれ。こういった類のものは割と見かけ慣れていたので、すぐに判別できた。オレやノマを筆頭に、研究職や開発者の多くが胸に秘める感情ゆえに、とても分かりやすかった。さすがに、それが自身へ向けられる機会は初めてだけどな。


 とはいえ、いつか来る事態だと身構えてはいた。


 オレは世界最強といって過言ではない。一般人から見れば突拍子もない存在には間違いなく、その未知を解明して飛躍したいと考える輩は当然いるだろうと踏んでいたわけだ。実際、ローメ伯爵が現れた。


 彼は伯爵家当主ながら、研究者肌の人物なんだと思われる。公的研究機関に務めている話は聞かないため、おそらく私営施設を抱えていると予想できた。今回の会談は、その辺りの好奇心が関わってくるのかもしれない。


 事前に暗部を放って正解だったな。ローメの好奇心が向く先の詳細は分からないけど、彼の瞳の耀きからして、まともな研究者ではないと読める。法を順守する輩なら、あんなギラギラとした欲望丸出しの眼差しは浮かべないさ。


 面倒くささから溜息を吐きかけるが、鋼の精神で堪える。それから、社交辞令的な挨拶や世間話を続けた。


 ディジョットに関する話題を中心に語ってはみたが……ダメだな。自らの統治する街だというのに、まるで関心を寄せていない。表情や言葉こそ取り繕っているものの、瞳や感情は『早く好奇心を満たしたい!』と逸っていた。


 ローメ伯爵の人物像が、何となく掴めてきた気がするよ……。


 内心で呆れつつ、オレは会話を続ける。


 そして、一つの話題に区切りがついたところで、ローメはついに踏み込んできた。


「フォラナーダ伯は、とてもお強い魔法師だとか」


「ええ。並大抵の相手には負けないと自負しております」


「大した自信だ。しかし、噂に聞く内容が本当だとすれば、その態度も納得できますね」


「噂ですか。いったい、どのような風聞が流れているのやら。些か怖いですね」


「決して、フォラナーダ伯をおとしめる内容ではございませんよ。一種の英雄譚に近いかもしれません」


 そう言って、ローメは瞳をギラギラと輝かせる。


「一つご相談したい事項があるのですが、宜しいでしょうか?」


「……相談ですか? 内容によりますが」


「そう難しいものではございません。フォラナーダ伯の扱われる未知の魔法を拝見したいのです。実は私、魔法の研究を独自に行っておりまして、未知の魔法と聞いては居ても立ってもいられず」


「なるほど。だから、わざわざディジョットまで足を運ばれておられたのですね」


「恥ずかしながら、好奇心には勝てなく」


 ハハハと笑い合うオレたちだったが、お互いの内心はまったく笑んでいなかった。


 オレはあちらの思惑を警戒して。オレの無属性魔法を観察することで何が実行可能か、密かに思考を回していた。


 ローメは、おそらくコチラの腹を探ろうとしている。感情はとても冷徹な色を宿しており、目的のためなら何を仕出かすか分からない狂気を感じられた。


 断るのは簡単だが、その場合はローメがどう暴走するか読めない。彼の真の目的が何かも判然としていない現状、泳がせるのがベストかもしれないな。裏で動いている暗部の情報を待つのもアリだろう。


 オレは左手を掲げ、魔力で短剣を作り出す。


 手のひらの上に浮く無色半透明の短剣を見て、ローメは感動に打ち震えた。


「素晴らしい! これは魔力のみで形成された短剣でしょうか? ふ、触れてみても?」


「構いませんが、柄の方をお願いします。刃の方は本物同様に鋭利ですので」


「はい!」


 嬉々とした態度で短剣を握るローメ。


 彼は四方八方から短剣を観察し、何度か振り回して、ようやく満足したようだ。


「フォラナーダ伯爵、こちらをお返しします。ありがとうございました」


「どういたしまして」


 オレは短剣を受け取ると同時、その魔力を霧散させる。空気に溶けるよう、跡形もなく消え去った。


 その光景を認めたローメは、興味深そうに頷く。


「なるほどなるほど。魔力の実体化と非実体化は自由自在。重要なのは魔力量ではなく密度? とても興味深い現象だ」


 ブツブツと呟く彼は、まさに研究者の姿だった。眼差しは爛々と輝いており、見ようによっては恐怖を感じるだろう。


 しばらく独り言を呟いていたローメは、深々と頭を下げる。


「貴重な体験をさせてくださり、フォラナーダ伯には感謝してもし切れません。ありがとうございました」


「私にとっては大したことではありません。お気になさらず」


「何かありましたら、気軽にお声かけください。可能な限り助力いたします」


 社交辞令的に言葉を返し、ローメはあまりにも破格な申し出をしてきた。


 一度魔法を見せただけで過剰すぎやしないか? 予想通り、彼は研究に執心しているタイプの人間の模様。


 その後、いくらか世間話を交え、オレは宿舎へ帰ることにした。


 帰路。ディジョットの街を馬車で移動している最中、ローメの調査を命じていた部下より【念話】が入った。


 彼の話によると、ローメが独自に魔法の研究を進めているのは間違いないらしい。ただ、それはヒトの魔法ではないという。


『魔獣の魔法だって?』


『はい。施設内には大量の魔獣が捕獲されており、数多の実験を行っているようでした』


 それなりに希少ではあるが、魔獣の中にも魔法を扱える種が存在する。


 魔獣の魔法は、ヒトの魔法とは異なる。奴らは種族ごとに扱える魔法が固定されており、ヒトのような自由度がないんだ。その代わり【設計デザイン】等の手間がないので、ヒトよりも速く魔法を放てる。


『資料を確認したところ、魔獣とヒトの魔法を比較し、それぞれに応用できないか、探求しているようです』


 魔獣の魔法をヒトが再現できないか。逆に、魔獣がヒトのように自由な魔法を扱えないか。そういった実験を繰り返しているらしい。成果はほとんど出ていないようだが。


 得心した。ローメがオレの魔法を観察したがったのは、『無属性魔法なら自分の実験を進められるのではないか』と考えたためだろう。


 まぁ、成功はしないと断言できる。無属性魔法は魔力操作技術が物を言う。知性のない魔獣に扱い切れるはずがなかった。


 ローメはただの熱心な研究者だったかと肩透かしの気分を覚えるオレ。


 ところが、部下の最後の報告により、考えを改めざるを得なくなった。というのも、


『どうやら、他にも研究施設が存在する模様です。防犯を考慮してか、詳細な位置までは資料に残されていませんが』


『研究所を分けてるのか……』


 キナ臭さが一気に増した。


 いや、実験に魔獣を扱うんだ。リスクの分散を狙ったのかもしれない。頭から疑ってかかるのは、愚か者の行うことだ。


 しかし、不穏な予感は払拭し切れなかった。オレの中で、何かが引っかかっていた。


『詳細不明の研究所について調査してくれ』


『承知いたしました』


 部下に命令を下してから、密かに嘆息するオレ。


 これが杞憂で終わればいいんだけどな。

 

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