Chapter7-2 校外学習(4)

 その後は大きなトラブルもなく、オレたちはローメ伯爵領にあるダンジョン都市“ディジョット”へと辿り着いた。


 ダンジョン都市とは銘打っているものの、ダンジョンそのものを街の内部に抱えているわけではない。あくまでも、ダンジョン最寄りの都市といった意味だ。冒険者が通える距離および魔獣が溢れないか監視できれば良いんだからな。好き好んで、魔獣の巣窟を内側に抱える者なんていないさ。


 ダンジョンが近いとあって、ディジョットの防衛能力は高い。街全体が高さ十メートルあろう城壁に囲まれており、その上には地上を蹂躙できる兵器が備えられている。もしも魔獣の群れがダンジョンから溢れても、十分対応できる設備だった。


 とはいえ、数日後に発生するスタンピードは、これらで対応し切れない大群なんだけどな。万越えの敵なんて誰も想定できないさ。せいぜい、千や二千くらいだろう。


 まぁ、その辺は主人公たち聖女&勇者や王族組に任せよう。オレたちが陰ながら支援すれば、犠牲者は出ないはずだし。


 話を戻そう。


 ディジョットの外側は今の説明で良いとして、内側もなかなか個性的だった。というのも、ここに集うヒトは冒険者が大半だ。その影響により、彼らにとって需要の高い店舗や施設が多くなるんだ。武具屋や素材の換金所、酒場などなど、実用的なものばかり。


 加えて、街の雰囲気も殺伐としていた。別にピリピリとした緊張感が漂っているわけではないんだが、どことなく戦場の空気が支配している。少なくとも、王都のような華やかさは皆無だろう。


 クラスメイトの大半は、ディジョットの街の雰囲気に呑まれてしまったらしい。宿にチェックインする際、全員が無言で用意された部屋へ入っていった。


 明日からダンジョンに潜るのに、あんな調子で大丈夫か?


 そんな心配が脳裏を過ったけど、その考えを振り払う。ダンジョンでの実習は毎年恒例の行事だ。同行した教師陣は落ち着いた様子だったし、こちらを遠目で観察していた冒険者たちも妙に生暖かい視線だった。おそらく、こういった反応もお馴染みなんだろう。


 余計なことに思考を回していないで、オレも自身の部屋で英気を養うとしよう。


 ちなみに、オレたちの宿泊施設は、学園専用の代物だったりする。


 普通に考えれば当然。日程をズラしているとはいえ、十万以上の学生――しかも、一部には貴族子女が含まれる――が泊まるんだ。たとえ数日程度とはいえ、通常の宿ではまかない切れない。まかない切れたとしても、他の冒険者たちに迷惑をかけるだろう。ゆえに、専用施設が用意されていた。


 維持費等の心配はいらない。何せ学園は国営だし、一部は貴族子女。施設一つくらいの金銭は余裕で経費から落とせた。


 貴族の屋敷と評しても過言ではない宿泊施設、そのうちでもっとも格式高い部屋がオレに当てられた。一介の学生と言えど、今回の遠征メンバーの中で一番偉いからな。この配慮は至極当たり前のものだった。


 別邸の私室より狭い――それでも二十畳以上ある――部屋で腰を落ち着けるオレ。中央付近のソファに座り、体重を背もたれへと預けた。それなりに良質の代物のようで、程良い弾力を返してきつつ、オレの体は沈み込む。


「ふぅ」


 小さく息を吐く。


 道中にて目くじらを立てるほどの問題は起きなかったけど、だからといってオレが苦労しなかったわけではない。むしろ、この数日間は気を張りっぱなしだった。


 原因はフェイベルンである。


 オレに忠誠を誓ってくれている彼らだが、その本質は紛うことなき戦闘狂ウォーモンガー。血と戦を求める狂戦士の集まりだ。かの家の出身は、全員その性質を抱えている。そこに例外はない。暴走するオーレリアをたしなめていたサディアスも、戦闘に入れば暴れ回る。


 要するに、平常時はともかく、戦闘時にはストッパーがいなくなるわけだ。それこそ、旅の最初期に起こったような、血みどろの惨状が幾度となく出来上がる。


 しかし、初日の惨劇は二日目以降には発生していない。理由は言をまたないだろう。オレが止めていたんだ。あのジャンキーどもは、主君であるオレか第一王子たるウィームレイの命令くらいしか聞き入れないからなぁ。興奮しすぎた場合は、オレたちの声でさえ届かない。そういった際はブン殴って止めるんだけど、本当に大変だった。


「はぁ」


 再び溜息を吐く。


 どうして、こうもクセの強い連中がオレの周りには集まってくるんだろうか。『類は友を呼ぶ』という言葉が脳裏を過るが、努めて無視する。


 精神的疲労により、しばらくソファでグッタリしていたところ。


“コンコン”


 広い部屋にノックの音が響いた。


 普段なら使用人が訪問者を誰何すいかするんだけど、今はこの場にいない。学園行事に配慮して同行させる人数を絞ったため、現在はカロンやオルカ、ミネルヴァの方に手を貸しているんだ。


 というわけで、オレ自身が客の応対をするしかない。


「入れ」


 何者かを問う必要はなかった。何故なら、探知術を常時発動しているオレは、誰が足を運んだかなんて、とうに知っていたから。


「失礼いたします」


 慇懃いんぎんな一礼とともに入室してきたのはシオンだった。


 彼女は淡い青紫の髪を揺らし、こちらへ顔を向けてくる。キレイな翠の瞳が、真っすぐオレを捉えた。


 美しい所作で目前まで接近したシオンは、再度お辞儀をした。彼女は、仕事モードであるキリッとした生真面目な表情のまま告げる。


「ゼクスさまに会談を申し込まれたお方がいらっしゃいます」


「その言い方だと、ローメ伯爵辺りか?」


「はい、仰る通りです」


 発言からこの領地の当主かと推察したところ、シオンは即座に肯定した。


 オレは一度瞑目して額に指を当てる。それから目を開き直し、彼女へ問うた。


「ローメ伯爵はディジョットに滞在していらっしゃるのか?」


「そのようです。使者の話によると、市長の屋敷に滞在しておられるそうです」


「オレ目当てか」


「おそらくは」


 オレの意見に同意するシオン。


 それ以外に考えられないよなぁ。ダンジョンを視察しに来たという可能性も捨てられないけど、あまりにもタイミングが良すぎる。学生がごった返すダンジョンを見たって、領主的には何の意味もないし。


 しかし、分からない。


「フォラナーダとローメに、何か関わりはあったか?」


「いえ、私の知る限りでは縁遠い家ですね」


「だよなぁ。オレも覚えがない」


 ローメ伯爵が、わざわざオレと接触する意図が判然としなかった。そりゃ、食料や鉱石の輸出はしているけど、それらは常識の範囲内。当主自ら足を運ぶほど、重要度の高いものではないと思う。


 ならば、戦力を借りたいとか? 伯爵がスタンピードの予兆を察知していると仮定すると、何となく辻褄が合う気もする。


 ただ、察知しているのであれば、オレが来る前に、関係の深い貴族家へ応援を要請するはずだ。というか、そっちの方が、圧倒的にコスパが良い。


 フォラナーダと縁を繋ぎたい?


 うーん、それも微妙。学園行事にかこつける・・・・・よりも、王都の方に赴いた方が印象良いし、関係構築のメリットが強い。


 やはり、今回の会談の思惑が読めなかった。


 オレは首を捻りつつ答える。


「悩んでも仕方ない。今日中なら空いていると先方に伝えてくれ。明日はダンジョン探索だ。さすがにカロンたちだけを送り出して、オレだけ街に残るのは避けたい」


 原作では何も起こらなかったとしても、現実で無事で済むとは限らない。すでに知識外の事件は多発しているんだ。ダンジョンなんて如何いかにもな場所に、カロンたちのみを送り出すのは怖かった。


「承知いたしました」


「あと、念のために諜報部隊を呼ぶが、シオンはカロンの補佐を優先してくれ」


「……宜しいのですか?」


「構わない。勘にすぎないけど、何となく嫌な予感がするんだよ」


 ただの杞憂に終われば良いが、こういった直感は当たりやすい。警戒しておいた方が賢明だろう。


 幸い、シオンは特に反論を出さなかった。オレの勘を信じてくれるらしい。その信頼が嬉しいね。




 その後、『二時間後に市長の屋敷で会談を行いたい』と先方から伝えられた。はたして、どんな内容が待ち受けているのやら。

 

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