Chapter6-3 主人公たち(4)

 模擬戦は、そう時間を置かずに取り行われることとなった。残る事後処理を大人たちに任せ、近場の訓練場に足を運ぶ。


 オレは呆れ返ってしまった。もはや隠す気ないだろう。あの事後処理はアリアノートたち三人がおらずとも問題なかったし、この訓練場も予約済みとか、段取りが良いにも程がある。


 唇を緩ませるアリアノートを見ると、一度殴り飛ばしたい気持ちが湧いてくるよ。やらないけど。


 ちなみに、模擬戦に立ち会うのはアリアノートのみである。ニナの一件によってリナは未だオレを恨んでいるようで、鉢合わせたら厄介ごとに発展すると予想できたからだ。


 そういえば、探知はしていたけど、今日は一度も顔を見ていなかったな。この辺もアリアノートの思惑通りだと考えると、些か複雑な気分になる。


 ルイーズが居合わせていないのは、リナを効率良く他所へ誘導するため。護衛が持ち場を離れるのはどうなんだと思うけど、『ゼクスさんやユーダイがいらっしゃるので大丈夫ですわ』なんて断言されては何も言い返せない。事実だもの。


 さて、気持ちを切り替えよう。


 オレとユーダイは、訓練場の中央付近で対峙していた。おおよそ十五メートル前後の間隔を空け、自然体でたたずんでいる。各々、手には片手剣サイズの木剣を有する。


 少し離れた場所には立会人を務めるアリアノートがおり、すでに光魔法の結界で身を包んでいた。


 あとは試合開始の合図を待つだけだ。


 アリアノートの雰囲気を見るに、一分後くらいに始めるつもりかな。彼女の感情はまったく当てにならないけど、身じろぎ等の他の情報より推察はできる。


 となれば、この僅かな時間を思料に割かせてもらおう。何を思案するかと言えば、模擬戦でどう戦うかに他ならない。


 パターンとしては二つ。圧倒的実力差を示すために瞬殺する。もしくは程良く手加減をして“戦闘らしく”振舞う。


 どちらも一長一短だな。前者はユーダイの伸びた鼻をへし折れるが、やりすぎると心まで折りかねない。後者はその逆だ。


 うーん。塩梅としては、『一方的な戦況を作りつつも、勝てる希望を残す』がベストか? メチャクチャ難しい調整だな、それは。


 ただの手加減が丼勘定なら、今回はスプーンでグラム単位の調整をしなくてはいけないんだ。かなりの器用さが要求される。


 実行は可能だが、ひたすらに面倒くさい作業。何でここまで彼に手を尽くしているんだと思わなくもないが、『東の魔王』の封印補強は着実にこなしてほしい。最低でも、魔族に勝てるレベルまでは心身ともに成長してもらわないと。


 ハァ、本当に面倒くさい。憑依を実行する魔族がアレ以外にもいるなんて判明しなければ、単純に実力を上げるだけで済むのに。


 まぁ、文句を言ってもいられないか。オレの目標は、カロンを死の運命から外すこと。原作の流れを逸脱する結果を求めている以上は、他のイレギュラーにも備えなくてはいけない。たとえば、勇者の闇落ちとか。


 だから、彼の成長に繋がるなら、こちらの一線を踏み越えない限りは協力するよ。


「それでは、ユーダイ対ゼクスさんの模擬戦を始めさせていただきます。立会人はわたくし、アリアノートが務めます。どちらかが戦闘不能になられるか、わたくしが戦闘不能と判断するか、降参宣言によって勝敗は決します。よろしいですね?」


「はい」


「うん」


 アリアノートの最終確認に、オレとユーダイは頷いた。


 それを認めた彼女は片手を天に掲げ、振り下ろす。


「はじめッ」


 試合開始の合図とともに動いたのは、ユーダイの方だった。【身体強化】を施しているようで、土煙を舞わせながら驀進ばくしんしてくる。


 そういえば、主人公たちは【身体強化】を常用しているんだったか。前世知識のお陰で、この世界の人々よりも負荷が少なく、効果量も少し多いから。


 しかし、この現実において、【身体強化】は主人公の特権ではない。むしろ、こちらの特権と言えよう。無自覚の彼らとは違い、自覚して知識を利用しているオレたちの【身体強化】は、比較にならない強度を誇る。


 目前まで接近したユーダイは、直上に上げた木剣を思い切り振り降ろす。こちらが全然動いていないため、決着がついたと思ったんだろう。剣を振るう彼には油断と慢心が見えた。


 なるほど、これは重症だな。


 この油断の仕方は、戦い慣れていない者のそれだ。きちんと結果が見える前に気を緩ませる――つまりは残心ができていない。剣術や体術の技量は向上している風に見受けられるのに、戦闘での心構えが中途半端だった。


 もありなん。前世が現代日本の学生の上、魔獣狩りは格下を相手にするのが基本。しかも、これまでのイベントも拮抗レベルに調整されていた。格上と戦う機会がほとんどなかったのであれば、こういったチグハグが生じるのも無理ない。


 もう少し様子見して戦おうと考えていたけど、さっさと動いた方が良さそうだな。この一撃だけで大体の実力は把握できたし、精神面を鍛える方向に舵を取ろう。


 オレは体を左右に小さく揺らし、ユーダイの放った攻撃を紙一重で回避する。


 このようなギリギリの避け方をしたら、慢心している彼は『マグレ避け』だと勘違いすると思うが、それが狙いだ。


 一撃で決めようと考えていた彼は、すぐさま次の行動へ移れない。完全に重心が降りてしまい、木剣は地面を衝いていた。


 カウンターで沈めることもできるけど、それでは今回の主旨に合わないので、より屈辱的な反撃を見舞う。


 オレは、剣を握るユーダイの両手を抑えつける。重心が剣の方に傾いているため、簡単には振り払えないだろう。


 一瞬でも硬直させられれば、あとはコッチのものだ。素早く足払いを敢行。前傾姿勢になっていた彼は、見事にうつぶせで倒れ込んだ。


「ぐへっ」


「チンタラ寝てると、踏み潰されるぞ?」


「ッ!?」


 わざわざ忠告した甲斐あり、ユーダイは即座に地面を転がって間合いより離脱した。


 直後、オレの足が振り下ろされ、ズシンという音とともに地が沈む。


「なっ」


 すでに片膝立ちで身を起こしていたユーダイは、目前で起きた現象に目をみはった。続いて、顔を青ざめさせる。大方、避けられなかった場合を想像したんだと思われる。


 彼はこちらを警戒しながら立ち上がった。木剣を構えながら、じりじりとスリ足で横に移動していく。


 間合いをはかっているんだろう。先程までとは異なり、かなり慎重な様子だった。


 そうそう、そんな感じで危機感を持ちたまえ。オレは、油断しても生き残れる甘い相手ではないぞ。


 まぁ、慎重を期しても、生き残れるとは限らないが。


 このままだと一向に試合が進まないと判断したオレは、自ら攻めることにした。軽やかに地を駆け、ユーダイの背後に回り込む。


 特に変わった技術は使っていなかったんだが、彼はこちらの動きに反応できなかったらしい。キョロキョロと周囲を見渡している。


 向こうが気づいたのは、オレが木剣を振り切る直前だった。一文字の軌跡の途中に自らの得物を挟み込み、何とかガードを成功させる。


 だが、反応がギリギリすぎたのは否めない。衝撃を殺し切れず、ユーダイは盛大に吹き飛ばされた。十メートル以上も宙を舞い、落下してからもゴロゴロと転がり続ける。


 加減はしたけど、あの感触だと骨にヒビくらいは入ったかな?


 呑気な感想を抱きつつ、オレは倒れ伏すユーダイを見据える。曲がりなりにも【身体強化】を発動しているんだ。あの程度で気絶はしないはずだ。


「ぐぅぅ」


 予想通り、彼に意識は残っている。苦しそうに唸り声を上げながらも、体を起こそうと動き出した。


 潮時か。


 ユーダイのまとう感情に、微かな怯えが混じり始めたのを見逃さない。これ以上の続行は、悪影響しか与えないだろう。ここで終わらせた方が、彼の奮起に繋がる。


 オレは瞬時に間合いを詰め、ユーダイの首元に木剣を当てた。それから、アリアノートへ視線を向ける。


 こちらの意図を察したのか、彼女は声を上げる。


「そこまで! 勝者はゼクスさんです」


 その一言により、場を支配していた緊張感が緩んだ。


 オレも軽く高めていた戦意を霧散させる。


「くそっ」


 ふと、ユーダイの悔しげな声が聞こえた。


 地に伏す彼は、その場で両拳を握り締めて震えている。負けたことが、よっぽど悔しい模様。


 最後に一仕事しておくか。


「油断しすぎ。手を抜くのは構わないけど、どんな相手でも油断だけはするな」


 軽く嘲笑を混ぜておけば、ユーダイの性格上、今後の糧にしてくれるに違いなかった。


「ッ!?」


 案の定、彼はさらに体を強張らせた。並々ならぬ戦意をたぎらせ、ギリッと歯ぎしりまでしている。


 上手くいった。あとはアリアノートに任せよう。


「オレは帰りますね、殿下」


「はい。お付き合いくださり、ありがとうございました」


 オレはアリアノートに挨拶をした後、【位相連結ゲート】で別邸へと帰った。

 

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