Chapter4-4 犯人の行方(5)

☆9000を超えました。ありがとうございます!


――――――――――――――



 聖王国の南西、都市国家群との国境に近い子爵領。そこに奴隷の収容所は存在した。表向きは地域密着型の商店だが、その地下に広がる隠し部屋へ購入した奴隷たちを押し込めていたんだ。


 転移してきたオレと学園長は、そんな商店の目前に立っていた。


 すでに部下たちが強襲をかけているため、商店内部は騒々しい。周囲に野次馬が集まってきているけど、それも部下たちが対応しているので心配はいらない。


「だいぶ騒がしくなっておるのぅ。ここの領主が横やりを入れてきたりしないのか?」


「子爵家が無関係なのは調査済みだ。誘拐犯を匿えば国へ報告すると脅したから、何もしてこない」


 子爵が王宮派なのも幸いした。六年前の決闘を観戦していた一人だったので、二つ返事で了承してくれたよ。顔は真っ青だったけど。


 学園長は半眼でオレを見る。


「前々から思っておったが、お主はえぐい手法を好むのぅ。容赦がない」


「容赦したら、守れるものも守れなくなるからな」


「そうじゃな、その通りじゃ……」


 思うところがあったのか、しみじみと頷いて黙り込む学園長。


 相当長生きしているようだし、手加減したせいで後悔した経験があるんだろう。それについて、オレにとやかく言う権利はない。


 沈みかけた空気を振り払うため、オレは言葉を続ける。


「じゃあ、中へ入ろう」


「もう良いのか?」


「まだ一部の抵抗勢力は残っているらしいけど、大部分は制圧したみたいだ」


 部下の【念話】による伝達があったので、まず間違いない。オレの探知にも、オレや学園長を脅かす脅威は引っかからないから大丈夫だ。






 地下室への出入り口は店の最奥の部屋、店主のオフィスにあった。床の一部が切り抜かれ、地下へ向かう階段が続いている。今は部下たちがじ開けてしまった後だけど、隠し扉のようなギミックで隠されていた模様。


 抵抗勢力は地下の方にいるようで、中より戦闘音が響いていた。


 学園長を伴い、オレは階段を下りていく。


 無機質な壁に囲まれたそれを通り抜け、一つの大部屋に辿り着いた。二十メートル四方程度の広さで、倉庫としてカモフラージュしていたよう。雑多な物品が置かれている。


 部下たちは、ここで抵抗勢力と戦っていた。すでに大半を片づけており、残るは数名だ。決着するのも時間の問題だろう。


 オレたちの到着に気づいた部下の一人が、こちらへ近づいてくる。


「ゼクスさま――」


「挨拶はいい。場所が場所だ、手短に済ませよう」


「承知いたしました」


 敬礼をした彼は、口頭で状況の説明をしてくれる。


 残党はこの場にいる連中だけで、残りは始末したか捕縛したらしい。捕らえた奴らの尋問は進行中とのこと。


 また、この地下の施設は広さこそあるものの、構造自体は単純だった。今いる倉庫に奴隷たちを閉じ込めている牢屋、資料室の三つのみだとか。


「資料室の方は精査中です。奴隷たちの方は――」


「いや、いい。皆まで言わずとも分かってる」


 どこか言い出しにくそうな雰囲気を出す部下を、オレは遮った。


 説明されなくとも、探知術を使えるオレは理解していた。ここにいた奴隷は、全員死んでいる。何せ、まったく魔力反応がないんだから。


「資料の方は引き続き任せる。オレは奴隷たちの方を確認しよう」


 おそらく、情報漏洩を防ぐために殺されたんだろうが、何か手掛かりが残っているかもしれない。死人に口なしとは言うけど、死体が何かを語ってくれることもある。


 それから多少の情報共有を済ませ、部下は残る作業へ戻っていった。


 状況報告を受けている間に残党の始末は終わったようで、倉庫は静寂に包まれている。


 オレは学園長を見た。彼女もこちらを真っすぐに見つめていた。


「学園長も同行しますか?」


「愚問じゃな。確認せずに帰れるものか」


 誘拐犯と奴隷購入者は通じている。つまり、殺された奴隷の中にさらわれた学園生がいる可能性があった。


 それが事実だった時、学園長にとってツライ光景になるが、彼女に撤退の選択肢はないよう。


 覚悟ができているなら、とやかくは言わない。ナリこそ幼いけど、学園長は立派な大人なんだから。


 牢屋に続く扉は、重厚な鉄製だった。中のモノを決して外に出さないという意志を感じさせる。


 扉の前には、部下の騎士が三名待機していた。


「牢屋の出入り口はこの一つのみです。内部に留まるのは健康を害する恐れがありますので、長時間の滞在はお気をつけください」


「分かった」


 部下の忠告に、内心で溜息を吐く。何となく、内部の状況に察しがついてしまった。これは心して入室しないといけないな。


 意を決して、オレと学園長は重い鉄扉を開く。


「「……」」


 オレたちは、ほぼ同時に眉をひそめた。予想できていたとはいえ、それくらい中の様子は酷かった。


 真っ先に飛び込んできたのは臭気だった。排泄物の処理をまったく行っていなかったんだろう。加えて、血の臭いまで混じっているものだから、鼻が曲がりそうなほどの酷い異臭が充満している。


 続けて見えるのは、血と臓物の赤。部屋中がおびただしい赤に染まっていた。突入時そのままの状態を保持していると聞いていたが、色々と酷い。バラバラに裂かれた死体が散乱していて、目の届く範囲にあるものだけでも原型が残った死体が存在しなかった。


 なるほど、健康を害するという意見は至極正しい。この中に長く留まれば、気が触れるに違いない。


 それに――


「呪いも満ちてるな」


「そうじゃな」


 オレと学園長は、しかと察知していた。この牢屋に蔓延はびこる呪いを。かなり濃密な怨嗟と憎悪が漂っており、呪いへの対抗手段を持たぬ者にはキツイ現場だった。


 扉の前に待機する部下たちにも悪影響が出かねないので、オレは出入り口に結界で蓋をする。加えて、オレたち二人も結界で覆った。素の状態での探索は、さすがに厳しい。


「呪いをも遮断する結界か。相変わらず、お主は規格外じゃのぅ」


「研究する時間はいくらでもあったからな」


「普通、魔女でもない者が呪いを扱えるはずないんじゃがなぁ」


 お互いに場慣れした人間ゆえに、緊張感のないセリフを紡ぎながらも、部屋中に目を光らせていく。


 正直、オレはバラバラ死体に気分の悪さを感じているけど、弱音なんて吐いてはいられない。


 呪いを確認できるということは、黒幕自ら後始末を行ったと推定される。そんな貴重な現場なら、必ず証拠が挙がるはず。さっさと事態の解決に努めるべきだ。どうしても無理そうなら、【平静カーム】で整えれば良い。


 一通り調べた結果、興味深い点を見つけた。


 奴隷の殺害方法は、剣による斬殺だった。得物は大剣の分類で、使い手は相当の手練れだと推定できる。斬り口があまりにもキレイすぎるんだ。


 確か、以前に遭遇した誘拐犯はバスタードソードを使用していた。これは、いよいよ黒幕本人が出張ったと考えて良さそうだ。


 斬り口を観察していた学園長が言う。


「おそらく、聖王国剣術じゃろう。バラバラすぎて断言はできんが、この角度での斬り方には覚えがある」


「よく分かるな」


「ヤンチャしてた頃は、聖王国の騎士たちとドンパチやりあっておったからのぅ。わしも何度も斬られたわ」


「嗚呼、経験則ね」


 経験値という一点なら、このロリババアを超える者はいないと思う。何せ、寿命を克服し、どんな傷を負っても回復するゆえに『生命の魔女』の名を頂いたんだ。長生きは伊達ではない。


「一連の犯人は、聖王国剣術を高い練度で扱えて、かなりの財力を持つ奴ってことか」


 闇ギルドや奴隷購入など。いくつもの組織を経由させる手法は、相当の金銭がなければ実行できない。


 要するに、


「高位の貴族かつ団長クラスの武人である蓋然性がいぜんせいが高いというわけじゃな」


 学園長の言葉がすべてだった。


 これらの条件を満たせる人物なんて、そうそう存在しない。犯人の特定が飛躍的に前進した瞬間だった。


 ただ、疑問は残る。


「なんで、わざわざ黒幕が後始末をしたんだ?」


 これまでの行動から、犯人は慎重派の人物だと認識していた。奴隷の後始末なんて他人に任せた方が安全なのに、どうして自ら動いたんだろうか。


「獣人が憎いんじゃろう」


 オレの疑念に答えたのは学園長だった。


「思えば、誘拐も自ら行っておった様子。それほどまでに、黒幕は獣人を嫌悪しておるんじゃと思うぞ」


「なる、ほど」


 危険を冒してまで、獣人を抹殺したい。その気持ちは全然理解できないが、それくらいの執着があるのだと納得した。


 とにもかくにも、状況は前へ進んだ。今まで闇に隠れていた敵が、徐々に明るみになっている。一連の事件の解決は、間近に迫っているのかもしれない。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る