Chapter5-1 諜報員(2)

 夜の帳が降りた王都――否、それを精巧に模倣した【異相世界バウレ・デ・テゾロ】。その街の中を二つの影が駆け抜けていた。


 二人とも、一見すると平凡な人間の男性だ。しかし、高所より彼らを俯瞰ふかんするオレのには、まったくの別物に映っている。彼らが【偽装】を施したエルフであることは、とうの昔にあばけていた。


 つい先刻。王都内に潜り込んでいた全エルフを【異相世界バウレ・デ・テゾロ】へ放り込んだ。お陰で、外部へ連絡を取られたり、思わぬ手段で逃走される心配はなくなった。


 主目的を考慮すると、この時点で任務完了だ。あとは情報を搾り取るだけ。


 だが、オレには副目的があった。それは、精霊魔法師の戦術を体験することである。


 今さら、そんなものが必要なのかと疑問に思うかもしれないが、何ごとも実体験は重要だ。


 精霊魔法師がどんなパターンの戦術を行使してくるのか知れれば、今後の対策考案に繋がる。そして、その対策を訓練内容に落とし込み、他者へ疑似的に経験を積ませることができる。つまり、カロンたちの安全性を向上させられるわけだ。


 【鑑定】で精霊魔法師を選別し、それ以外は早々に潰した。今頃、隔離した別空間で、部下たちが聞き取りを行っているだろう。


 精霊魔法師である二人は、とても焦っている。訓練された諜報員だからか、表情こそ揺らいでいないけど、一目で困惑している様子が窺えた。


 無理もない。彼ら視点からすれば、突如として町中の人々が消えたんだ。おまけに自分たち以外の仲間は消息を絶ち、外部との連絡も途絶。どう考えても、何らかの攻撃を受けていると判断する。


 また、彼らは最後の手段・・・・・も封じられていた。


 心臓に埋め込まれた自爆術式こそ、間者たちの奥の手だった。どこぞの諜報員たちと同じく、敵に捕まりそうになったら自爆するのが基本戦術らしい。


 まぁ、オレのにかかれば、術式解体なんて容易いわけだが。


「バカではないか」


 町中を駆ける二人は、ただ惑っていたわけではないらしい。周辺地理の把握に加えて、魔力的な仕掛けを施し回っていた。マーキングの如く、そこかしこに自分たちの魔力のカケラを付着させていっている。


 詳細は不明だけど、大掛かりな魔法の布石なのは間違いないな。念のために、もっと深く・・術式を覗いてみよう。……ふむふむ、二段構えの構成とは手が込んでいる。


 彼らは結界系の魔法に捕らわれたと想定したらしい。一段階目で広範囲の魔法解除ディスペルを発動。効果が見込めない場合は、二段階目の大規模爆発で周囲一帯を吹き飛ばすつもりのようだ。


 一応、もう少し、【異相世界バウレ・デ・テゾロ】の強度を上げておくか。この世界は師匠アカツキとの模擬戦くらい過激でなければ壊れないけど、備えあれば患いなしともいう。


 しばらく監視を続けていると、不意にエルフの動向が変化した。町中を走り回っていたのが、街の外へ向かい始めたんだ。爆発の範囲外まで離れるんだろう。巻き込まれたら本末転倒だし。


 向こうの準備が整ったのであれば、様子見する必要もない。いよいよ、オレも動くことにした。


 王都外へ繋がる門前は開けた広場になっているため、戦闘するには程良い空間だった。彼らがそこに差し掛かったところで、オレは広場へ舞い降りる。


「「ッ」」


 第三者の登場に対するエルフ二人の行動は迅速だった。一人が残り、もう一人がきびすを返して逃げ出したのである。


 間髪入れずのこの対応には、見事という他ない。残った方が足止めをして、もう片方が作戦を続行するという取り決めだったんだろうが、それを躊躇ためらいなく実行できるのは素晴らしいな。よく訓練された人材だと思う。


 とはいえ、ここまで散々待ったのに、さらに時間がかかるのは些か面倒くさい。二人まとめて相手してもらおう。


 オレは、即座に結界を展開する。必然、逃亡を試みた方も広場より脱出は不可能となった。結界を破壊しようとするエルフだけど、それは無謀というもの。


「お前は何者だ」


 残っていた方のエルフが、ここに来て初めて声を上げた。


 ほぅ、切り替えが早いな。普通なら、色なしのオレが魔法を発動したことに混乱するところだけど、即座に戦う構えを取った。


 オレと問答しながら、戦闘準備を整える算段のよう。逃げようとしていた方もコチラに戻ってきている。


 精霊魔法師の力をしっかり確認したいので、彼らの邪魔をするつもりはない。喜んで、その思惑に乗っかることにした。


「名乗ったところで何の意味もない」


「何故だ?」


「お前たち程度じゃ、この世界から抜け出すなんて不可能だからだよ」


「やはり、お前が犯人か!」


 わざとらしく激昂してみせるエルフ。もう一人の仕込み作業を悟らせない演技だな。


「だったら、どうするんだ?」


「私たちを、ここから出せ!」


「聞けないな」


 向こうの話に乗ったように見せつつ、オレは仕込みの方を観察する。


 広場の大地に魔力を浸透させている? ……嗚呼、エルフではなく、土精霊の仕業か。たぶん、広場の地面を支配下に置くつもりなんだろう。その辺の知識は、ノマとの共同作業を経て得られていた。


 それ以上の作業はしないみたいだ。まぁ、敵前でチンタラ準備してはいられないか。残りは、戦闘の中で確かめるしかないな。


「何を言っても退かぬというのなら、無理やり押し通ってやるッ」


「フン。我らの正体を知り、己の愚かさを嘆くが良い!」


 そう言って、二人のエルフは【偽装】を解いた。それぞれの容姿が大きく変貌し、エルフの特徴である尖った耳があらわになる。


 おそらく、敵の動揺を誘う作戦だと思うんだが、残念ながらオレには効果がない。


 ただ、あちらも反応は薄い。効果が薄い場合も想定していたのか、間髪入れずに魔法を繰り出してきた。


「我と契約せし精霊よ、眼前の敵を斬り刻みたまえ!」


「我と契約せし精霊よ、眼前の敵を貫きたまえ!」


 オレと問答していた方が【ウィンドエッジ】に酷似した精霊魔法を、土精霊に仕込みを行わせていた方が【ストーンスパイク】に酷似した精霊魔法を放った。


 どちらの魔法も達人レベルの熟練度だ。全長十メートルに及ぶ風の刃は魔力密度が高く、生半可な反撃では揺るがないだろう。足元より飛び出てきた石杭も、サイズこそ平均的だが、硬度は鋼鉄以上もありそうだった。


 さすがは精霊。魔法への魔力変換効率がすさまじく良い。あの二人の魔力量では、普通にやったら半分くらいの威力しか出せまい。


 オレは跳躍で石杭を避けた後、【魔纏】を付与した短剣一本で風刃を受け流した。叩き切っても良かったけど、戦意喪失させてしまいそうだったので自重した。


「我と契約せし精霊よ、眼前の敵を閉じ込めたまえ!」


「我と契約せし精霊よ、眼前の敵を狙い撃ちたまえ!」


 オレが宙に浮いている今がチャンスだと考えたのか、二人は揃って魔法を発動する。


 通常の精霊魔法って、わざわざ言葉を口にしなくてはいけないのか?


 そんな疑問に思考を巡らせつつ、敵の精霊魔法を待つ。


 風精霊使いは、こちらの動きを拘束したかったらしい。竜巻がオレを中心に渦巻き、動作範囲が制限される。


 土精霊使いの方は、迎撃を担当したみたいだ。大砲と見紛う石球が何十発も襲いかかってくる。竜巻で視界を遮られていたこともあり、普通ならば石球を察知するのは難しいだろう。


 エルフたちは、これで決着がついたと考えたのか、笑みを浮かべていた。警戒こそ解いていないものの、僅かな油断の色が見えた。


「フォラナーダ所属なら、お仕置きだったな」


 余裕を持つのは良い。しかし、油断はするな。それがフォラナーダの戦闘訓練で叩き込む理念だから。


 まぁ、所詮は他国の間者。うるさく指摘する必要もない。


 それよりも、この程度の連携で満足しているようでは、実りのある収穫は見込めないかもしれない。


 これまでの戦闘において、技の威力こそ花丸だったものの、戦術面に特筆できる点は見られなかった。一般的な魔法でも同様のことはできる。


 あと一回だけチャンスを与える。それでダメなら、さっさと終わらせてしまおう。


 オレは接近する全弾の石球を、短剣一本で粉微塵に刻む。それから、実体化させた魔力を放射して、竜巻を吹き飛ばした。


「「なに!?」」


 息を揃えて目をみはるエルフたち。気を抜いていたせいで、再起動までの時間が些か遅れる。


 その隙にオレは地面へ着地し、勢い良く彼らの懐へ飛び込んだ。そこそこ離れていたけど、【身体強化】を施しているオレにとっては一歩で踏み込める。


 彼我の距離を一気に詰められた二人は、慌てて魔法の詠唱を始めた。


「我と契約せし精霊よ、眼前の敵を斬り刻みたまえ!」


「我と契約せし精霊よ、眼前の敵を貫きたまえ!」


 やっぱり、長々と口を動かさなくてはいけないらしい。仕方なく詠唱が終わるのを待ち、放たれる魔法に備える。


 だが、肝心の精霊魔法は、初手に使ったものと同種。


「はぁ」


 これはハズレだ。


 オレは溜息と共に、すべてを斬り伏せた。発動した魔法を斬り飛ばし、エルフ二人も死なない程度に刻む。


 息を吐く暇もなく、彼らは意識を手放した。ドサッと地に倒れ、付近を赤く染める。


 無駄な警戒だった。この程度の実力なら、うちの暗部だけでも余裕で相手できる。


 まぁ、こいつらが森国でどの程度の実力者なのかは不明だから、その辺の情報も聞き出しておくか。


 ボロボロのエルフたちを【位相隠しカバーテクスチャ】にサクッと回収し、何もなくなったはずの場所を見続ける。


 そこに残ったのは虚空ではなく、手のひらサイズのヒト――精霊が二人いた。緑髪と茶髪の少年で、こちらを鋭く睨んでいる。


 考えるまでもなく、エルフたちと契約していた精霊だろう。今までエルフの体の影に潜んでいたんだ。


「そこの精霊二人」


「なっ、俺らが見えてんのかッ!?」


「そ、そんなバカな!?」


 オレが声をかけると、これでもかと驚く精霊たち。


 いちいちリアクションに付き合うのも面倒なので、さらっと無視して話を進める。


「お前たちがオレやオレの身内と敵対しないのなら、この場は見逃してやってもいい。どうする?」


 精霊の力に興味はあるが、敵対した連中を採用するほど飢えてはいない。どうせなら、野良の精霊と契約した方が厄介ごとも少ないと思う。


 だから、見逃す。向こうが絶対に裏切らない切り札を、オレは有しているからな。


 案の定、精霊二人は反抗的な態度を見せた。『人間風情がナメるなよ!』と気炎を揚げる。


 想定の範囲内だったので、オレは予定通りの行動を起こした。そう難しいことではない。単純に、遠慮なくオレの魔力を開放したんだ。今や神の使徒をも超える膨大な魔力を。


 魔力至上主義たる精霊がそれを目撃したらどうなるか・・・・・。今より弱かった時でさえノマは発狂した。ならば、目前の二人の反応は言をまたない。


「「す、すみませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!!!」」


 契約魔法で縛った後。【異相世界バウレ・デ・テゾロ】が解除されるとともに、二人の精霊は狂乱しながら飛び去っていった。あの様子なら、二度と顔を合わせないと思われる。


「ゼクスさま、お水を」


「ありがとう、シオン」


 ふと、隣に現れたシオンが一杯の水を差し出してきた。せっかくなので、ありがたくいただく。


 オレが飲み終わるのを見計らって、彼女は問うてきた。


「いかがでしたか?」


「期待外れもいいところだな。間者としては優秀な部類だけど、武力方面は落第点。精霊魔法に頼り切った頭でっかちだったよ」


「そうですか……。彼らの目的は?」


「これからの尋問で聞き出す。あとで身柄は暗部に渡すから、ウィームレイ殿下第一王子に概要だけ連絡しておいてくれ。たぶん、近々会議が開かれる」


「承知いたしました。すぐに動きます」


 シオンはスッと気配を一瞬で消す。本当に強くなったなぁ。


「オレも帰るか」


 色々と考えることは多いけど、とりあえずは休息だ。


 オレは【位相連結ゲート】を開き、別邸へと帰った。

 

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