Chapter6-1 疑惑の優等生(3)

 オレの噂が立ち始めて、さらに数日が経過した。一応、暗部に鎮静化を頼んではいるけど、今のところ効果は見られない。むしろ、拡大する一方だった。


 こうなってくると、とある要因・・・・・が考慮されるんだが……動機が不明すぎる。何のメリットがあるんだか。


 とはいえ、まだ確証があるわけではない。オレの予想通りであれば、証拠を掴ませるヘマをしそうにもないし、あの方法・・・・で解決を図るしかなくなってくる。そろそろ、腹を決めるしかなさそうだった。




 それはそれとして、オレは現在、学園の図書室へと赴いていた。本日のカリキュラムの関係で手持ち無沙汰な時間が生まれてしまった。そのため、同じ立場であるミネルヴァの提案によって足を運んだんだ。


 彼女は受付の司書と軽く挨拶を交わし、オレの方へと向き直る。


「あなた、図書室は初めてよね? これは簡易地図。室内の各所にも地図は配備されてるから、迷う心配はないわ。あなたが迷子なんてあり得ないでしょうけど、一応ね。あと、本の貸し出しは受付で手続きしなさい。質問も、たいていのことなら司書が答えてくれるわ。後は……」


「手慣れてるんだな」


 テキパキとオレに必要事項を伝えてくるミネルヴァに、オレは少し目を丸くする。


 いや、彼女が夏休み前より図書室に通っていることは知っている。そこではなく、世話の焼き方が慣れている。世話好きのお姉さん、もしくは面倒見の良い先生といった感じか。


 普段はツンツンしている彼女がそういう行動を取ると、途端に頬笑ましいと思えてしまうのは何故だろう。ちょっとグッときた。


 こちらが生暖かい視線を向けているのに気づいたようで、ミネルヴァは「フン」と鼻を鳴らしてソッポを向いてしまった。


「質問はないわね? だったら、ここからは別行動よ。私は私で調べものがあるの」


 やや早口で言い終えたミネルヴァは、そのまま本の山の中へと姿を消してしまった。


 それを苦笑いで見送るオレ。我が婚約者は、相変わらず可愛らしいヒトだと思う。


「さて、どうしようかな」


 口内で言葉を転がす。


 ミネルヴァが行くというから便乗したけど、正直に言うと、特に目的の書物があるわけではない。興味本位と言い換えても良い。オルカより、かなりの蔵書量だと聞いていたからな。


 聞いた話によると九十万冊だったか。国立図書館ほどではないけど、確かに数は多い。それは所狭しに並ぶ本棚からも分かる。


 ただ、この中から無作為に本を探すというのは、些か無謀な行為だろう。ある程度の目星をつけて歩かないと、本気で迷子になりそうだった。


 僅かな逡巡を経て、オレは小説のまとまったエリアを目指すことに決めた。というのも、広い図書室内を探知した際、些か興味深い反応を捉えたためだ。力強いのに小さい、何とも奇妙な魔力反応を。


 こういった妙な反応を捕捉したのは、いつ振りだったか。たしか、初めて盗賊狩りした時くらい? だが、あの時とは探知術の基盤を変えているので、魔力を意図的に小さくしているのとは異なるだろう。これは、どちらかというと消滅している感じだ。


 オレは気配を抑え、摩訶不思議な魔力の方へ歩いていく。手元にある簡易地図によれば、小説コーナーの方にくだんの対象はいるらしい。


 数分ほど本棚の中を進み、目的地に到着した。念のために、本棚越しに対象の人物の姿を窺う。


「確か彼女は……」


 そこにいたのは、オレにとって既知の人物だった。面識があるわけではなく、一方的に知っているだけの女性。


 原作ゲーム知識に依る調査を命じた主人公や攻略対象登場人物とは別の、部下たちが知っておくべきだと判断して作られた資料に、彼女の詳細が記載されていた。


 女性の名前はスキア・ソーンブル・ユ・ガ・タリ・チェーニ。チェーニ子爵分家の四女で、かの家は貴族にしては子だくさんだと有名だ。何せ、チェーニ子爵の妻は一人しかいないにも関わらず、六人も子女がいるんだからな。なかなかのガッツだった。


 とはいえ、スキアがリストに記載された主な要因は他にある。それは彼女の容姿で一目瞭然だった。


 何故なら、彼女の瞳は金色だから。光属性の適性を有する証明の色を、その双玉に湛えていたんだ。


 一つ訂正しておくと、聖王国における光魔法師は三人しかおらず、スキアは含まれていない。彼女は適性こそ持っているものの、光魔法を行使できないためだった。


 以前に語ったことがあったと思う。光魔法は他属性とは異なり、適性以外にも『他人を思いやる心』が必要とされている。まぁ、伝承なので正確性は望めないんだけど、実際に“適性があっても発動できない”というヒトは多々存在するので、否定もできないのが現状だった。


 畢竟ひっきょう、スキアもその中の一人というわけである。リストに載っていたのは、適性持ちというだけでも希少だからだろう。


 ところが、こうしてじかに目にすると、少しスキアへの印象が変わった。先の妙な魔力反応。そして、彼女の髪色が深紫こきむらさき色なこと。この二点より、とある仮説が頭に浮かんだんだ。


 ただ、ここで観察していても詳細は掴めそうにない。別の魔法を行使する必要がありそうだった。


 好奇心は猫をも殺す。そんなコトワザがあるけど、オレはスキアと関わる決断を下した。


 好奇心は当然、自分たちに協力的な光魔法師を増やしたいという思惑もあった。この一件、上手く事が運べば、彼女は光魔法を使えるようになる可能性がある。手駒が増えれば、万が一の状況西の魔王復活に際して、カロンの負担が大きく減るだろう。とても魅力的な展開だった。


 スキアは、ただでさえ150という小柄な体格なのに、猫背のまま大量の本を抱え、さらなる本を物色していた。そうした姿勢でいたら、当然の如くフラフラと足取りが覚束なくなる。また、強いくせっ毛が視界を遮ってしまい、今にも盛大に転びそうだった。


 ちょうど良い。忠告するついでに、軽く面識を作っておくか。目の前で転倒されたら座りが悪いし。


 オレは、おもむろにスキアへ近づいていく。


 しかし、この行動は少し遅かったみたいだ。接近する途中で、彼女は派手に引っくり返ってしまった。抱えた本を宙に放り投げ、万歳のポーズで床へと落ちる。


「おっと」


 予想通りすぎる事態に呆れつつ、オレは倒れかける彼女に急接近して体を抱えた。ついでに、落下中の書物たちも、実体化した魔力によって中空で受け止めておく。


「え? え? え?」


 誰かに受け止められるとは考えてもいなかったようで、スキアはとても驚いた様子だった。その金の眼を丸くしている。


 うーん。ここまで近づいたお陰で気づいたけど、スキアはかなり不健康な生活を送っている模様。化粧で隠そうとしているが、目の下のクマがハッキリ見える。運動もあまりしないらしく、手足の筋肉も薄い上に肌も青白い。……にも関わらず、胸部は結構ボリュームがある。典型的なインドアタイプ、悪く言えば引きこもり系の女の子だな。


 とりあえず、スキアを落ち着かせるため、努めて柔らかい声で語りかける。


「大丈夫かい?」


「あっ、はい。だだだ、大丈夫ででです」


 しっかり立たせてあげると、彼女はビュンという勢いでオレより距離を取った。その華奢な体から、どうやってその俊敏性を生み出したのか。


 しかし、警戒されても無理もないか。助けるためとはいえ、見知らぬ男が突然体に触れたんだから。


 疑わしげにコチラを見つめるスキアに対し、オレは両手を掲げて無害アピールをする。


「偶然近くを通ったら、倒れそうになってるキミを見かけたんだ。許可なく触れたことは謝罪しよう。申しわけない」


 立場上、不特定多数の他人に見られるかもしれない場所では頭を下げられない。だが、声には誠意を込めて謝った。


 すると、スキアは途端に狼狽ろうばいし始める。


「あわあわわわわ。そそそそ、そんな気にせずとも、かかかか構いません。ああああたしは、ふふふふフォラナーダ伯爵に謝罪されるような、か、価値ある人間では、ごごございませんので……。む、むむむしろ、ま、真っ先にお礼を申し上げなくてはいけないところを、ももも、申しわけございません!」


 めちゃくちゃどもりながら話すぞ、この子。マリナやユリィカ以上だな。


 これはオレが相手ゆえに緊張しているのではなく、元々喋り慣れていない気配を感じる。こう言っては失礼だけど、見た目同様の性格らしい。


 というより、こちらの素性はキッチリ把握していたようだ。白髪という分かりやすい目印があったとしても、当惑していたにしては高い理解力だった。外見や言動は残念な部分が目立つが、思考能力は優秀な方なのかもしれない。そういえば、座学は学年十一位だったか、納得だな。


 何ともチグハグ。スキアをどう評価すべきか迷いつつ、会話を進める。


「そちらこそ謝罪の必要はないよ。もう少しやりようはあったはずだからね」


「で、でも……」


「では、こうしよう。ここはお互いに悪かったということで相殺だ。どうだろうか?」


「あ、えっと……」


 オレが笑顔で問うと、スキアは目を面白いほど泳がせた。


 喋り慣れていないどころではないな。彼女は、他人と交流すること自体に驚くほど免疫がない。今まで、どうやって生活してきたか不思議なくらいだった。


 オドオドしっぱなしのスキアは、一、二分ほどして首を縦に振った。


「は、はい。ふ、フォラナーダ伯爵がそれで宜しいのでしたら、あああたしは、もも問題ありません」


「よし。それじゃあ、この話はおしまいだ。この量の本を持ち運ぶのは大変だろう? また倒れられたら寝覚めが悪い。オレが一緒に運ぼう」


「そ、そうだ。あ、あたしの本! ……って、宙に浮いてる!?」


 オレにばかり気を配っていたせいか、周囲に浮かんでいた本が目に入っていなかった様子。


 混乱する彼女を置いて、オレは言葉を続ける。


「かなり大量の本を持ってくんだろう? だったら、人手は欲しいはずだ。遠慮なく頼ってほしい」


「さ、さすがに、お、おおおそれ多いと申しますか……」


 だろうね。


 心のうちで頷く。


 子爵分家の四女が伯爵現当主の手をわずらわせるなんて、肝が冷えるどころの話ではないと思う。おそれ多いという表現は、彼女なりにオブラートに包んだんだろう。


 ただ、この反応は予期できていたもの。こちらも対策を立てているのは自明だった。


「それなら、こうしよう。オレが本を運ぶ代わりに、キミにはとある魔法の実験台になってほしい」


「ま、まま、魔法の実験台、ですか?」


「そう怖がる必要はないよ。攻撃系じゃなくて、体の情報を調べる奴なんだ。それに、もう何度も実験は行ってるから、最終確認みたいなものさ」


 本当は、すでに完成している魔法だ。魔力を含む肉体情報を精査する【スキャン】という無属性魔法。対象の許可を得る必要はあるが、これを使えばスキアの魔力の謎を解明できるだろう。元々、彼女の体質についての謎を解き明かす目的で接近したんだし。


 僅かな逡巡を経て、スキアは首肯する。


「し、承知しました。そ、その条件で、よ、よよ、よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしく」


 こうして、オレたちは一種の契約を結んだ。


 スキアは、この大量の本を寮の自室に運ぶ予定だったようなので、受付で手続きを踏んだ後、そちらへ赴くことになる。ミネルヴァに【念話】で断りを入れてから、図書室の外へと足を進めた。

 

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