Chapter6-4 個人戦(6)
十分なインターバルを置き、いよいよ決勝戦が始まる。探知術で確認した限り、相当多くの観客が集まっていた。
とはいえ、これ以上は八百長を疑われたくはない。誰が見ても強者だと分かるよう、派手に立ち振る舞わせてもらおう。
試合開始の時間が近い。オレは控室を後にして、舞台へと進む。
すると、舞台への入口の手前にて、ミネルヴァがたたずんでいた。壁に背を預け、ぼんやりと誰かを待っている様子。
いや、さすがに白々しすぎるか。彼女の待ち人なんて、オレ以外にいないだろう。
「ミネルヴァ」
オレが声をかけると、ミネルヴァは壁より背中を離す。仁王立ちにも似た姿勢で、こちらを真っすぐ見つめてきた。
数秒間、視線が交差する。
ミネルヴァの瞳には、並々ならぬ決意を感じられた。重大な話をするつもりなのは明らかだった。
彼女は口を開く。
「これから決勝ね」
「嗚呼」
「私とあなたの戦いよ。模擬戦ではなく試合」
「そうだな」
「難しいかもしれないけれど、極力手を抜かないでちょうだい」
「……善処するよ」
しかし、『手を抜くな』か。かなりの無茶振りをするものだ。
ミネルヴァは強くなった。【鑑定】によると、すでに
だが、手加減するか否かは別問題だった。いくら彼女が強者となろうが、オレの本気の前には無力だ。たぶん、カロンたちと協力してかかってきても、片手間に捻り潰せる。それほどの格差が存在した。
オレが本気で戦えるのは
ゆえに、今回の試合は確実に手を抜く。愛しい婚約者の願いでも、この点は譲れない一線だった。
オレの表情より察したのか、ミネルヴァは苦笑する。
「あなたが本気を出せないことくらい分かってるわよ。実力差はしっかり把握してるわ。それを理解した上で、できるだけ本気で戦ってほしいの」
表情こそ困った風な色を浮かべているけど、彼女の目は真剣だった。
「いつも素直になれない私だけれど……これでも、あなたのことは愛おしく思ってるのよ。政略云々は関係なく、あなたへ愛情を抱いてるわ」
「知ってる」
オレは即答した。
ミネルヴァが素直な気持ちを吐露したことには驚愕したが、いつも彼女の心は伝わっているから大丈夫だと頷く。
それを受け、彼女は小さく溜息を吐いた。
「……ハァ。照れもせず即答する辺り、とてもあなたらしいわよね。まぁ、いいわ。とにかく、私はあなたが好きなのよ。私は、人生のパートナーに“オンブに抱っこ”なんて嫌なの。だから、何が何でも、あなたに追いつくわ。今は無理でも、いつの日にか絶対に。だから、その一歩を踏み出すためにも、今日は出来る限り本気で戦ってちょうだい」
声、言葉、視線、表情、立ち振る舞い、そして感情。ミネルヴァの所作すべてが力強かった。強靭な精神性をあらわすように、彼女の雰囲気は固く揺るがなかった。
――嗚呼、本当に彼女は強い。
武力面では圧倒的にオレが上だろう。でも、その心の強さは、オレ以上のものだった。
いつだって、ミネルヴァは折れなかった。フォラナーダに来た当初、カロンたちよりも弱い現実を突きつけられても。どんなに鍛えても追いつけないオレが存在しても。彼女は決して諦めず、くじけず、邁進を続ける。むしろ、壁が大きいほど燃えると言わんばかりに、その成長を加速させていく。
努力の天才という言葉はよく耳にするけど、まさに彼女がそれだと思う。何が立ちはだかろうと足を止めない精神性こそ、ミネルヴァの最大の武器だった。
こんな素晴らしい女性が婚約者であることを、誇りに思うよ。
「分かった。全力は無理だけど、ギリギリまで力は尽くす。約束する」
「そう。なら、いいわ」
オレが頬笑んで首肯すると、ミネルヴァは素っ気ない返事をした。見つめていた瞳を逸らし、あらぬ方向を向いてしまう。
どうやら、照れてしまったらしい。珍しい素直な時間も、ここまでのようだった。
少し残念に感じつつも、これがミネルヴァだという謎の安心感もあった。
「じゃあ、私が先に行くから、一分ほど間を置いてから入場しなさい」
「了解」
場の生暖かい雰囲気に照れくさくなったようで、ミネルヴァは逃げ調子で舞台へと入っていった。
直後、盛大な歓声が響き渡る。止まる気配を見せず、それどころか徐々に熱量が上がっている様子。決勝とあって、相当会場のボルテージは上昇しているらしい。
最高の舞台に、素晴らしい相手。真の実力を魅せるには絶好の機会と言えよう。
ミネルヴァとの約束もある。こちらも相応しい戦い方をしなければならない。
歓声が弱まるまでの間、どう試合を展開するか、オレは静かに思考を回した。
オレが舞台へ上がると、先程と同様に歓声が響いた。いや、ミネルヴァの時よりは控えめかな?
審判より指輪を受け取った後、二十メートルの間隔を空けてミネルヴァと対面する。
オレたちは無言で見つめ合った。
舞台裏で言葉は交わしたため、今さら何かを言う必要はない。試合開始まで、ただ沈黙を保つ。
「はじめッ」
これまでと同様の合図が耳に届く。
大勢の観客たちの注目が集まる中、ついに決勝が始まった。
先手はオレが取る。手加減を極力するなと乞われた以上、悠長に待つ選択肢はない。
双頭剣――柄の方にも刃がある剣――を十本ほど魔力で生成し、中空で高速回転させる。キィィィィンと甲高い音を立てる得物を、そのままミネルヴァの方へ放った。
観客たちの動揺が聞こえてくるが……今は無視しよう。どうせ、色なしが魔法を使ったことに驚いているだけだ。
手裏剣の如く、十の双頭剣がミネルヴァへ飛来していく。速度もそれなりにあり、音速とまではいかずとも、時速二百キロメートルは超えていた。
高速で迫る凶刃を前にしても、ミネルヴァは表情を崩さなかった。冷や汗一つ流さず、冷静に状況を分析している。
双頭剣が目と鼻の先にまで迫ったところで、ようやく彼女は動き出した。
「【ダイヤモンドスパイク】」
オレの技量に対抗するため、わざわざ声に出しているんだろう。浪々とした詠唱と同時に、光を美しく反射する幾本もの杭が出現した。
魔法名の通りのダイヤモンド製の杭。それらが回転する双頭剣の中心部を叩き上げ、こちらの攻撃をすべて無力化した。
小手調べの魔法ではあったが、格別手加減したつもりはなかった。だというのに、容易に跳ね返すだけに留まらず、【ダイヤモンドスパイク】なんてオリジナル魔法で迎撃してきた。これくらいは防ぐとは考えていたけれど、この結果には些か驚いた。
おそらく、上級土魔法の【グランドスパイク】の改変だろう。ノマの金属精製から着想を得たのかもしれない。この分だと、他にもオリジナル魔法を作っていそうだな。
面白くなってきた。
オレは人知れず頬を緩ませる。
死闘なら笑ってもいられないけど、今回はルールに則った試合かつ大ケガの可能性も皆無。そんな状況で未知の魔法が飛び出てくるんだ。楽しくないはずがなかった。
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