Chapter5-6 夢は泡沫(4)
こちらの勝利で終わったトップクラブとの試合。クラブの存続の確定と祝勝を兼ね、オレ――ゼクスは仲間たちとパーティーを開いていた。
といっても、貴族の開くような、無駄に派手なやつではない。仲間うちで行う細やかなものである。
オンボロ部室に菓子や茶を並べ、皆がワイワイと勝利の余韻を味わっていた。
所々ヒヤヒヤはしたけど、勝てて良かったよ。
嗚呼、開幕こそ見逃したが、試合自体はちゃんと観戦したぞ。
お手洗いに行くと断って、オレは部室の外に出る。パーティーは夕方から始めていたので、陽はすっかり落ちていた。空には星々が煌々と散らばっている。
そんな美しい空を眺めながら、歩を進める。向かう先はお手洗いではない。
しばらくして、オレは目的の場所――先の
夜闇に紛れて姿は見えにくいものの、こちらは向こうが何者か知っていた。
はたして、その人物とはローレル部長だった。つい先刻、オレと同じ理由で離席していたんだ。
オレが五メートルくらいまで近づくと、彼女はくるりと振り返る。それから、何てことない風に問うてきた。
「どうしたんですか、ゼクスはん。みんなとパーティーの最中やありまへんの?」
「それはこっちのセリフだな。お手洗いはどうした?」
「あはは。済ませた後に、ここに寄ったんですよ。ちょっと感傷に浸りたかったんです」
「感傷ねぇ」
「おかしいです?」
「いや、そんなことはないよ」
オレは首を横に振る。
嬉しいことがあった反動で、色々と思い返してしまう気持ちは理解できる。
真夏の温い空気が肌を撫でる時、オレはおもむろに口を開く。
「試合は大活躍だったな。特に、最後はいいサポートだった」
オレの称賛を受け、ローレルは苦笑を溢す。
「そんなことありまへんよ。うち自身は全然戦いについていけへんでしたし、アレがなくてもカロンはんは勝ちを拾えました」
「かもしれない。でも、被害を軽微に抑えられたのは、ローレル部長のアレのお陰さ」
「そう褒めんといてください。あれは偶然上手くいっただけやから」
いつもの図々しさを潜め、彼女は謙虚に返した。
それだけではない。今のローレルはどこか落ち着きがない。キョロキョロと目を泳がせているし、体もソワソワと揺らしている。何より、漏れ出る感情がグラグラと不規則に動いていた。あからさまな動揺、加えて罪悪感のサインである。
決定的だった。上がってきている証拠だけでも十分だったけど、この反応では言い逃れなんて無理だ。
心に浮かぶ憂いを呑み込み、オレは意を決して言葉を綴った。
「呪いを覚えたのも偶然なのか?」
「ッ!?」
肩をビクリと震わせ、瞳をこぼれんばかりに開くローレル。その態度は自白も同然だった。
ただ、彼女は諦め悪く誤魔化そうとする。
「な、何のことや? ウチは呪いなんて使ってへんよ?」
心に余裕がないのか、すっかり敬語が外れていた。声も棒読みに近いし、大根役者にも程がある。
オレは呆れながら指摘する。
「最後のアレは呪いで間違いない。オレの見ているところで使ったのは失敗だったな」
彼女がジェットとの戦闘で使った魔法は、呪いで間違いなかった。
彼の必殺技が無力化されたのは、収束させていた魔力が拡散してしまったのが原因。そして、それを可能とするのは呪いまたは精神魔法くらいなんだよ。
「大方、裏取引をしてるエルフから貰った呪物だろう?」
魔力を拡散させる程度の力かつ使い捨てであれば、軽い認識操作でオレの目を掻い潜ることも可能なはずだ。
どうして、ここでエルフが関わってくるのかって?
『リーフ』の製造には呪いを必要とするんだ。これは
また、
呆然とするローレルを放置し、オレは言葉を重ねる。
「ローレル・ラウルス・ロリエ。森国の間者と手引きして学園生に『リーフ』を売り、さらには光魔法師たるカロラインの誘拐の手助けをしたのは、キミで間違いないか?」
これは友としてではなく、フォラナーダ伯爵として問うている、誤魔化しは許さない。そういった意思を込め、オレは彼女を糾弾した。
対し、ローレルは顔を真っ青にして震えるのみ。何か言おうと口を動かしてはいるが、声が絞り出される様子はなかった。
合宿中シオンたちに調査させたのは、ローレルの身辺だった。彼女の出身だという孤児院や両親の行方など、できる限りさかのぼって調べ上げたんだ。かなりの労力と手間をかけたが、必要経費として割り切った。
結果、ローレルが例の潜在的スパイであると判明した。
ローレルは実父が行方不明の間に生まれた子どもであり、その実父も廃人状態で育児なんて不可能。親戚が手に負えないと判断して、孤児院に預けられたんだ。無論、母親の方は素性さえ掴めない。
証拠は他にもある。
彼女の使っている学生寮の部屋を勝手に調べ上げたところ、学生が持つには不相応の魔道具を幾点か発見した。加えて、『実母と会わせることを対価に協力を約束させる』偽の契約書まで出てきた。
そして最後、カロンの誘拐が企てられていた件。これは、試合開始直前に侵入してきた賊たちを指している。彼らは森国の間者で、
真っ黒すぎる彼女に、言いわけの余地はない。
震えるローレルを、オレは見据える。
「どうしてだ。あんなに
数々の証拠が上げられた時は耳を疑った。底辺クラブにしがみついてまで、あれだけ熱心に
こちらの問いかけを受け、ローレルは唇を噛んだ。血が流れるのも気に掛けず、両の拳を握り締める。
呪いを指摘されてから震えっぱなしの彼女だったが、その震えの種類が変化したよう。怯えの感情が、徐々に怒りへと置換されていく。
彼女はボソリと呟く。
「……は……ない」
「何だって?」
口内を転がす風な声量だったため、さすがのオレでも言葉を拾えなかった。
尋ね直すと、今度はキッとコチラを睨みつけるローレル。
「アンタには分からないって言ったんや! 貴族のアンタに、たくさんの人に囲まれてるアンタにッ、何も持てなかったウチの気持なんか分かるわけないやろッ!!」
血反吐を吐く如き悲鳴じみた怒声だった。
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