Chapter5-3 存続の条件(2)
「む、無茶や。いくら何でも、トップチームは無茶がすぎまへんか?」
オレの発言に対して真っ先に反応したのは、部長のローレルだった。
部長以外一年生のクラブが学園トップのチームと戦うなんて、セリフだけでは無理難題のように聞こえる。素人がプロに挑むのと同義だろう。
ただ、実態は全然違った。
どうやら、ローレルはオレたちの詳しい素性を知らないらしい。ユリィカから部員の当てがあることや貴族だとしか聞いていなかった口か。
彼女は困惑し切りに言う。
「そもそも、相手方が試合を受けてくれへんと思うんですけど」
確かに、ゲームが成立しなければ、勝敗以前の話になってしまう。常識的に考えるなら、トップクラブが底辺クラブの申し出なんて引き受けやしない。
しかし、オレにはその心配はいらないという自信があった。
口頭で説明するよりも、実際に目の当たりにしてもらった方が早いな。
「まぁ、その辺が無茶かどうかは、実際に試してみよう」
「へ? もしかして、今から行くんですか!?」
一瞬呆けたローレルは、オレたちが部室を出る準備を始めたのを見て、素っ頓狂な声を上げた。
そのまさかだ。善は急げ、である。
「ほら、部長もユリィカも、ボーっとしてると置いてくぞ」
「あ、あわわッ、ま、待ってくださいぃ!?」
「ち、ちょっ、本気なんか!?」
慌てて立ち上がる二人を尻目に、オレとカロンたちは意気揚々とトップクラブの部室へと足を向けるのだった。
「格差がすごいですね……」
「分かり切ってたことよね」
「トップと底辺を比較するのは、かなり可愛そうだけどね」
「残酷な現実」
「あ、あははは……。わ、わたしは、あの小屋も味わい深くていいと思うよ~?」
「ゆ、ユリィも同じですッ」
「下手な慰めせんでええよ。余計に虚しくなる」
トップクラブの部室に到着したカロンたちは、各々の正直な感想を口にした。
無理もない。目前にそびえ立つのは豪邸なんだから。領主お抱えの商人が構えそうなバカデカい屋敷が、かのトップクラブの部室だった。彼女たちの言う通り、比べるのが虚しくなるほど、残酷な格差が存在した。
まぁ、トップクラブには多数の貴族が所属している。彼らの実家からの援助もあるので、必然的に設備が豪華になっていくんだ。決して、実力に限定した格差ではないとフォローしておく。
「いつまでも立ち往生してたら悪目立ちする。さっさと行くぞ」
オレは呆然と立ち尽くす面々――主にローレルとユリィカ――を急かし、
トップクラブとあって、エントランスはヒトで埋め尽くされていた。とはいえ、それを踏まえても人数が多い。“ゴミゴミした”という表現が適当な状態だった。
オレは額に手を当てる。
「思った以上にヒトが多いな」
確認できた限り大半が一年生なので、入部希望者が押し寄せているんだろう。今がそういう時期であることを、すっかり失念していた。
この人混みを割っていくのは骨が折れるな。オレはともかく、カロンたちが不特定多数と触れ合うのは避けたい。
「ゼクスさま、私が受付へ窺って参りましょう」
どうするか考えようとしたところ、すぐさまシオンが申し出てきた。隠密の技量が高い彼女なら、ごった返したエントランスもスルリと通っていけるに違いない。
「頼めるか? オレたちは……あっちで待ってるよ」
「承知いたしました」
返事をするや否や、シオンはまるで陽炎の如く姿を消した。うん、見事な気配消去だ。
シオンを見届けたオレは、後ろで待機していたカロンたちの方へ振り返る。何やら、ローレルとユリィカが目を丸くしているけど、気にしないでおこう。
「オレたちは、あそこで座って待機だ。シオンが話を通してくれる」
エントランスの端の方には、いくつかの談話スペースが設置されていた。そのうちの一つがタイミング良く空いていたので、利用させてもらうことにする。
異論は出なかったため、談話スペースの席へと腰かけた。
ガヤガヤと騒がしい人の群れを背景に、オレたちは軽い雑談を交える。派手な内装に落ち着かないのか、ローレルとユリィカの二人は終始そわそわしていたけど、それを除けば特段問題はなかった。――最初の五分程度は。
オレたちの存在は嫌でも目立つせいか。こうもヒトが多い場所ならば、はた迷惑なチンピラ崩れの輩も現れる。ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべた男五人が、こちらへと近寄ってきた。
「おいおい。落ちこぼれのローレルが、何でトップクラブにいるんだよ」
色なし云々言われる覚悟をしていたオレだったが、どうやら少し自意識過剰だったらしい。彼らが声を掛けたのはローレルだった。
よく見れば、男たちはローレルと同じ三学年の生徒、顔見知りのようだ。所作から平民なのだと推定できる。
貴族の近くにいる彼女に、堂々と絡んでこられた神経の図太さを感心するよ。見た感じ、クラブ内でも上位の実力者っぽいから、自尊心が肥大しているのか?
彼らはローレルのみを標的に絞り、言葉を紡ぐ。
「万年Dクラスのお前がトップクラブに入れるわけねぇだろ」
「大人しく底辺クラブでくすぶってろよ」
「そうそう。お前程度が
「違う違う。こいつ、実戦経験ねぇぜ。なんせ、底辺クラブにステージの使用権が回ってくるわけねぇんだから」
「ハハハハハッ、三年も
聞くに堪えない痛罵がローレルに向けられる。
対し、彼女は何も言い返さなかった。ギュッとスカートを握り締め、悔しげに俯いているだけ。そんな姿を見せたら、言われ放題になるのも当然だった。
これは些か予想外だ。気の強そうなローレルだから、こんな品性のない奴らに罵倒されれば、マシンガンの如く言い返すと踏んでいた。
どうにも、ローレルは自身の実力をコンプレックスに感じているらしい。
彼女が沈黙するとなれば、オレが動こう。このまま黙ってみているのは気分が悪い。
「それくらいにしてくれないか。彼女はオレたちの連れなんだ」
「あん?」
「おい、やめとけ。相手は部外者の貴族だ」
「チッ」
一人が反抗的な視線を一瞬だけ向けるものの、他のメンバーに諭された。それから、不満そうな表情を浮かべつつも、大人しくこの場を離れていく。
去り際、反抗的だった奴が「色なし風情が」とか呟いていたけど、まぁ、誰にも聞こえない声量だったので見逃してやろう。
そう考えたんだが――
「ぎゃあああああ!!」
件の男が一瞬にして火に包まれた。おそらく、下級火魔法の【ファイヤーポール】を足元に発生させたんだ。
誰が発動したかは、魔力の流れを追えば一目瞭然だった。
「ミネルヴァ」
「何よ」
オレが当事者の名前を呼ぶと、彼女は不機嫌そうに返事をした。
「オレのために仕返ししてくれたのは嬉しいけど、少しやりすぎだ」
下級魔法とあって、すでに消火は完了している。しかし、燃やされた男の頭部は全滅し、服も全焼していた。慌てて仲間たちが上着をかぶせている。
オレの困った表情を見ても、ミネルヴァは「フン」と鼻を鳴らし、不遜な態度を崩さない。
「当然の報いよ。むしろ、貴族当主をバカにしてあの程度で済んだのだから、感謝してほしいくらいだわ」
「でも――」
「反論は認めないわ。前にも言ったけど、あなたは甘すぎる。言い返せる時には言い返しておかないと、いざという時に痛い目に遭うわよ」
確かに、指摘されたことがある。そして、一理あるとも納得した事柄だった。
これは、明確なオレの欠点だろう。事態を面倒くさくしたくない気持ちが先行して、反論を控えてしまう傾向にある。そんなことでは、ミネルヴァの言う『痛い目』に遭う未来は近いに違いなかった。
「気をつけるよ」
今のオレには、そう返すのが精いっぱいだ。なかなか治らない悪い癖である以上、安易な言葉を返す方が不誠実だ。
そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけたクラブの上層部が駆けつけてくる。直前まで会話をしていたオレたちも、事情聴取される展開となった。
試合のセッティングまで、もう少し時間がかかりそうだ。
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