Chapter6-3 主人公たち(3)

「沙汰が決まるまで、あなた方の身柄は生徒会に拘束されます。よろしいですね?」


「「「「「「……はい」」」」」」


 アリアノートの冷ややかな声に、今回の事件を引き起こした六人は小さく頷いた。


 学園側の応援が来てからは、トントン拍子で事後処理は進んだ。共同部室の建物は即時封鎖され、ガレキ等の撤去作業は現時点で半分以上が完了している。


 それと同時に、被疑者生徒たちの事情聴取も進められた。キッカケは些細な口論だったらしい。それがヒートアップしてしまい、この事態を引き起こしたんだとか。まったく傍迷惑な話である。


 まぁ、頭の冷えた彼らはかなり反省していたし、幸いケガ人もいない。そう厳しい罰は下らないだろう。所属クラブの期限付きの活動停止と当人たちの停学程度かな。


 六人が大人たちに連れていかれるのを見送った後、オレは小さく息を吐く。安堵ではなく、溜息の部類だった。


 というのも、オレにとっては、この後に待ち構えていることの方が面倒だったからだ。


 アリアノートが、ルイーズを伴って近寄ってきた。


「お待たせいたしました、ゼクスさん。早速、今回の経緯を窺わせていただきますね」


 彼女の発言より察せるだろう。オレも事情聴取を受けるんだ。


 先の六人によって、オレが事態の鎮圧に取り組んでいたのは判明している。だが、直接関わった当事者である以上、説明責任はあるだろう。彼女たちと深く関わりたくない気持ちは当然あるものの、どうしても拒絶したいわけではない。ならば、手早く責務をまっとうしてしまおう。


 オレは出来るだけ簡潔に、この一件の流れを説く。嘘偽りなく、正直に話し切った。


 対して、アリアノートは「ふむ」と口元に手を当てて思考を巡らせる。


 何かあるのか? と身構えたが、彼女はすぐに手を解いた。


「事情は把握しましたわ。矛盾もなさそうなので、お帰りいただいて結構です。この度は、ご協力ありがとうございました」


 軽く礼をするアリアノート。


 僅かに目をすがめ、今のセリフに裏がないか考慮するけど、問題はないと判断する。


 オレは心のうちで安堵しながら、言葉を返した。


「いえ、困った時はお互いさまです。殿下や学園の力になれたのでしたら、こちらとしても光栄なことです」


 光栄だなんて、これっぽっちも考えていないが、最初の一言は本心だった。すべてに手を貸すという傲慢は抱いていない。でも、多少のヒト助けは大切だと思う。


「そう仰っていただけると、わたくしどもも助かりますわ」


 アリアノートは薄く笑う。


 彼女の代名詞とも言える、底冷えするような氷の笑み。この顔で見つめられると、心の奥まで覗かれている風な錯覚を覚えてしまう。実際のところ、どこまでコチラの思考を読んでいるかは知らないが。


 用件は済んだ。オレはアリアノートとルイーズに挨拶をしてから、この場よりきびすを返す。同時に、【位相連結ゲート】を開いて、さっさと撤退しようとした。こうなっては、散歩する気分でもない。


 ところが、それを是としない者がいた。


「待ってくれ」


 はたして、それはユーダイだった。任された仕事が終わったようで、今しがた入室してきたんだ。


 無視して帰る選択肢もあったが、そちらを選べば、ユーダイとの関係はこじれるに違いない。何だかんだ名を上げつつある彼を蔑ろに扱うのは、あまり賢い判断とは言えなかった。


 足を止め、チラリとユーダイを窺う。


 彼の瞳は力強かった。妄想に囚われた者の目ではない。少なくとも、以前よりはマシな面構えと言えよう。これまでのイベントで、多少は精神的に成長したか。


 お互いの関係性からして、面倒な展開になるのは間違いない。しかし、この様子ならば、少しは付き合っても良いかもしれないな。主人公の成長を促すのは、悪役の役目だし。


 内心で茶化した考えを浮かべつつ、オレは【位相連結ゲート】を消す。そして、ユーダイと向き合った。


 真っすぐ彼を見つめ、【威圧】とはいかずとも軽く圧を放つ。


「ッ」


 やや怯みながらも、ユーダイは目を逸らさなかった。


 よし。【鑑定】通り、きちんと成長しているようで安心した。


「何の用かな、勇者殿」


 アリアノートたちの興味深そうな視線を受け流し、オレは問いかけた。


 彼はおもむろに返す。


「俺と……戦ってほしい」


「それは模擬戦ということか?」


「嗚呼」


 訝しむオレに、ユーダイは即座に頷いた。


 いったい、どういったロジックを経て、模擬戦を挑む流れになったんだ。まさか、まだオレを諸悪の根源だなんて考えてはいないだろうな?


 嫌な予想を脳裏に浮かべるものの、それを面には出さない。あくまでも純粋な疑問として問い返す。


「何で模擬戦をしたいと思ったんだ?」


「前に進みたいからだ」


 彼は即答した。


 そして、自らの両手を掲げ、そこに視線を落とす。


「この半年近くで、俺は成長したと思う。リナやアリア、ルイーズさんの力を借りたりはしたけど、それでも色んな困難を乗り越えてきたんだ」


 うん、知ってる。専属の監視をつけているんだから、当然ユーダイのこなした事件のすべてを把握していた。


 彼の力量でギリギリ達成できるかどうかの際どい難事の数々を、仲間とともに解決してきたんだよな。原作ゲーム通りの、王道主人公の如く。


「その中で思い知ったよ。この世界は、あんたの言う通りの世界だって。俺の価値観なんて全然通じない上、共感してくれるヒトだって極少数。俺の意志を貫きたいのなら、それこそ革命を起こさなくちゃいけないし、みんなに説いていかなくちゃいけない。それが途方もない難しい問題だって知った」


 どうやら、本当に成長したらしい。オレやアリアノートが、秘密裏に軽めの貴族トラブルをいくつか吹っかけたけど、ここまで効果てきめんとは驚いた。


 ユーダイでも解決可能な簡単な問題だったはずだが……前世の価値観を引きずる彼にしてみれば、それでも刺激が強かった模様。


「俺は強くなった。でも、やっぱり、弱い時の自分が、心の奥底にまだ残ってるんだ。それを克服しなくちゃ、さらに強くなるのは難しい」


「そこから、どうしてオレと戦う結論になった?」


「あんたが、俺が強くなりたいと考えるキッカケだから。あんたがいなければ、もっとゆっくり鍛えてたと思うんだよ」


 へぇ。直感なんだろうけど、その意見は正しい。原作通りの進行なら、ユーダイはもう少し弱かっただろう。オレが原因というのは釈然としないが、彼の成長を促せたのは悪くない結果だった。


「あんたを乗り越えたい。だから、俺と模擬戦をしてほしい。頼む!」


 そう話を締めたユーダイは、勢い良く頭を下げた。体をくの字に曲げるくらい深々と。


 対して、オレはマイペースに思考を回す。


 確かに、ユーダイは成長した。以前の彼だったら、貴族相手に頭を下げなかったし、そもそも対話さえ行わなかっただろう。自分の価値観が絶対ではないと認識している点も良い。


 しかし、まだまだ甘いと言わざるを得なかった。


 まず、伯爵当主への話し方がまるでなっていない。これが平民や子爵以下なら、罰せられても文句は言えない。貴族子女も同様。現状は、ユーダイが勇者だからこそ保たれているんだ。その辺の認識を改める必要があった。


 次に、こちらの事情を考慮していないこと。先程から、ユーダイは自身の得られるメリットしか口にしていない。大して親しくもない相手に頼みごとをするのなら、ある程度の対価を用意するべきだった。


 そして最後。ユーダイは未だ傲慢を、油断を、不遜を捨て切れていなかった。一見己を省みた風に振舞っているけど、心の底には大きな自尊心が鎮座している。それは感情からも理解できるし、何よりオレに勝てる気でいる時点でお察しだ。


 余裕を持つのは良い。しかし、油断はするな。それがフォラナーダで徹底している戦闘教訓である。敵の情報は調べ上げ、対策を万全に講じるのが基本。戦う前に戦いを終わらせるくらいの気概でないと、この世界では生き残れない。


 とはいえ、この増長は仕方ない部分もある。


 彼は、明確な負けを経験したことがない。失敗はあっても敗北はない。そのため、無意識のうちに、自分は絶対に負けないとでも考えてしまっているんだと思われる。


 今回の模擬戦の申し込みは、その敗北を刻みつける良い機会だった。


「……」


 視線は向けず、探知のみでアリアノートやルイーズを確認する。


 前者に変わりはないが、後者は僅かな動揺が見られる。緊張とも言い換えられるか。現状を酷く真剣に見守っていた。


 ……この展開がアリアノートの差し金なのは、間違いなさそうだ。彼女もユーダイの膨れ上がった自尊心を認識し、対戦相手にオレを選んだんだろう。見かけ上、ユーダイの自主性に任せた形なのが嫌らしいよ。


 オレは溜息を吐く。


「分かった。その申し出を受けよう」


「本当か!」


「嗚呼。二言はない」


 断っても良かった。でも、半年でそこそこの成長を見せた彼なら、今後も育ってくれるに違いない。多少の労力が投資になるのなら、面倒くさい気持ちは吞み込むさ。

 

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