Chapter6-3 主人公たち(2)

 放課後。学園長への用件を済ませたオレは、一人で学園敷地内を歩いていた。【位相連結ゲート】で帰るのが手っ取り早いんだけど、たまには足を使うのも良い。先に帰宅させたカロンたちは各々の用事をこなしているので、即座に帰っても手持ち無沙汰になる。今日に限って、領主の仕事もほとんど残っていないし。


 こうして歩いていると、改めて実感する。この学園はとても広大だ。普段利用する場所はごく一部で、まったく足を運ばないエリアが大半を占めている。まだ入学してから半年しか経過していないのもあるけど、それにしたって信じられない広さだった。


 “どうせなら”と、少し寄り道をすることにした。出口まで直進するのではなく、僅かに遠回りのルートを選択する。


 教務棟を離れ、オレが通りかかったのはクラブの共同部室だった。その名の通り、複数のクラブが一つの建物を共有して利用している、一種のアパートみたいなものである。使用者は中小規模のクラブが多い。


 オレらのクラブのようにオンボロでも独立するか、ちゃんとした設備を求めて共同部室にするかは、各自の判断による。どちらも一長一短だし。


 この辺りに、オレはほとんど顔を出さない。今まで関わってきたクラブはトップクラブばかりゆえに、縁遠い場所だったんだ。お遣い程度の用なら、使用人に任せれば良いのも大きい。


 共同部室の周辺には、運動系のクラブが準備運動やランニングを行っていた。ここを利用するレベルのクラブだと、きちんとした運動場や訓練場を借りられないんだろう。もしくは、設備の整った場所での練習時間を圧縮するため、どこでも可能な鍛錬は外でやっているのかもしれない。そういった大変なやり繰りがあるのは、人伝に聞いてはいた。


 歩いているだけでも、結構注目を集めてしまうな。オレの見た目白髪は目立つから、チラチラと視線が突き刺さる。露骨にジロジロと見てくる輩はいないけど、数が多いので圧は強かった。


 ただの散歩のつもりだったんだが、少し悪いことをしたかな。熱心に活動している彼らの集中を乱してしまったみたいだ。


 まだ見学したい気持ちはあるけど、これ以上の邪魔は本意ではない。散歩は別の場所で行おう。


 そうと決まれば早い。きびすを返し、共同部室の建物より離れようとする。


 しかし、その撤退は些か遅かったようだ。


 オレが退散のための一歩を踏み出す瞬間、背後の共同部室から轟音が響いた。何かが爆発したんだと即座に把握できるくらい、大きな地鳴りが発生する。


 とっさに振り向くと、建物の一部が崩落して黒煙を巻き上げている光景が目に入った。届いた音に相違なく、爆発が起こったらしい。


 ザっと確認したところ、周囲に巻き添えを食らった生徒はいない。だが、内部に数名残っているな。犯人か?


 内部の彼らがケガを負っている様子はない。とりあえず、被疑者と仮定して動こう。


 さすがに、目の前で騒動が起きたのに無視はできないだろう。学園側も解決に動くとしても、現場を押さえ、二次被害も防ぐ人員が間に合うとは思えないし。


 仕方ないと内心で溜息を吐きつつ、オレは指を振る。瞬時に、くだんの爆発地を中心にして結界が展開された。これにて被疑者確保と二次被害防止が同時に完了。


 突然の爆発に混乱していた周囲の生徒たちは、結界の出現によって更に困惑を深めているけど、そこはコチラの関知するところではない。


「はぁ」


 オレは溜息を吐き、結界内部へ足を進めた。


 というのも、被疑者生徒たちが揉め始めたんだ。取っ組み合いし、果てや魔法を使おうとする始末。後者は遠隔で妨害したので大事には至っていないけど、このまま放置ともいかないだろう。結構、本気で殴り合っている。


 結界を通り抜け、崩落した建物に入る。爆発直後は土煙が舞っていた内部も、今は比較的落ち着いていた。多少の視界の悪さは探知術で補えるため、大きな問題はない。


 現場に辿り着くと、探知していた通りの光景が広がっていた。男子生徒が六人――三対三の形でお互いに戦っていた。いや、戦いなんて仰々しいものではないな。子どものケンカだ。僅かな血流はあるけど、命のやり取りほどではなかった。


 原因は分からない。彼らの口からこぼれるのは相手への罵倒のみで、経緯を察せられる文言は聞き取れなかった。


 とはいえ、大雑把な流れは推察できた。十中八九、口論が激化して魔法を使ってしまい、この事態を招いたんだろう。


 魔法は使い方を誤れば凶器になる。未熟な学生なら、なおさら感情に振り回されやすい。ゆえに、学園では魔法暴発による事件事故が稀に発生していた。たしか、昨年度は年間五件だったか。


 前世的にたとえるなら、全人類が拳銃を所持しているのと同義だからなぁ。こればかりは仕方ないと言える。規制しようにも本人の意思次第。畢竟ひっきょう、環境や価値観で縛る以外の方法はないんだ。


 そう考えると、この世界は不思議だ。厳密に規制しているわけでもないのに、秩序がきちんと成立している。誰もが強力な武器を所持していたら、世紀末みたいな弱肉強食社会におちいりそうなのに。


 まぁ、その辺の考察は置いておこう。オレは文化人類学の学者ではないし、今優先すべきは目前の生徒たちの鎮圧だ。


 気配を殺しているお陰で、こちらの存在は認知されていない。捕縛自体は容易に行えるだろう。


 考慮すべきは“どう捕まえるか”だな。魔法で捕らえるのが手っ取り早いけど、いつ学園の者が駆けつけるか不明だから、魔力消費の観点で望ましくない。何日待たされてもガス欠にならない自信はあるものの、やはり最小限の労力で済ませたいのが人情だ。


「となれば、これを試すか」


 ちょうど良いと呟き、【位相隠しカバーテクスチャ】より極細の糸を取り出す。


 無論、この状況で用意したものが、ただの糸のはずがない。これの材質はエセミスリルであり、見た目以上の頑強さと高水準の魔力伝導率を誇っているんだ。


 このミスリルワイヤーに【魔纏まてん】を施し、彼らを拘束する算段である。ただの学生を捕らえる程度なら僅かな魔力消費で十分だし、ミスリルのお陰で魔力効率も良い。最高のコスパで結果を残せるだろう。


 作ったは良いんだけど、なかなか使う機会がなかったんだよなぁ。生け捕りなんて、基本的に殴って気絶させるか、恐怖を植えつけるのが大半だから。


 せっかくの機会を活かそうと、オレはワイヤーに魔力を流して暴れる生徒たちへ放り投げる。事前に【設計デザイン】は済ませてあるため、糸は独りでに六人全員を縛り上げた。完全な不意打ちゆえに、彼らは一切の抵抗ができない。


「な、なんだよ、これ!?」


「くそっ、ほどけねーぞ!」


「痛っ、腕に食い込むッ」


「さっきから魔法も使えねーし、何なんだよ!!」


「くそ、くそくそくそ!!!!」


「うっせーぞ、お前!」


 男子生徒たちは、聞くに堪えない罵声を吐き出し続ける。


 きつめに縛ったお陰でこれ以上暴れる心配はないが、あまりにもうるさい。こんな状況になっても、全員頭に血が上ったままらしい。


 オレは彼らを防音結界で覆った。これで静かに学園の応援を待てる。


 五分後、ようやく待ち人は現れた。探知に接近するヒトが引っかかる。


「げっ」


 思わず声が漏れた。何故なら、学園側が寄越した人材に生徒会長のアリアノート、彼女の護衛であるルイーズ、勇者ユーダイ、ニナの妹であるリナが含まれていたためだ。全員、オレにとって面倒くさい相手だった。


 他にも十人程度の大人はいるけど、あの四人――特にユーダイやリナと揉めた際、役に立ちそうにはない。


 実力者の集う生徒会が、事態の鎮圧に乗り出すのは理解できる。しかし、どうしてオレが関わった件に限って、彼らが出張るんだ? 会長はまだしも、他メンバーは上級生を選抜してほしかった。


 とはいえ、ここで文句を垂れても仕方がない。調停役の彼らを通さない選択肢はなかった。


 オレは現場を囲っていた結界を解き、アリアノートたちが駆けつけられるように場を整えておく。


 程なくして、こちらに三人を含む集団が姿を見せた。


「げっ」


 開口一番に、ユーダイがギョッと嫌そうな表情を見せる。


 その反応が先程のオレとそっくりで……密かに今後の彼への態度を改めようと誓うのだった。

 

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