Chapter7-1 事前準備(4)

「校外学習まで、いよいよ二週間を切りました」


 朝のホームルームにて、担任のメルラ先生がそんなセリフを口にした。


「前学期末にも説明しましたが、日取りが近づいてきましたので、もう一度改めて説明します」


 真新しい内容ではないので、オレは先生の話を聞き流しながら、別のことへ思考を回していた。


 一年三学期末に実施される校外学習では、勇者サイドと聖女サイドの両方で同じイベントが発生していた。その事件で主人公たち勇者と聖女および、王族メンバーグレイとアリアノートが活躍するんだ。


 イベントが何なのかを語る前に、今回の校外学習の概要を説明しよう。


 オレたち一学年が向かう先は、聖王国北西部ローメ伯爵領に存在する“ダンジョン”だ。


 ――そう、ダンジョンである。アニメや漫画でよく登場する、魔獣の巣窟として有名なアレと同義だと考えてくれて相違ない。


 といっても、他の創作物ほど夢のあるものでもない。何せ、内部には大量の魔獣が巣くっているだけで、宝箱やら伝説のアイテムやらは皆無。魔獣が外へ溢れかえらないよう、冒険者や騎士が適度に間引く程度の代物だった。


 ゆえに、魔獣狩りを扱う冒険者以外からは不人気だ。恐ろしい場所として誰もが嫌厭する。


 ちなみに、現時点で踏破者はゼロらしい。地下に続くタイプのダンジョンなんだが、下層に進むにつれて魔獣が強くなっていくせいで、十層より先には誰も進めていないと聞く。


 閑話休題。


 では、どうして不人気な場所に学園生が向かうのか。理由は大まかに二つある。


 一つは、生徒たちを強くするため。この世界においてレベルの概念は認知されていないけど、魔獣を倒すと強くなりやすいこと自体は広く知れ渡っている。学園が実力者を国で囲い込むことを重視している以上、こういった“狩り”は定期的に行われるんだ。


 ダンジョンでのイレギュラー発生はほぼあり得ない。実力に見合った階層に留まるのなら、他の狩り場よりも比較的安全。一学年の向かう先として適任だった。


 もう一つは、ダンジョンを経験させるため。国内に存在する代物であるからには、それがどんなものか実体験した方が良いという判断だ。特に貴族や冒険者は、いざという時に『知らない』では済まされないからな。


 今回の企画は、五人一組のチームでダンジョン三層まで巡るというもの。四層行きの階段前に置かれたアイテムを回収できれば合格だ。


 ダンジョン内では監督役の教師が巡回してくれるので、何かしらのアクシデントにも対応してくれる。一年の校外学習とあって、危険度はそこまで高くない内容だろう。


 ――嗚呼。事前の通達により、オレは巡回側に組み込まれているし、ベスト16のメンバーは極力一チームに一人までと定められている。ただ、クラス人数の関係で十しかチームを作れないため、マリナとユリィカ、ユーダイとリナ、聖女セイラとグレイ、アリアノートとエリック、ダンとミリアは同じチームとなっているが。


 まぁ、前述した通り、ダンジョン探索自体は簡単なものだ。シナリオ通りに進むのであれば、大きなトラブルはない。肝心のイベントは、その後に発生する。


 スタンピードが起きるんだ。ダンジョン探索が終わった翌日、万単位の魔獣がダンジョンより溢れ、周辺の街に襲いかかるんだ。


 原作では、主人公たちはダンジョン最寄りの街ディジョットを防衛するため、魔獣の群れと戦うことになる。王族であるグレイやアリアノートが指揮を執り、被害を出しつつも街を守り切るといった流れだった。


 このイベントにて、グレイは王族としての資質を目覚めさせ、アリアノートは大きな名声を得る運びになる。無論、勇者や聖女も、大量の魔獣と戦う経験を経て成長するんだ。悪魔騒動同様、今回も主人公たちの成長イベントというわけだな。


 となれば、こちらの動きは大体決まってくる。前回と同じく、彼らに経験を積ませながら被害を抑える。それがオレたちの方針となるだろう。


「以上、ホームルームを終わります」


 おっと。思案している間に、メルラ先生の話は終わったらしい。彼女は手元の書類をまとめ、そそくさと教室を後にする。


 そういえば、この前までオレを目の敵にしていた彼女だが、今やまったく敵意を感じない。それどころか、目を必死に逸らす始末だ。


 どうにも、学年別個人戦でのオレの戦いぶりが余程ショックだった様子。手のひら返しとまでは言わないけど、態度はほぼ反転していた。


 元々、自分の目で見たものしか信じない性分だとは察していたので、この変化はもありなん。怯えているだけで害はないから、現状は放置している。


 教師が退室したことで、教室内に騒々しさが出てきた。次の授業は座学の必須科目のため、誰も移動する必要はなかった。


 オレの右隣の人物も、ここぞとばかりに声をかけてくる。


「お兄さま。ダンジョンについて、いくつか質問をしたいのですが」


 カロンは、少し怪訝そうな様子で問うてきた。


 ふむ。メルラ先生が改めて話題に出したから、良い機会だと踏んだのかな。自主的に調べてはいるはずだけど、それでも分からない部分があったんだろう。授業開始まで猶予はあるし、できる限り答えてあげよう。


「いいよ」


「ありがとうございます」


 オレの快諾に対し、カロンは陽だまりのような温かい笑みを浮かべた。嗚呼、本当に我が妹は可愛い。


 すると、それに便乗するよう、左隣とその向こう側からも声がかかる。


「アタシも訊きたいことがある」


「あっ、わ、わたしもいいですか?」


 前者はニナ、後者はマリナだった。


 大切な彼女たちの頼みならば否はない。オレは二人にも「構わないよ」と告げた。


 それから、せっかくなら他のメンバーも巻き込もうと考える。


「他のみんなも、質問があれば遠慮しないでくれ」


 付近にいるメンバーは、前述した三人の他にもいる。そのうち、ミネルヴァやオルカ、シオン、使用人二名の計五人は、ここで改めて言及する必要はないだろう。


 残るは三人。


 まずはダンとミリアだ。二人はフォラナーダ城下の出身で、オレやカロン、オルカの幼馴染み。どちらも明るくサッパリした性格で、良い意味で身分を気にしない子たちだった。お陰で、昔より良い友人関係が維持できている。


 マリナを含めた三人は、二学期まではこのA1クラスではなかった。だが、学年別個人戦でベスト16入りを果たしたため、こうして同級生となれたのである。


 最後の一人はユリィカ。露草色の髪と瞳を持つ兎系獣人で、平民でありながら成績上位10以内に入る才女だ。やや気弱な性格ではあるけど、誰かのために体を張れる優しい心根を持っている。


 ここに別クラス通いのスキアを加わえたのが、学園におけるフォラナーダの面子である。


 ……ずいぶんと人数が増えたなぁ。一年も経過していないのに、集まるメンバーが倍近くに膨れ上がっている。


 それだけ、この一年が濃密だった証左だろう。原作ゲームの舞台だけあって、無駄にイベントは豊富だったし、原作外の問題にも首を突っ込んでいたからなぁ。


 とはいえ、それが損だったかと聞かれれば、違うと断言できた。厄介ごとは多かったけど、それを経て得られたモノも多かったと確信している。


 だって、笑顔で雑談を交わすカロンたちを見ていれば、オレのしてきたことが彼女たちの青春に彩りを与えられているんだと判断できるから。


「まずは、言い出しっぺのカロンの質問に答えようか」


「はい。わたくしは――」


 彼女たちと言葉を交わしながら思う。この平和な一時をしっかりと守りたい。

 

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