Chapter5-2 クラブ活動(1)

 学園の教室にて、本日最後のホームルームが行われている際に、一つの報告がメルラ先生担任教師からあった。


「明日より、一学年であるあなた方にもクラブ活動への参加が解禁されます。参加の可否は、各々の自由意思が尊重されます。よく考えて決めるように。また、来月の頭までは見学や体験入部が認められますので、どうしても決められない際は活用してください」


 この学園でのクラブ活動は、前世のものと大差はない。ただ、他校が存在しない分、お遊戯感覚が強いかもしれないな。何せ、大会を開くにしても身内同士の戦いになるし。


 無論、クラブの内容如何いかんでは、就職の一助になる場合もある。剣術クラブ等の戦闘系が主だろう。


 先生も言っていたように、クラブへの参加が強制されるわけではない。オレみたいに、多忙の者だっているんだから。


 つまり、オレ単独の場合、クラブには絶対参加しない。息抜き以外の意義を見出せないもの。その息抜きだって、カロンたちと過ごした方が何百倍も有意義だ。


 となれば、決定権はカロンたちにあった。


 彼女たちには自由時間を多く与えている。実務の一部を任せているオルカも、入学前より仕事を減らしていた。それもすべては、学園生活を思う存分楽しんでもらうため。クラブなどに参加するという選択の“余地”を残す目的があった。


 カロンたちがクラブに参加したいと言うのなら、オレは喜んで協力しよう。


 まぁ、まずは色々と見て回らないと始まらないか。


「明日、いろんなクラブを回ってみようか」


 帰路につく中でオレがそう呟くと、カロンが首を傾ぐ。


「宜しいのですか?」


「もちろんだとも。参加するかどうかは別として、何ごとも経験してみるのはいいことだ」


「お兄さまの仰る通りですね。せっかくの機会ですもの」


 オレの意見を聞き、カロンは乗り気な様子を見せた。彼女は割と好奇心旺盛な部分があるので、この機会を精いっぱい楽しんでくれると思われる。


 他の面々も、否定的な表情は浮かべていない。


「クラブかぁ。どれくらいあるんだっけ?」


「確か、入学前に渡された資料に載ってたと思う」


「総数十万二千三十七、と記載されておりますね」


「……シオン、準備が良すぎませんか?」


「え~、いくら何でも多すぎない?」


「たぶん、下部組織が多いんじゃないかしら。人気クラブなんかは入部希望者が多くなりすぎるでしょうし」


「ミネルヴァさまの仰る通りですね。最大規模のところは剣術クラブで、下部組織を含めて百を超えているようです」


「うへぇ、下剋上が激しそうだ」


「わたしが参加するなら、もうちょっと気楽なクラブがいいな~」


「同意」


 そんな感じで盛り上がる女性陣(オルカも含む)。


 それにしても、クラブって十万以上もあったのか。原作ゲームだとサブミッション要素でしかなかったから、総数を気にしたことはなかったな。入部したとしても、だいたいは一軍入りだったし。


 とはいえ、これだけの数があるなら、見回るだけでも結構楽しめるだろう。しばらくの間は、騒がしい学園生活になりそうだった。








 翌日の放課後。クラスの異なるマリナと合流し終えたオレたちは、予定通りクラブ巡りを決行した。


 本日より一年生のクラブ解禁とあって、学園敷地内はいつも以上の熱気に包まれている。そこかしこに看板や小道具を持った在校生がおり、各々のクラブの宣伝を行っている。この空気感は、前世のそれと変わらないな。


 妙な懐かしさを覚えながら、オレはカロンに問う。


「見回る順番は決めてるのか?」


「はい。まずは、各自が興味を持ったクラブを一つずつ回っていこうかと」


「なるほど、五ヶ所か。一、二日くらいで回れそうかな」


「そうなりますね」


「最初は、誰のチョイスから行くんだ?」


「は、はい! わたしですッ!」


 若干調子の外れた声を上げたのはマリナだった。緊張した面持ちで、ビシッと片手を挙げている。


 うーん。相変わらず、オレと話す時だけ舞い上がるんだよなぁ。いつもはノンビリした口調なのに。


 マリナの豹変ぶりに皆で苦笑を溢しつつ、彼女の言葉へ耳を傾ける。


「わ、わたしが行きたいと思ったのは、『調理クラブ』ですッ」


「マリナちゃんらしい選択だね」


「うん。マリナは料理上手だから」


 オルカとニナが納得の声を漏らした。二人以外の面々も、表情で得心したと物語っている。


 マリナは家事全般を得意とする家庭的な子だ。特に、料理には高い関心を抱いており、日に日に腕を上げている。たまに、ノマと一緒になって料理長の講義を聞いている姿を目にするくらいだった。


 そんな彼女が真っ先に『調理クラブ』を候補に挙げるのは、想像に難くなかった。


「『調理クラブ』の部室はコチラですね。少々距離がありますので、馬車を利用しましょう」


 先導するのはシオンだ。優秀な彼女は学園の地図を網羅しているようで、迷いない足取りで進んでいく。


 その後に皆が続いていく中、一人だけ複雑な表情で立ち止まっている者がいた。


 それは果たして、ミネルヴァだった。


 もありなん。あらゆる分野で才能を発揮している彼女だけど、唯一料理のみは大の苦手なんだよ。以前、オレの誕生日にケーキを作ろうと計画して大失敗していた。


 だからだろう、ミネルヴァは『調理クラブ』へ赴くことに乗り気ではなかった。プライドの高い彼女は、料理ができないことを周囲に知られたくないんだと思う。この前はオレやシオン、料理長くらいにしか知られなかったが、今回はそうもいかないもの。


「ミネルヴァ」


「な、なによ」


 彼女はやや動揺しつつも、普段通りの強気な口調で応じてきた。


 どんなに不安な感情を湛えていようと変わらぬ態度を貫く様は、それはそれで凄いことだと思うよ。もう少し素直になってくれても良いけどね。


 オレは心のうちで苦笑を溢し、一つの提案をする。


「オレと一緒に、別のクラブを見に行かないか?」


「え?」


「ほら、えーと……色なしのオレが押しかけたら、迷惑になるかもしれないからさ。でも、一人で過ごすのも寂しいし、婚約者殿には道連れになってもらおうかな、と」


 危ない。ミネルヴァをフォローしたいという気持ちが先行しすぎて、別行動する理由を全然考えていなかった。とっさに言い分を口にしたけど、不自然ではなかっただろうか。


 内心の焦りを隠し、彼女の顔色を窺う。


 最初こそキョトンと目を丸くしていたミネルヴァだったが、次第に頬を綻ばせ、コロコロと笑い始めた。


「ふふっ。フォローするなら、もっと悟らせないような言いわけを考えなさいよ。ふふふ」


 やっぱり、こちらの意図は見通されてしまったらしい。恥ずかしい。


 オレはバツが悪くなり、後頭部を掻きながら彼女より目を逸らす。


「とっさに思いつかなかったんだよ」


「それでも、もう少しマシな言いわけがあったでしょうに。ふふ」


 よっぽど面白かったのか、ミネルヴァの笑声はしばらく収まらなかった。


 程なくして――といっても三十秒ほどだが――、ミネルヴァはニッコリと清々しい笑顔を見せる。


「気を遣わせたわね。ほら、みんなが向こうで待ってるし、行きましょう」


 確かに、少し離れた場所から、先行した皆がこちらの様子を窺っていた。空気を読んで、遠目に見守ってくれていた模様。


「いいのか?」


 あれほど嫌がっていたのなら、無理して同行する必要はないと思う。


 すると、ミネルヴァは首を横に振った。


「いいのよ。いつまでも現実から目を逸らすなんて、私らしくなかったわ。弱点は克服するものよ。怖がって逃げ惑うのは、私のプライドが許さないわ!」


 フンと平坦な胸を張る彼女。


 そこに先程までの苦々しい感情はなく、自信と活力が溢れていた。


 この子は本当に強い。どんな逆境でも、自らの闘志を燃やす糧にしてしまう。オレにはもったいない・・・・・・くらいの素晴らしい女性だった。


 それからミネルヴァは、


「いざという時は守りなさいよ、婚約者さま」


 と言って、オレに向かってウィンクした。


 それを受けたオレは一瞬呆然とし、おもむろに頬笑みを溢す。


「仰せのままに、オレのお姫さま」

 

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