Chapter5-6 夢は泡沫(3)

 ユリィカとニナが遊撃のために離脱して程なく。わたくしたちは三人で身を寄せながら前進を開始しました。木々を掻き分けて敵陣へと向かいます。


 敵陣の場所は、プレイヤーには非公開情報ですが、先程の攻撃の射線より割り出しました。


 一方、あちらがわたくしたちの居場所を特定した方法ですが、おそらく山を張ったのでしょう。ここはトップクラブが頻繁に使うステージ。敵陣の設定場所をある程度把握しているのは当然でした。


 大雑把に敵陣を絞れれば、あとは広範囲攻撃魔法を射出して完了、という簡単なお仕事です。


 これに関して、わたくしは卑怯とは考えません。この事態を防ぎたいのであれば、試合の計画段階で指摘しておけば良かったのですから。十中八九、お兄さまはコレもハンデとして考慮したのでしょう。


 少し厳しすぎる気もしますが、いつものことですね。こういった事項になると、あの方は途端にスパルタですから。


「来ました!」


 不意に、マリナさんが叫びます。


 索敵は、魔法への制約がほとんどない彼女に任せていました。今回は不意打ちではないため、余裕をもって対処できます。


 一歩前に出たわたくしは『シャルウル』を構え、念のために【ライトウォール】をわたくしとローレルさんたちの間に発動させておきます。


 数秒後、視界内に敵の魔法攻撃が映りました。あれは水中級魔法の【アクアアロー】でしょうか。それも多重詠唱。大量の水矢がこちらに向かって降り注いできます。


 わたくしは、それらが一定距離間まで近づいたところで、構えていた『シャルウル』を振り払いました。ブォォォォオンという凄まじい風切り音を鳴らし、発生した衝撃波が【アクアアロー】の群れと激突します。


 結果は分かり切っていました。


「嘘やろッ!?」


「すっごーい」


 お二人から驚嘆の声が聞こえますが、何てことはありません。先の衝撃波によって、【アクアアロー】は撃墜されました。水の一滴さえも、背後の彼女たちには触れていません。


 【身体強化】の上限を制限されているので、わたくしとしては物足りない火力なのですが、敵の攻撃を防ぐには十分のようです。


 さて、次の相手はあちらですね。


「お粗末な隠密はやめて、姿を現されたらどうでしょうか」


 進行方向の木々に向かって声を掛けます。


 ローレルさんたちは呆けていますが、わたくしは察知しておりました。シオンという隠密の達人が身近にいるのですから、素人の技を看破するなど片手間にできます。


 あちらも隠れ続けるのは無駄だと理解したのでしょう。こちらの提案を受け入れました。


「いやはや、これでも自信があったのだけどね。自信をなくすよ」


 言葉とは裏腹に自信満々の笑みを浮かべるのは、トップクラブの部長であるジェットでした。現時点でココにおり、武装が片手剣。『緑魔法師』の可能性大ですね。


 わたくしは『シャルウル』を構え直し、背後のお二人を攻撃されないよう注意します。


 対して、ジェットは飄々とした態度を崩しません。


「フッ。そこまで警戒せずとも大丈夫だよ。キミほどの実力者相手に、不意打ちが通じるとは考えていない」


「今のわたくしは本職ではありませんよ」


「それでも、だ。そんな大きなハンマーを携えている相手を侮るほど、私は愚か者ではない」


「世の中、そういった愚か者も多いのですよ」


 フォラナーダにケンカを売る者は、いつだって道理を弁えていないバカばかりでした。


 まぁ、ジェットは愚者ではないと認めましょう。彼の瞳は真摯しんしなものを宿しております。見ていてムカムカしてはきますけれど。


 彼は続けます。


「お互いに、考える作戦は大体同じだったわけだ」


「そのようですね。こちらは開幕掃射など出来ませんが」


「そこをマネされると困るよ。こちらの隠し玉だったのだから。防がれてしまったけれどね」


 自嘲気味に肩を竦められるジェット。


 どちらのチームも『緑魔法師』を遊撃に出し、後衛が正面突破を試みる。そういう作戦だったのです。だから、ジェットはわたくしたちの目前にいらっしゃる。


 ここで追撃の遠距離攻撃が放たれると詰みなのですが……そこはニナとユリィカさんを信じる他ありませんね。あちらも接敵できていることを願います。


「では、始めますか」


「いつでもどうぞ」


 移動制限の関係上、こちらはジェットの攻撃を待つしかない。マリナさんが仕掛ける手もあるけれど、彼女の技量だと外す確率の方が高いので、わたくしが相手の攻撃を受け止めた際に動くよう指示している。


「お二人とも、練習通りにお願いします」


「はい!」


「わ、分かりました」


 ジェットに注目したまま、後ろのお二人へ声をかけます。


 ローレルさんが多少固いですが、問題はないでしょう。マリナさんに至っては、何の心配もしておりません。彼女、本当に図太い精神をしていらっしゃいますね。


「まずは一撃」


 刹那。ジェットが高速移動し、わたくしの左手に回り込みました。


 巨大ハンマーという手回しのしにくい武器の性質を考慮したのでしょうが、甘いですね!


「ふっ!」


 彼が横一文字に放った剣に合わせて、わたくしも『シャルウル』を振り払いました。


 この程度の動きについて来られないほど、甘い特訓はしておりません。ここで一撃を貰っていては、お兄さまにミッチリ補習という名の地獄を見せられてしまいます。それだけは勘弁願いたいのです!


 質量の差は明白。剣と槌の衝突は一瞬で決着がつき、ジェットは背後へと吹き飛ばされる。


 いえ、違いますね。あれはワザと後ろに跳んで、ダメージを逃がしています。見た目ほどは手傷を与えられていません。


 本当に腹立たしい。あの人たちのような振る舞いをしながら優秀など、イラ立ちが湧き上がって仕方ありません。


 ……落ち着きましょう。熱くなっては、勝てる試合も勝てません。戦いは冷静さを失った方が負けるのですから。


 それに、今のわたくしは一人ではありません。守るべきお二人がいる以上、堅実に戦いましょう。


 その後もわたくしとジェットの攻防は続きました。彼が縦横無尽に駆け回り、わたくしが『シャルウル』で振り払う。適度にマリナさんとローレルさんの援護も加わりますが、決定打とはなりません。似たような展開がひたすら続きます。


 そのうち、


『トップクラブ『青魔法師』一名、脱落』


『トップクラブ『赤魔法師』一名、脱落』


 とのアナウンスが連続で流れました。


 どうやら、ユリィカさんとニナが上手くやってくれたようです。


 この朗報に、わたくしやローレルさん、マリナさんは喜びます。とはいえ、戦闘中ゆえに、そこまでの余裕はありませんでしたが。


 さすがに追い詰められていると実感したのか、ジェットの表情も些か陰りが見えました。


「このままだと負けそうだ。次で決めるとしよう」


 そう仰る彼は、片手剣を天高く構えられました。


 訝しげに思うのは一瞬。彼はその剣に、膨大な魔力を込め始めました。疑いようもなく、彼なりの必殺技を放つつもりらしいです。


 しかも、魔力を集める速度が尋常ではありません。大量の力を、ほとんど一瞬で収縮させてしまいました。邪魔する暇もなかったのです。


 ジェットは得意げに笑われます。


「チャージする時間を狙われるのは常だからね。弱点は克服させてもらったよ」


 ムカつく表情ですが、反論はできません。そんな猶予も残されていません。短時間であのレベルの攻撃を防ぐ魔法の展開は、なかなか難しいのですから。精緻な魔法技術を有するオルカや多彩な魔法を扱えるミネルヴァなら違ったのかもしれませんが……ここで愚痴を言っても仕方ありません。何とかしなくては。


 わたくしが急いで防御魔法を展開しようとしたところ、不意にローレルさんが叫ばれました。


「カロラインはんとマリナはんは攻撃準備!」


 何をバカなことをと理性では考えながらも、わたくしはその指示に従っていました。おそらく、マリナさんも同様でしょう。


 これは理屈ではありません。わたくしもマリナさんも、仲間への信頼を優先したのです。


 ジェットが剣を振り下ろすと同時、わたくしも『シャルウル』を構えて走り出しました。このままだと彼の攻撃を一身に受けてしまいますが、関係ありません。ローレルさんを信じるのです。


 そして、ジェットの剣より滂沱の魔力が放たれようとした時。


「【魔力拡散】!!」


「なにッ!?」


 ローレルさんの発動した魔法の影響か、ジェットの溜め込んでいた魔力が霧散しました。結果、攻撃は不発となり、わたくしは無傷で射程内に到達します。


 とはいえ、向こうも伊達にトップクラブの長ではない模様。切札を潰されても動揺せず、わたくしの攻撃に対応しようと構えました。


 ですが、甘いですよ。攻撃に移っていたのは、わたくしだけではないのですから。


「【アクアフォール】」


 マリナさんの魔法により、ジェットの頭上から多量の水が叩き落とされました。これは完全に予想外だったらしく、彼は体勢を大きく崩します。


 この絶好のチャンスは逃しません!


「おりゃあああああ!!!」


「くっ!?」


 わたくしは力いっぱいに『シャルウル』を振り切り、盛大にジェットは吹き飛ばされました。


 今度は力を分散させられた気配もありません。


 五秒と置かず、アナウンスが流れます。


『トップクラブ『緑魔法師』一名、脱落』


 それは、こちらのチームの勝利が確約された瞬間でした。






 その後、ユリィカさんが脱落してしまいましたが、わたくしたちは無事に勝利を掴むことができ、クラブの存続が叶いました。


 ローレルさんが喜びのあまり泣き出してしまったのは驚きましたが、本当に良かったと思います。

 

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