Chapter5-1 諜報員(3)
「これは由々しき事態ですぞッ」
「
「即刻、こちらも反撃に出るべきです!」
「そのような短絡的な行動は愚の骨頂ですぞ」
「その通りです。ここは一旦使者を送るなどの様子を見が良いでしょう」
「しかり。そも、フォラナーダ伯が確保したという賊が、本当にエルフかも疑わしい」
「そこまで話を掘り返しては、埒が明かないではないかッ」
「エルフが侵入してきたのが事実だからこそ、こうして会議を開いているのでしょう。少しは頭を使ったらどうですか?」
「私を愚弄するかッ!」
王城の会議室。そこはテニスコート並みの広さを誇るというのに、耳にうるさい雑言が響いていた。良く言えば、直截な意見が交わされていると表せるが、実際は
現在、オレは王城で行われている貴族会議にいた。王都に詰めていた貴族当主かつエルフ捕縛の当事者なので、こうして席を設けられているんだ。
会議を開くこと自体は構わない。不俱戴天の敵国が間者を送ってきたのなら、対策について話し合うのは当然である。
しかし、内容がどうしようもなかった。一神派貴族が過激な意見を口にすれば、日和見主義の輩が慎重論を飛び越えた阿呆な反論を口にし、そこに反フォラナーダの者が乗っかる。『会議は踊る、されど進まず』を地で行っていた。
かれこれ三十分は過ぎただろうか。余計な反感を抱かれないよう見守っていたけど、お遊戯に付き合うのも面倒くさくなってきた。
もっと建設的な話をしろと物申そうとしたところ、今まで黙していた聖王が口を開いた。
「サウェード子爵の意見を聞こうではないか」
「「「「「…………」」」」」
途端、あれほど騒がしかった貴族たちは沈黙する。
自分たちのトップが言葉を発したというのもあるが、ここに同席している者たち全員がサウェード家の正体を知っている。ゆえに、その合理的判断に反論なんて出来なかった。
サウェード子爵――シオンの実父である彼は、今でこそ【偽装】によって五十台くらいの人間に化けているが、実際はエルフだ。今回の騒動において、一番の知恵者に違いなかった。
サウェード子爵は一同の注目を一身に集めても、泰然自若としている。ゆっくりと息を吐き、その厳めしい声を発した。
「まず、私の立場としましては、
「臆したか!」
「故郷を守りたいのかッ」
「理由は何点かございますが、主なものを挙げると二つでしょう」
感情任せの罵倒が飛んでくるけど、やはり彼は動じなかった。
「一つは帝国の存在です。ここ数年は大人しいものですが、かの国を無視して戦争など始められないと考えます。立地的にも、漁夫の利を警戒する意味でも」
道理だな。森国は帝国を挟んだ向こう側にある。戦を仕掛ける場合、どうしても帝国を通り抜けなくてはいけないんだ。あちらがタダで道を開けてくれるわけがないし、仮に融通を利かせられたとしても、補給路が長すぎるせいでコチラが疲弊してしまう。
また、彼の言うように、帝国が漁夫の利を狙うかもしれない。戦で領土を広げてきた国ならば、それくらいの強かさは備えているだろう。
「もう一つは、たとえ問題なく森国に勝ったとしても、得られるモノが僅かです。賠償金は取れるでしょうが……土地にしても技術にしても、それ以外の奪取は難しいでしょう」
それも納得できる。土地を得ても、本国と離れすぎていて管理が難しい。技術を得ても、向こうの魔法技術は高いため、おそらく聖王国には扱い切れない。獲得物が金銭だけというのは、戦争するにしては利益が少なすぎる。
「チッ」
さすがに、サウェード子爵の理路整然とした説明には、誰も
しかし、そこに一つの火種が投じられる。
「フォラナーダ伯がいらっしゃるではないか」
それは小さな呟きだったが、室内全体に響き渡った。結果、猛烈な勢いで炎上する。
「そうだ、フォラナーダ伯がいらっしゃる!」
「かの『
「噂によると、伝説の転移魔法を扱えるとか。ならば、補給路の心配はいらないなッ」
「それ以前の話だ。フォラナーダ伯なら、お一人で森国を葬ってくださるだろう」
呆れて物も言えない。一神派も王宮派も仲良く全員で、オレの力に
ここまで来ると、いっそ感心してしまうよ。これくらい面の皮が厚くないと、貴族の表舞台では踊れないのかもしれないな。
こぼれそうになる溜息を堪え、オレは口を開く。
「私は、森国への侵攻に手を貸すつもりはございません。防衛戦ならまだしも、益のない戦争には加担できませんね」
カロンたちが狙われているとか、フォラナーダやウィームレイの利益になるなら考えよう。
だが、今回は違う。利益はほとんど出ない上、戦争の動機が『間者が王都に潜入していたから』なんて盛大なイチャモンだ。
貴族たちのエルフへの嫌悪感が、それだけ凄まじいことの証明ではあるけど、オレにそんな感情はないため、共感はできない。利潤も共感もない戦に、協力するはずがなかった。
すると、『それでも聖王国の貴族か!』という旨の罵詈雑言が浴びせかけられるけど、まるっと無視した。
最終的に聖王が、
「現時点では、森国へ抗議文を送るに留める」
と決定を下したから収まったものの、あのまま放置していたら、いつまでも聞くに堪えない
会議が終わり、『オレが参加した意味はあったのか』と疑念と諦観を抱えながら退室しようとしたところ、不意に声がかけられた。
「フォラナーダ伯」
「……あなたは」
先程侮蔑してきた連中の誰かかと考えたが、そうではなかった。振り向いた先にいたのは、よりにもよってサウェード子爵だったんだ。
「少々お時間をいただけるでしょうか」
かなり真剣な面持ちだが、どう答えたものか。
何も、嫌いだから諾と返すのを
では、何故に
フォラナーダとサウェードの間に大きな確執があることは、言をまたないと思う。それゆえに、子爵家がフォラナーダへ手出しするのを危惧した王宮派は、オレとの接触を控えるよう子爵に命じたんだ。
聖王家に忠誠を誓っている子爵は、その命令に応じた。今日まで、彼はオレとまったく顔を合わさなかった。
一貫した行動理念を翻してまで、何の用件だろうか。
フォラナーダの部隊よりは劣ろうとも、彼は諜報部隊のトップ。油断して良い相手ではなかった。
身構えるオレに対し、サウェード子爵は苦笑いを浮かべる。
「そう警戒なさらなくても……と申し上げるのは酷ですね。ですが、ご安心ください。この接触は、陛下にご報告した上での行動です」
つまり、現状は王宮派も容認したのか。少なくとも、荒事に発展する確率は低い?
「いいでしょう」
警戒は怠らないが、ここで拒絶する意味もない。
まぁ、いつかは話し合わなくてはいけない相手だった。その機会が今日巡ってきたと考えよう。
オレと子爵は会議室を出て、王城内にある彼の仕事部屋へと移動する。その間、オレたちは重い沈黙に包まれていた。
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