Chapter6-1 疑惑の優等生(2)

 二学期が始まってから数日。これといって大事なく学園生活は流れていった。……表面上は。


「はぁ」


 お昼。貴族専用の個室に集まり、いつものメンバーで昼食を取っている最中だった。耳に届くか届かないか、その程度の声量だったけど、確かにミネルヴァは溜息を吐いた。


「どうかしたのか?」


 オレはすかさず尋ねた。


 十二分すぎるほどの才能を有し、それらに驕らず努力を続けるミネルヴァは、たいていの場合は不遜な態度を崩さない。そんな彼女が呆れ以外の溜息を吐くなんて、非常に珍しいことだった。


 対し、気づかれると思っていなかったのか、ミネルヴァは些か目を丸くする。


「あなたは不気味なくらい機微に聡いわよね。日頃の行いを見てなければ、ストーカーかと疑ってしまうほどに」


 いつもの憎まれ口を叩く彼女だが、些か勢いが弱い気がした。やはり、何かあるらしい。


 心配げに様子を窺っていると、ミネルヴァは小さく両手を掲げる。降参と言っている風だった。


「実技の講義が始まって以降、あなたの実力を疑問視する声が上がってるのは知ってる?」


「嗚呼。らしいね」


 まだ生徒の一部より囁かれている程度だけど、そういう意見があるのは把握していた。


 彼女は続ける。


「聖王家にケンカを売った日以来、あなたは確かに自重しなくなった。必要とあれば、遠慮なく規格外の力を振るってるわ。でも、結局のところ、必要でなければ振るってないのよ。特に、学園生活の中で必要に迫られることは、ほとんどあり得ない」


 それはそうだ。一番使用頻度の高い【位相連結ゲート】でさえ、そうそう発動する機会は巡ってこない。使っても個室から個室への移動が大半。その他の魔法なら、余計に披露するタイミングなんてなかった。


「つまり、大多数の生徒は、あなたの真の実力を目撃したことがないわ。せいぜい、微かに流れてる噂や学園側が保証してる成績しか判断材料がないの。そこに来て、実技講義での『属性魔法は使えない』発言が耳に届けば――」


「オレの実力を疑っても無理はない、だろ?」


 最後の一言を継いで答えると、ミネルヴァは「そうよ」と首肯した。


 この展開はある程度予想できていた。想定よりも噂の広がり方が些か早いけど、発生した問題自体は予想通り。


 ゆえに、解決策もいくつか考えついてはいるが――


「え、えっと~、質問いいですか?」


 どういう順序で説明しようか脳内で思慮していたところ、おずおずとマリナが手を挙げた。どうやら、途中から他の面々もオレたちの会話に耳を傾けていた様子。カロンなんて、ゴゴゴゴと重い雰囲気を放っている。


 意見を整理する時間がもう少し欲しかったので、心のうちで『ナイスタイミング』と親指を立てながら、オレはマリナに先を促した。


「どうして、他の生徒さんたちは疑問を持つのかな? 学園の成績は、絶対に実力で測るって聞いてたんだけど~……」


 この学園の成り立ち上、たとえ聖王家でも不正は許されない。地位による忖度そんたくなんて一切せず、ありのままの実力を成績に反映させるんだ。


 となれば、学年トップであるオレの実力が疑問視されるのは不自然ではないか。そうマリナは言いたいんだろう。


 彼女の指摘は的を射ていた。ただ、今回は特殊な事情が絡んでくるんだよ。


「たぶん、フォラナーダだから、かな」


 ふと、口を開いたのはオルカだった。


「どういうこと~?」


「現時点でのフォラナーダが与えてる国内への影響力って、相当高いんだよ。保有資金に絞った概算でも、国全体の五分の一以上はあるから」


 さすがは内政に携わっているだけある。オルカは今回の問題点を理解しているようだ。


 対して、少し前まで一介の平民にすぎなかったマリナは、数字が大きすぎて頭が追いついていない様子。キョトンと首を傾ぐ。


「それって多いの?」


「えっと……国内のどの貴族よりもお金持ちって言えば分かる?」


「えっ、王様よりもお金持ちなの!?」


「うん。聖王家と衝突した直後は国内の五分の二近くあったけど、それだと経済が停滞しちゃうからね。今は聖王家より少し多いくらいだよ」


「ふぇぇぇぇ」


 あっ、あまりの金額の大きさに、庶民代表のマリナが目を回した。彼女も結構肝が据わっている方だが、お金の問題だと別なのかもしれない。


「話を続けると、お金だけでも聖王家より影響力が強いんだ。しかも、フォラナーダはそれ以外にも国内に向けて事業を展開してる。つまり、聖王国にとって、なくてはならない存在ってことになる」


 まぁ、一極化すると国が衰退に繋がりかねないから、ある程度は分散させているけどな。最近は事業拡大をしていない。


 そこまで彼が話したところで、ニナが「なるほど」と声を漏らした。


「フォラナーダが強すぎるせいで疑われた」


「嗚呼。『フォラナーダの機嫌を損ねると国が潰れかねない。だから、現当主の成績を捏造した』。そう周囲の方々は考えたわけですか」


 ニナに続き、カロンも理解の色を示す。


 おおむね、彼女たちの推論通りだ。要するに、オレの実力の噂よりも、フォラナーダの強さの話の方が大きく広がってしまったのである。オレ個人ではなく、領地が強いと勘違いを生んだんだ。


 全員が状況を理解し終えたのを見計らい、オレもようやく口を開く。


「どうすれば解決するか、は至極簡単なんだ。オレが、大勢の前で実力を見せつければいい」


「でしょうね。でも、どこで披露するかが問題よ」


 ミネルヴァの返答は適確だ。


 まさに、そこがこの問題の難しい点。


 現状だと、授業で力を見せようとも、『フォラナーダの権力で話を捏造した』となりかねないんだ。お披露目するなら、かなり大人数に対して行う必要がある。


 ミネルヴァを始めとして、貴族組が渋面を作る。何か良い方法がないか思案しているんだろう。


 そんな彼女たちに、オレは柔らかい声で告げる。


「そんな心配しなくても大丈夫だ。いくつか対策は考えてるから」


「……本当に?」


 真っ先に、ミネルヴァが疑わしげに問いかけてきた。


 オレは肩を竦める。


「本当だよ。ただ、まだ実行には移せないんだ。しばらく気苦労をかけるのは申しわけなく思う」


「フン。これくらい、どうってことないわ」


「お兄さまのためなら、わたくしも問題ありません」


「当人のゼクスにぃに比べたら、気苦労なんて大したことないよ」


「大丈夫」


「わ、わたしの場合、元から色々噂が立ってますから~」


 生徒組の五人は、各々に快い返事をくれた。


 本当に、良い子たちばかりだよ。みんなの優しさが心に染みるね。


 となると、この気遣いに応えなくてはいけないな。まぁ、手っ取り早い方法はあるんだけど……どうしたものかねぇ。


 その後、昼食を取りながらも、オレは今後の計画について思考を巡らせるのだった。

 

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