Chapter5-5 合宿(4)

「甘すぎるわ」


 急遽執り行われることになった魔駒マギピースの試合。第三訓練場を簡易ステージに設定し、両者は対面して睨み合っていた。


 プレイヤーではないオレたちは範囲外から様子を見守っているんだが、試合開始の前、隣に立つミネルヴァより苦言を呈されてしまった。


 オレは苦笑を溢す。


「妥当なところだと思うんだけどなぁ」


「そんなわけないでしょう。アレは、あなたを色で篭絡できる程度の人間だとバカにしたのよ?」


「アレがそこまで考えて発言したとは思えないけどね」


「だとしても、他の誰かが、そう捉えるかもしれないわ」


 否定はできない。今回の一件が漏れれば、フォラナーダの看板に傷をつける格好の材料となる。


 しかし、


「その程度で落ちぶれるほど、フォラナーダは柔じゃないよ。それに、こっちの方がよっぽどツライ罰さ」


 我が領は、平民相手のこんなチャチな諍いで落ちる程度の強さではない。むしろ、この一件でバカにしてくる輩が出てくれば、鴨が葱を背負って来たと言わんばかりに捻じ伏せると思う。


 ……それはそれで脳筋すぎるとも感じるが、ともかく、ミネルヴァの憂慮する展開にはならないと断言できた。


 また、この試合は、他の罰よりもCクラブにとって過酷となるだろう。十中八九、阿鼻叫喚の事態におちいると思われる。


 ゆえに、ひっそりと訓練場を【異相世界バウレ・デ・テゾロ】で覆っていたりする。これから起こる状況こそ、外に漏れたらマズイ気がするから。


 この先の展開をしっかり予想できているのは、オレ以外だとシオンくらいか。彼女・・との付き合いは、オレの次に長い。当然と言えば当然だった。


 オレの態度に、ミネルヴァは無論、オルカも他の使用人たちも不思議そうにしている。教えるのは容易いけど、ここは黙って経過を見てもらおう。


「試合を観戦してれば分かるさ」


 こちらの言葉を受け、皆が試合の方へ集中する。


 さてはて。五体満足には終わるのは確定しているけど、どれくらいの被害で済むだろうか。試合の結末が、とてつもなく不安だった。






 簡易ステージによる魔駒マギピースは、純粋な戦力の潰し合いになる。平坦なグラウンドで行われる以上、これは仕方のないことだ。


 普通に考えれば、五十人近くいるCクラブ総戦力と五人のカロンたちでは、圧倒的にこちらの不利に違いない。おそらく、トップクラブの面々でも、このハンデを覆すのは難儀するだろう。それほどまでに、今回のシチュエーションは物量差の影響を大きく受けるものだった。


 とはいえ、オレは――オレたちは、彼女らの敗北なんて心配していない。カロンやニナが同伴しているのもそうだが、他の三人だってこのオレが・・・・・鍛錬したんだから。


「それでは、魔駒マギピースの簡易試合を始めたいと思います。進行はこの私、シオンが行います。ゼクスさまに誓って、判定は公正に執り行いますので、どうぞご心配なく」


 両陣営の間に立ったシオンが、両の腕を高く持ち上げる。それを振り下ろしたと同時に試合開始だ。


 僅かな間隙を緊迫感と沈黙が場を支配する。


 ――が、それは長く続かない。




 ガシャンッ!




 まるで、大きな鉄塊を地面に叩きつけたかのような物々しい重低音が、静寂を破ったんだ。


 それが耳に届いた瞬間、想定していた最悪のパターンが現実になったことを、オレは悟る。


 額に手を当てて天を仰ぎながら、チラリとカロンの方を覗いた。


「……やっぱり」


 予想は裏切られなかった。思い描いていた通りの光景が、視線の先にはあった。


「なに、あれ……」


「うわぁ」


 ミネルヴァとオルカの呆然とした声に続き、Cクラブの面々、周囲警戒に回った使用人たち、果てや味方陣営のはずのローレルたちも騒つき始める。あの表情に乏しいニナでさえ、目を見開いていた。


「な、何や、そのデカブツは!?」


 吃驚きっきょうの叫びを上げたのはローレルだった。


 役職カードの関係で、彼女はカロンの真後ろに立っている。必然、カロンのアレを間近で目撃することとなった。その衝撃は誰よりも大きかっただろう。


 瞠目どうもくするローレルをよそに、カロンはアッケラカンと答える。


「ハンマーですよ」


 そう。彼女が取り出したのはハンマーだった。


 しかも、ただのハンマーではない。柄の部分だけで二メートルあり、頭を合わせれば三メートルを超える巨大さを誇る。加えて、ノマと共に作り出したエセアダマンタイトやエセオリハルコンを材料としているため、硬度と魔力伝導率ともに最高効率という、世界最強のハンマーだった。


 黄金と紅のメタリックな輝きを放つそれを、約半分の体躯であるカロンが支える様は、かなり異様な雰囲気を放っている。


 皆と一緒に諦観を湛えてカロンを眺めていると、唐突に腕を引っ張られた。見れば、ミネルヴァがその柳眉を持ち上げて、こちらを睨みつけている。


「あれは何!」


「ハンマー」


「そういうことを聞いてるんじゃないのよ!」


「まぁ、落ち着けって」


 オレは両手でドウドウと彼女をなだめながら、巨大ハンマーの詳細を教えた。カロン陣営でも、彼女自身が皆に説明している姿が窺える。


 すべてを語ると、ミネルヴァは両手で頭を抱えだした。


「あなたとノマがそろうと、ロクなモノを作らないわね……」


「失礼な。役に立つモノも量産してるぞ?」


「悪ノリして作ってる方が多いでしょうが。役に立ってるモノだって、大半が偶然の産物だって知ってるのよ」


「マジで?」


「マジよ」


 上手く誤魔化したと考えていたんだけど、全然誤魔化せていなかったらしい。もしかしなくても、見逃してもらっていた模様。


 バツが悪くなり、オレは頬を掻く。


「といっても、あのハンマーは悪ノリして作ったわけじゃないぞ」


「はぁ? なんで?」


「ほら、カロンの近接戦闘って格闘術だっただろう?」


 割と大雑把な気質のカロンは、剣や槍といった刃物系の適性が不足していたんだ。あまり上手く扱えなかったため、拳や脚を使って戦っていた。


 しかし、一時的だったり護身ならまだしも、本格的な魔駒マギピースの試合まで拳のみで戦うのは効率が悪い。だから、専用の武器を作ったわけだ。


 オレの言い分を聞き、横で耳を立てていたオルカは頷く。


「確かに、カロンちゃんとハンマーの相性はいいかも。叩き落とすだけなら、不器用でも使えるからね」


「でも、あそこまで大きくしたり、貴重鉱石を使う必要はあった?」


「そこは悪ノリだな」


「やっぱり悪ノリじゃない!?」


 ミネルヴァが激高する。


 だって、仕方ないじゃないか。女の子がハンマーで戦うなら、機械チックな巨大ハンマーだと相場が決まっている。ロマンという奴だ。


 とはいえ、この辺を語ったところで、ミネルヴァは納得しないだろう。彼女は、どちらかというと現実主義リアリストだし。


 その後、がみがみと説教をかますミネルヴァだったが、次第にその気勢は弱まっていった。最終的に、諦観を湛えた溜息を吐く。


「もういいわ。作っちゃったものは仕方ないものね。最後に質問なんだけど、カロンはどこからハンマーを取り出したの?」


 まぁ、気になるよな。あんな巨大な代物が、突如として姿を現したんだ。


「【位相隠しカバーテクスチャ】からだよ」


「はぁ? あれって、あなたしか使えないんじゃ?」


 すると、彼女は瞠目どうもくした。


 思った以上に驚かれたな。あれ、もしかして知らなかったのか?


「【位相隠しカバーテクスチャ】は、魔力量さえ十分なら誰でも発動できるよ。ただ、個人の魔法適性の影響が大きく出ちゃうから、無属性以外は使い勝手が悪いんだ」


 【位相隠しカバーテクスチャ】の初期実験の頃に判明した事実だった。カロンの場合、火属性の特性が強く出るため、しまったモノが燃えるんだ。


「どうして、ハンマーは燃えてないのよ」


「耐火の素材を混ぜてるのと、オレが【魔纏】を付与してるんだ。ずっとは無理だけど、三日に一回付与し直せば、カロンの【位相隠しカバーテクスチャ】に入れても無傷で済む」


 この調整には苦労した。何せ、カロンの火属性の適性は相当強く、並の素材だとあっという間に燃え尽きる。【魔纏】の付与も、バランスを間違えればカロンの魔力が浸透しにくくなって本末転倒だ。試行錯誤を何度も繰り返した。


 そこまで説明すると、ミネルヴァは呆れ果てた風な表情を浮かべた。


「知ってたことだけど、あなたって妹のことになると、どこまでも全力ね」


 何を今さら。


 オレは肩を竦め、カロンたちの方を確認した。向こうも説明を終えたようで、それぞれが準備し直している。


 一方のCクラブも、それなりに時間が経過していたお陰で、全員我に返っていた。どうにも腰は退けているけど。


「準備は宜しいですね?」


 先程は機先を制されてしまったからか、念を入れて確認を取るシオン。両チームともに首肯したのを見届けた後、彼女は試合の開始を宣言した。


「それでは、はじめッ!」


 シオンのセリフとともに巨大ハンマーを振り上げるカロンを眺めながら、オレはハンマーを渡した際に彼女へ告げた言葉を思い出す。


『そのハンマーはカロンの専用武器だ。相手をボコボコに叩きのめしたい時に使うように』


『はい、分かりました!』


 つまりは、そういうことだ。


 仲の良いローレルどころか、最愛のオレをも侮辱するような振る舞いをした彼らを、カロンが簡単に許すはずがない。


 この試合は、彼女の怒りが鎮静するまで続くだろう。最悪、彼女が自ら癒して試合を延長するかもしれない。




 第三訓練場には、大地を揺るがす轟音と数多の悲痛な叫びが木霊したという。

 

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