Chapter6-4 個人戦(6)

 十分なインターバルを置き、いよいよ決勝戦が始まる。探知術で確認した限り、相当多くの観客が集まっていた。魔法狂まほうきょうの娘であるミネルヴァはともかく、本命の勇者や聖女、ニナを差し置いて、色なしのオレが勝ち残ったのが余程衝撃的だったらしい。観客席を埋め尽くす人数に実力を示せるのなら、当初の予定は達成できそうだった。


 とはいえ、これ以上は八百長を疑われたくはない。誰が見ても強者だと分かるよう、派手に立ち振る舞わせてもらおう。


 試合開始の時間が近い。オレは控室を後にして、舞台へと進む。


 すると、舞台への入口の手前にて、ミネルヴァがたたずんでいた。壁に背を預け、ぼんやりと誰かを待っている様子。


 いや、さすがに白々しすぎるか。彼女の待ち人なんて、オレ以外にいないだろう。


「ミネルヴァ」


 オレが声をかけると、ミネルヴァは壁より背中を離す。仁王立ちにも似た姿勢で、こちらを真っすぐ見つめてきた。


 数秒間、視線が交差する。


 ミネルヴァの瞳には、並々ならぬ決意を感じられた。重大な話をするつもりなのは明らかだった。


 彼女は口を開く。


「これから決勝ね」


「嗚呼」


「私とあなたの戦いよ。模擬戦ではなく試合」


「そうだな」


「難しいかもしれないけれど、極力手を抜かないでちょうだい」


「……善処するよ」


 滔々とうとうと会話を交わすオレたち。声音に気負いはなく、これからお茶会を開くと言われても不思議ではない、和やかな雰囲気があった。


 しかし、『手を抜くな』か。かなりの無茶振りをするものだ。


 ミネルヴァは強くなった。【鑑定】によると、すでに限界突破レベルオーバーしているし、魔法操作技術も『免許皆伝』を得ている。そのままでも『百年に一人の魔法の天才』と呼ばれるヒロインは、誰よりも地道に鍛錬を積んだお陰で、世界でも五指に入る魔法師へと至った。自身の才知に溺れず、努力を重ね続ける彼女の姿勢は尊敬に値する。


 だが、手加減するか否かは別問題だった。いくら彼女が強者となろうが、オレの本気の前には無力だ。たぶん、カロンたちと協力してかかってきても、片手間に捻り潰せる。それほどの格差が存在した。


 オレが本気で戦えるのは師匠アカツキのような頭抜けた規格外か、『西の魔王』のような強固な無効耐性持ちくらいだろう。


 ゆえに、今回の試合は確実に手を抜く。愛しい婚約者の願いでも、この点は譲れない一線だった。


 オレの表情より察したのか、ミネルヴァは苦笑する。


「あなたが本気を出せないことくらい分かってるわよ。実力差はしっかり把握してるわ。それを理解した上で、できるだけ本気で戦ってほしいの」


 表情こそ困った風な色を浮かべているけど、彼女の目は真剣だった。


「いつも素直になれない私だけれど……これでも、あなたのことは愛おしく思ってるのよ。政略云々は関係なく、あなたへ愛情を抱いてるわ」


「知ってる」


 オレは即答した。


 ミネルヴァが素直な気持ちを吐露したことには驚愕したが、いつも彼女の心は伝わっているから大丈夫だと頷く。


 それを受け、彼女は小さく溜息を吐いた。


「……ハァ。照れもせず即答する辺り、とてもあなたらしいわよね。まぁ、いいわ。とにかく、私はあなたが好きなのよ。私は、人生のパートナーに“オンブに抱っこ”なんて嫌なの。だから、何が何でも、あなたに追いつくわ。今は無理でも、いつの日にか絶対に。だから、その一歩を踏み出すためにも、今日は出来る限り本気で戦ってちょうだい」


 声、言葉、視線、表情、立ち振る舞い、そして感情。ミネルヴァの所作すべてが力強かった。強靭な精神性をあらわすように、彼女の雰囲気は固く揺るがなかった。


 ――嗚呼、本当に彼女は強い。


 武力面では圧倒的にオレが上だろう。でも、その心の強さは、オレ以上のものだった。


 いつだって、ミネルヴァは折れなかった。フォラナーダに来た当初、カロンたちよりも弱い現実を突きつけられても。どんなに鍛えても追いつけないオレが存在しても。彼女は決して諦めず、くじけず、邁進を続ける。むしろ、壁が大きいほど燃えると言わんばかりに、その成長を加速させていく。


 努力の天才という言葉はよく耳にするけど、まさに彼女がそれだと思う。何が立ちはだかろうと足を止めない精神性こそ、ミネルヴァの最大の武器だった。


 こんな素晴らしい女性が婚約者であることを、誇りに思うよ。


「分かった。全力は無理だけど、ギリギリまで力は尽くす。約束する」


「そう。なら、いいわ」


 オレが頬笑んで首肯すると、ミネルヴァは素っ気ない返事をした。見つめていた瞳を逸らし、あらぬ方向を向いてしまう。


 どうやら、照れてしまったらしい。珍しい素直な時間も、ここまでのようだった。


 少し残念に感じつつも、これがミネルヴァだという謎の安心感もあった。


「じゃあ、私が先に行くから、一分ほど間を置いてから入場しなさい」


「了解」


 場の生暖かい雰囲気に照れくさくなったようで、ミネルヴァは逃げ調子で舞台へと入っていった。


 直後、盛大な歓声が響き渡る。止まる気配を見せず、それどころか徐々に熱量が上がっている様子。決勝とあって、相当会場のボルテージは上昇しているらしい。


 最高の舞台に、素晴らしい相手。真の実力を魅せるには絶好の機会と言えよう。


 ミネルヴァとの約束もある。こちらも相応しい戦い方をしなければならない。


 歓声が弱まるまでの間、どう試合を展開するか、オレは静かに思考を回した。







 オレが舞台へ上がると、先程と同様に歓声が響いた。いや、ミネルヴァの時よりは控えめかな?


 もありなん。ここに訪れた観客の多くは、オレの実力に疑念を抱いている者たち。オレが貴族家当主ゆえにこの程度・・・・で済んでいるけど、ただの平民だったらブーイングの嵐だったに違いない。


 審判より指輪を受け取った後、二十メートルの間隔を空けてミネルヴァと対面する。


 オレたちは無言で見つめ合った。


 舞台裏で言葉は交わしたため、今さら何かを言う必要はない。試合開始まで、ただ沈黙を保つ。


「はじめッ」


 これまでと同様の合図が耳に届く。


 大勢の観客たちの注目が集まる中、ついに決勝が始まった。


 先手はオレが取る。手加減を極力するなと乞われた以上、悠長に待つ選択肢はない。


 双頭剣――柄の方にも刃がある剣――を十本ほど魔力で生成し、中空で高速回転させる。キィィィィンと甲高い音を立てる得物を、そのままミネルヴァの方へ放った。


 観客たちの動揺が聞こえてくるが……今は無視しよう。どうせ、色なしが魔法を使ったことに驚いているだけだ。


 手裏剣の如く、十の双頭剣がミネルヴァへ飛来していく。速度もそれなりにあり、音速とまではいかずとも、時速二百キロメートルは超えていた。


 高速で迫る凶刃を前にしても、ミネルヴァは表情を崩さなかった。冷や汗一つ流さず、冷静に状況を分析している。


 双頭剣が目と鼻の先にまで迫ったところで、ようやく彼女は動き出した。


「【ダイヤモンドスパイク】」


 オレの技量に対抗するため、わざわざ声に出しているんだろう。浪々とした詠唱と同時に、光を美しく反射する幾本もの杭が出現した。


 魔法名の通りのダイヤモンド製の杭。それらが回転する双頭剣の中心部を叩き上げ、こちらの攻撃をすべて無力化した。


 小手調べの魔法ではあったが、格別手加減したつもりはなかった。だというのに、容易に跳ね返すだけに留まらず、【ダイヤモンドスパイク】なんてオリジナル魔法で迎撃してきた。これくらいは防ぐとは考えていたけれど、この結果には些か驚いた。


 おそらく、上級土魔法の【グランドスパイク】の改変だろう。ノマの金属精製から着想を得たのかもしれない。この分だと、他にもオリジナル魔法を作っていそうだな。


 面白くなってきた。


 オレは人知れず頬を緩ませる。


 死闘なら笑ってもいられないけど、今回はルールに則った試合かつ大ケガの可能性も皆無。そんな状況で未知の魔法が飛び出てくるんだ。楽しくないはずがなかった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る