Interlude-Caron 三学期より

 年が明けて一ヶ月。学園の新たな学期を迎えました。肌を撫でる風は冷たく、吐く息も白く染まる厳しい季節ではありますが、久方振りの学友との再会とあって、学友たちの気分は上々でしょう。もちろん、わたくし――カロンもそのうちの一人です。


 今学期は初日より授業が開始されます。集会が終わってすぐ、わたくしは教室を移動しました。残念ながらお兄さまや他の方々は別行動のため、同行してくださるのはシオンのみです。


 目当ての教室に入ると、


「あ、カロンちゃん。こっち空いてるよ」


「カロンさん、こちらです」


 二人の女子生徒に声をかけられました。中央付近の席に座る、浅緋色と紅色の髪を携えた女性です。


 彼女たちはわたくしの友人で、浅緋の方がザラさん、紅色の方がイヴェットさんと言います。クラスは違うのですが、お二人とも火属性に適性を持っているので、火の専攻授業を経て親交を深めることができました。どちらも伯爵家の出身ながら気さくな方で、貴族風の堅苦しさが苦手なわたくしでも接しやすいのですよね。


 わたくしは彼女らの隣に座り、軽い会釈をする。


「お久しぶりです、ザラさん、イヴェットさん」


「うん、久しぶり!」


「お久しぶりです、カロンさん」


 天真爛漫といった態度のザラさんと、落ち着き払った様子のイヴェットさん。ちなみに、体格もザラさんは小柄で、イヴェットさんは長身の部類です。


 何かと正反対の彼女たちですが、実家が隣接した土地らしく、いわゆる幼馴染みの関係と聞いています。昔から仲が良いのだとか。わたくしにとってのダンさんたちみたいなものでしょうか。傍から見ていると、少し頬笑ましく思えますね。


 まだ授業開始まで時間が残っているため、わたくしたちは雑談に興じます。


「お二人も実家に戻っておられたのですよね。如何いかがでしたか?」


 以前、北部の沿岸部の土地だと耳にしていました。わたくしは海を目にした経験がないため、些か興味がそそられるのですよね。


 対して、ザラさんは眉を寄せて首を傾げられます。


「うーん……あんま変わりないかなぁ。相変わらず、古臭ーい田舎町だったよ」


 特筆すべき内容はなかったようです。地元ゆえに、よっぽどの変化がないと語れないのでしょう。わたくしもフォラナーダについて問われても困ってしまい……ませんね。あそこは、お兄さまやノマの影響で新しいものが盛りだくさんです。最近は落ち着いていますが、それでも驚かされっぱなしですもの。先日なんて、『意思ある掃除用具リビング・クリーナー』なるものを開発して、使用人一同から大顰蹙だいひんしゅくを買っておられました。


 閑話休題。


 わたくしとしては海の話をお聞きしたかったのですが、話題の振り方を間違えてしまったようです。ザラさんは直截を好むお方ですからね。


 すると、イヴェットさんが口を開く。


「そうではありませんよ、ザラ。カロンさんは、海の様子をお聞きしたいんです」


「そうなの?」


「ええ、実はそうなのです。フォラナーダには海がありませんから」


「嗚呼、フォラナーダは内陸だもんね」


「とはいえ、私たちにとっては身近なものですから、どう説明すれば良いでしょうか……」


「だよねぇ。見たことないヒトに、どう伝えればいいんだろう?」


 イヴェットさんとザラさんは、顔を見合わせて頭を捻られます。


 わたくしは、少し慌てて彼女たちに補足しました。


「そのように、難しく考えられなくても大丈夫ですよ。些細なことでも構いません。”人伝に聞く海”を楽しみたいのです」


「かなり曖昧な感じになっちゃうよ?」


「ザラの言う通りです。正確性には欠けてしまいますが、大丈夫でしょうか?」


「はい。お二人の見る海を知りたいのです」


「そういうことなら……」


 それから授業開始まで、わたくしたちは海の話題で盛り上がりました。いつか、お兄さまたちと一緒に赴いてみたいです。








○●○●○●○●








 授業後。わたくしはザラさんやイヴェットさんとともに、教室を移動しておりました。次のコマも一緒だからです。


 侍るシオンも合わせた四名で廊下を歩いていたのですが、些か気になる点がございました。


「何故、皆さんはわたくしたちを避けるのでしょうか?」


 当然ながら、廊下には他の生徒もいるのですが、どういうわけかわたくしたちの進路から撤退していくのです。気にしすぎなどではなく、あからさまに避けておられます。何か嫌われるようなことをしたでしょうか?


 わたくしが首を捻っていると、イヴェットさんが冷静に回答されます。


「個人戦の影響でしょうね」


「個人戦?」


「嗚呼、なるほどー!」


 対するわたくしとザラさんの反応は、真っ二つに割れました。片や心当たりがなく、片や得心した風に頷かれました。


 疑問符を頭に浮かべたまま、状況を理解しているお二人に問います。


「どういうことなのでしょうか?」


「簡単な話ですよ」


 イヴェットさんは滔々とうとうと語られました。


 彼らは、わたくしを怖がっていると仰るのです。原因は以前に行われた学年別個人戦にあり、わたくしの実力が皆さんの想像を遥かに超えるものだったため、反感を買わないよう気をつけているのだとか。


「仰りたいことは理解できますが、過剰反応すぎませんか? 廊下ですれ違ったくらいで文句は申しませんよ。どこの当たり屋ですか」


「ぷふっ、当たり屋って」


 ツボに入ったのか、笑いが止まらない様子のザラさん。


 そのような彼女に呆れつつも、わたくしとイヴェットさんは会話を続けます。


「そういった反応をしてしまうほど、カロンさんとその他大勢の実力はかけ離れているんですよ。正直、私も大会当時はとても驚きましたから。それに……」


「それに?」


「カロンさんは、高火力広範囲の魔法で殲滅する戦い方をなさるでしょう? あれが物語に出てくる魔王のようだと恐れられていますね」


「ま、魔王……」


 イヴェットさんのセリフに愕然としてしまいました。


 たしかに、わたくしは範囲攻撃の類を好んで使用しますが、あれは細かい操作が苦手という自身の弱点を補うための戦術なのですよ。決して、攻撃的な理由ではありません。


 かつて、聖女と呼ばれた際は恐れ多く感じましたが、だからといって、正反対の魔王呼ばわりは衝撃的すぎました。


 意気消沈するわたくしでしたが、それに構わずイヴェットさんは語ります。


「他にも、ベスト16の半分以上がフォラナーダ出身であるとか、決勝戦の内容であったり、その後の悪魔騒動も要因でしょう。特に後者二つは影響力大だったと思います」


「決勝戦はヤバかったよね!」


 笑いから復活したザラさんが、目をキラキラさせながら首肯されました。


「まさに、魔法合戦って感じですごかったよ。ロラムベル公爵家のご令嬢が凄腕の魔法師なのは分かり切ってたけど、それ以上にすごかったのはフォラナーダ伯爵だよね。あんな魔法、見たことなかったよ」


「そうでしょう、そうでしょう。お兄さまはすごいのです!」


 お兄さまの話題が出ては、いつまでも落ち込んではいられません。お目の高いザラさんに同意するよう、深く頷きました。


 そこへイヴェットさんも言葉を重ねられます。


「カロンさんの話を窺っていましたから、前評判等がデマであることは知っていましたけど、あれは想定外でしたね。だいぶ前に広がっていた『フォラナーダ伯爵が剣聖を下した』という噂が真実だったと、今ならためらわずに納得できます」


「そうですよ。何せ、お兄さまは世界最強ですから!」


「最強……たしかに、あの戦いぶりならば、あり得る話でしょうね」


 ”あり得る話”ではなく、事実として最強なのですが……まぁ、荒唐無稽すぎて信じられない気持ちも理解できますので、追及はしないでおきましょう。それに、ミネルヴァとの戦いでもお兄さまは本気ではなかったようですし、無理もありません。


 ふと、わたくしは思い出します。


「そういえば、お二人とも、お兄さまへ挨拶をされたことがありませんでしたね。今度、紹介いたしましょうか?」


 タイミングが合わないのか、ザラさんとイヴェットさんはお兄さまと顔を合わせていないのです。


 お二人は顔を見合わせて、苦笑を溢されました。


 そして、


「えっと……実は、もう挨拶は済ませてるんだよね」


 と、ザラさんが衝撃的な発言をなされるではないですか。


 わたくしは目を見開きます。


「えっ、いつの間に!?」


「カロンちゃんとは別行動してる際、そこのメイドさんに案内されて」


「シオン!?」


 バッと背後に侍るシオンを見ると、彼女は澄ました顔で一礼するだけでした。否定しないということは、事実で間違いないのですね。


 そこへイヴェットさんが補足される。


「フォラナーダ伯爵は現役の当主ですから、一介の貴族子女が気軽に会える相手ではないんですよ。たとえ、同じ学生という立場でも」


「それは……」


 以前、ミネルヴァとともに友だちの話をした際、似たような発言をお兄さまがされていた気がします。


「それでも挨拶する機会を設けたのは、カロンさんを心配されてのことだと思います」


 そう締めくくるイヴェットさん。


 改めて痛感する。わたくしは――わたくしたちは、常にお兄さまを筆頭とした周りの大人たちに守られているのだと。イヴェットさんたちこそ良き友人でしたが、もしも裏のある方であれば秘密裏に対処していたのでしょう。


 ――早く大人になりたい。


 そうすれば、わたくしたちもお兄さまに助力できるかもしれないから。


 強く、強く、そう願わずにはいられませんでした。


 とはいえ、焦りも禁物です。焦ったせいでお兄さまを心配させては、本末転倒ですもの。


 ですから今は、


「どうして挨拶したことをわたくしに黙っていたのか、じっくり尋問いたしましょう」


「へ!?」


 瞠目どうもくするザラさんとイヴェットさん。


 何を驚いているのでしょうか。密かに面会するのはお兄さま側の都合。その事実をわたくしに黙っている必要は、お二人にはなかったはずです。


 加えて、今の反応……。怪しいですね、キリキリ吐いてもらいますよ!


 その日、二人の女子生徒の悲鳴が学園中に響いたとか、響いていないとか。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る