Chapter7-1 事前準備(6)
校外学習まで一週間を切った。特段変わりのない日常が流れていき、同級生たちは、徐々に近づく初の校外学習に胸を躍らせている。
そんな日々の
何故、こんなところを訪れたかといえば、校外学習が始まる前に、とある約束を果たしておきたかったためだ。
その約束とは――
「お姉ちゃんッ」
「リナ……」
対面する狼獣人の姉妹を見れば、即座に理解できるだろう。
片方は凛とした
学年別個人戦の折、オレは姉妹の話し合いの場を設けることをリナと約束した。そして、色々と調整した結果、本日取り行われる運びとなったわけだ。
双子だが、目鼻立ち以外はまったく似ていない両者。妹リナは万感の思いを胸に抱いていると分かる反面、姉のニナは相変わらずの無表情。いや、若干気まずそうに眉を寄せているか。
無理もない。最後に話し合った時は、ケンカ別れで終わったんだ。ニナに至っては、このままずっと会わない覚悟まで決めていたくらい。ためらわないはずがない。口下手なのも相まって、余計に場の空気を悪くしていた。
とはいえ、いつまでも現状維持は困る。前回はニナの意思を尊重して手を出さなかったが、あの終わり方では解決したとは到底言えなかった。受け入れるにしろ、拒絶するにしろ、もう少ししっかり結論を出してほしいと思う。そのための話し合いだ。
無論、この場にはオレや姉妹二人以外にもいる。姉妹だけだと同じ轍を踏むだけだし、リナには不倶戴天の敵と認識されているせいでオレも役に立ちにくい。よって、今回は追加の人員を二人投入した。
「落ち着け、リナ」
「ユーダイ、止めないで!」
「今日は話し合いに来たんだろう。今の空気で抱き着こうとしたら、逃げられて全部台無しになるぞ」
「だってッ」
「まずは話し合いだ、リナ」
「むぅ」
リナを羽交い絞めにした上で説得してしまったのは、勇者たるユーダイだった。
彼がこれほど頼りになるなんて明日は雪かな?
そんな失礼な感想を抱いてしまうくらい、ユーダイはリナの手綱を握っていた。出会ってから一年と経っていないにも関わらず、この掌握具合は感嘆する。さすがは
それから、
「はいはーい、注目してね~。今日の話し合いの司会進行に任命されたマリナです! よろしくお願いしまーす」
姉妹の間に立ち、緩い感じの挨拶を告げるマリナ。
彼女こそ二人目の助っ人だ。彼女のコミュ力の高さを活かしてもらおうと、今日は協力してもらったのである。“オレとニナのためなら”と、快く引き受けてくれたことに感謝したい。
くしくも、幼馴染みの二人がサポーターとなった。個人戦にて和解したのは、ある意味ファインプレーだった。
「迷惑かける」
「……」
ニナは申しわけなさそうに頭を下げ、リナはムスッとソッポを向いた。
二人の態度に対して、マリナはあっけらかんと笑顔で答える。
「友だちのためだもん、気にしないで。リナちゃんもよろしくね~」
かなり重い空気だったというのに、彼女が喋り始めてから気持ち明るくなってきたように感じる。さすがはマリナ、オレの見込みは正しかった。この調子で、二人の話し合いを滞りなく進めてほしい。
えっ、オレは何もしないのかって? ……できるわけないだろう。この場をセッティングした張本人とはいえ、下手に動いたらリナが暴走しそうだもの。必要に迫られるまではジッと大人しくしているよ。
部屋の隅で棒立ちしているオレには構わず――そうするよう事前に指示している――、マリナは話を進めた。
「まず、現状確認を最初にしよっか。二人は双子の姉妹だけど、以前起きた内乱のせいで離れ離れになってた。それが学園に入ったことで再会したんだよね。で、リナちゃんは『昔のように家族一緒に暮らす』のを望んでる一方、ニナちゃんは『そんなのはごめん』と突っぱねてると。間違いない?」
「間違いない」
「……」
ニナは正しいと肯定し、リナは無言を貫くものの、首を縦に振った。
それを認めたマリナは「なるほどー」と声を上げた後、黙考を挟む。十秒の時間を置いてから、彼女は口を開いた。
「二人の気持ちは、前と変わりない?」
「変わらない」
ニナは即答した。一見すると、まったく
それでも無理に冷たく振舞っているのは、今後も依存されることを避けるため。姉である自分に寄りかかったままでは、いつかリナが破滅してしまうと確信しているからだ。
二人が距離を置くのはオレも賛成している。しかし、ニナは言葉が足りなさすぎる。もっと詳細に伝えないと、このこじれた関係は修繕不可能だった。
その辺り、マリナも理解した模様。ニナの立ち振る舞いや言動を見て、苦味の強い苦笑を溢していた。
さて。これを受けたリナといえば、大爆発寸前だった。わなわなと肩を揺らし、オレの方へ鋭い眼光を向けている。傍でユーダイが『どうどう、落ち着け』と言葉を尽くしていなければ、今頃飛び掛かってきていたかもしれない。
大方、姉がこんな思考に至ったのは、貴族であるオレのせいだとでも思い込んでいるんだろう。
リナにとって、貴族とは両親を奪った敵。であるならば、姉をそそのかすのも貴族に違いないと、そういうロジックが彼女の中のみで完成しているんだ。
ある程度リナが落ち着きを取り戻したところで、マリナが彼女に問い直す。
「リナちゃんも、前と意見は変わらない?」
「変わるわけがないッ!!!!」
暴言や暴力が飛び出ないくらいには鎮まったけど、声量は収められなかったよう。感情のままに、リナは怒りの声を上げる。
「私は家族を取り戻したいッ! お姉ちゃんだけじゃない。お父さんやお母さん、それに使用人のみんなが揃った、かつての家を取り戻したいんだ。それは私の悲願。諦めきれるわけがない!! それなのにッ」
再びオレを睨めつけた。グツグツと煮えたぎった怒りを瞳に湛え、その視線に膨大な殺気を乗せている。
「あいつが、貴族が邪魔をした! 他人の家族を平気で蹂躙する害悪たちがッ!!」
この場所を選んで正解だった。ここなら他人の耳目は届かないので、際どいセリフを吐いても問題にはならない。あと、カロンたちがいないのも加点だな。オレを慕う連中がいたら、リナは今頃大量の殺気を浴びて失神していると思う。実際、ニナは徐々に気配を鋭くさせていっているし、マリナも顔を引きつらせていた。
我慢してくれ、マリナ!
司会進行が我を忘れてしまっては、話し合いの舞台を整えた意味がなくなってしまう。それだけは避けねばならない。
オレのアイコンタクトを認識した彼女は、ふぅと小さく息を吐いた。良い感じに感情を落ち着かせている。
――と考えていたんだが、
「でも、リナちゃんも元は貴族だったよね? あなたの家族も元貴族だよ」
まったくもって、マリナの怒りは収まっていなかったらしい。声音こそ朗らかだったけど、どことなく語気にトゲが含まれていた。
対し、リナも反論する。
「私の家族は他の貴族とは違う!」
おお、噂の『余所は余所、ウチはウチ』理論ではないか。実在したんだな。
オレが密かに感心している間にも、二人はバチバチと口論を交わす。
「どこが違うの? 生粋の平民であるわたしからしたら、リナちゃんの家族も貴族だよ」
「全ッ然ちがう!」
「どう違うの? 具体的に示してくれないと、わたしには何も分からないよ」
「私の家族は他の家族を奪ったりしない、けなしたりしない、おとしめたりしない! 温かくて、優しくて、明るい家族なんだ。あいつと……貴族なんかと一緒にしないで!」
「って言ってるけどぉ、そこのところはどうなの、ニナちゃん?」
「へ?」
唐突に話題を振られ、間の抜けた声を漏らしてしまうニナ。このタイミングで水を向けられるとは想定外だった様子。
「えっと……」
困惑しながら思考をまとめているニナを余所に、オレはマリナの言動に感心していた。この流れが、彼女の狙ったものだと理解したためだ。
貴族時代のニナが家族や使用人より冷遇されていたのは、オレやマリナを含めたフォラナーダ城のほぼ全員が知るところだ。そして、その事実を妹リナが認識していないことも、今回の話し合いを前に共有していた。
要するにマリナは、感情に任せた口論と見せかけて、ニナが過去にどういった扱いを受けていたのかを、本人の口から語らせようと誘導したんだ。事実を正しく認識することで、リナの考えに変化が起きるだろうと予想して。
それならば、『事前にニナと話を詰めておけば良いのに』と思わなくもないが……リナの性格からして、計算尽くのものだと知ったら、大激怒して耳を傾けなくなりそうな気はする。勘も妙に鋭い時があるし。ゆえに、マリナは念には念を入れたんだと察した。
程なくして、おもむろにニナは語り始めた。
「アタシにとっての父や母、使用人たちは、温かくもなければ、優しくもない、暗雲立ち込めた家族だった」
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