Chapter4-4 犯人の行方(4)

 学園に入学してから一ヶ月と少し。当初は慌ただしかった生活も、それなりに慣れてきた。他の学生たちも同様で、浮ついた空気も落ち着きつつある。


 カロンたちも順調に学園へ馴染んでいた。最初こそ遠巻きだったクラスメイトたち――無論、悪意のない者を厳選している――とも仲良く雑談に興じられるようになっていた。


 まぁ、誰も近づいてこなかった原因は、オレにあったんだけどな。みんな、色なしなのに伯爵当主かつ首席というオレを、不気味な存在と見ていたらしい。常識と現実のギャップに、認識が追いつかなかったんだ。


 であれば、解決は容易い。オレがカロンたちと別行動を取れば、クラスメイトたちも近寄りやすい。多少護衛能力は落ちるけど、彼女たち自身は強いし、傍にはシオンたちもいる。オレだって必要以上に離れるつもりはなかったので、特段大きな問題にはならなかった。


 お陰でカロンたちが学園生活を謳歌できているんだから、成果としては上々だ。彼女たちの笑顔に代わる財産はない。


 ただ、ニナに限っては、表情が陰る時間が多くなっている気がする。おそらく、未だに例の犯人の手掛かりを掴めていないことが原因だ。オレの想定していた以上に、彼女のこの事件への思い入れは大きかった模様。


 ニナの気を休ませるためにも、一刻も早く黒幕を捕まえたい。


「失礼します」


 休日の午前中、オレは学園長室を訪れていた。


 ちなみに、日課だった王都巡回は、今日に限り中止している。


「待っていたぞ」


 事前に訪問は連絡していたので、学園長は普通に出迎えてくれた。以前のようにヘンタイ的な行動は行っていない。


 挨拶を交わし、お互いにソファへ腰を下す。


「ん?」


 妙な気配を不意に感じたため、思わず声が漏れた。


 それを見て、学園長は首を傾ぐ。


「どうかしたかのぅ?」


「……オレが来る前に、誰かこの部屋に入ったか?」


 妙な気配の正体は掴みかねている。だが、何か手掛かりがあるかもしれないと、無難な質問を投じた。


 彼女は不思議そうに目を瞬かせて答える。


「クシポス伯爵が来ておったぞ。週明けの中間試験、近衛騎士団が視察する予定になっておってのぅ。それの最終調整じゃ」


「クシポス伯爵が? あの人、とっくに団長を辞めてたと思うが」


「よく言うわ。お主が原因じゃろうに」


「あ、やっぱり?」


 オレはおどけるように肩を竦める。何となく察しはついていた。


 オレが何をしたのかと言うと、六年前の剣聖との決闘である。あれの後、王城は大いに荒れたんだ。


 まず、審判役だった近衛の副団長が再起不能になった。決闘の余波で重傷を負っていたので、案の定である。


 次に、近衛の団長が打ち首になった。何故かと言えば、副団長引退の顛末を知った近衛の何人かが、オレへ逆恨みして決闘を挑んできたせいだ。


 一部団員の独断専行かつ部下がアッサリ始末したので、責任は彼らの実家のみに取らせるつもりだったんだけど、オレの報復をおそれた王宮派の貴族が近衛全体を糾弾した。その結果、前団長が処されたわけである。


 最後は、フェイベルンが派閥を鞍替えしたこと。元々一神派で貴族派の彼らだったが、オレの強さに感銘を受けて、一族全員で弟子入りを志願してきたんだ。仮にも前当主を殺した相手の軍門に下りたがるとか、さすがは戦闘狂の家系だ。しかも、改宗だって辞さないとも言うんだから、筋金入りである。


 かなり熱心に売り込んできたし、ウィームレイの表向きの護衛も欲しかったため、彼らを受け入れた。もちろん、宗派も多神派へ変えさせた。


 以上の三点が積み重なり、王城内のパワーバランスは大いに崩れたんだ。近衛は団長や副団長の不在で大混乱だし、最大戦力のフェイベルンもオレの手のうち。


 ……うん。引退した者に協力をあおぐのも仕方がないな。


「お主のせいで『剣聖』も未だに空位じゃ。今の聖王国の武力はガタ落ちよ」


「知らんよ、そんなこと。誰も『剣聖』を引き受けないだけじゃないか。それに、近衛があの程度の練度なら、オレが何かしなくたって落ちぶれてたさ」


 現在の近衛団長は、フォラナーダの使用人複数に囲まれたらタコ殴りにされると思う。


 オレの率直な感想に、学園長は頬を引きつらせる。


「近衛は、うちの成績トップの卒業生が在籍しておるんじゃがなぁ」


「教育が悪い」


「直截すぎるぞ」


 事実を述べたまでだ。学園に限らず、この世界の魔法教育は前時代的すぎる。理論ではなく見稽古がメインの時点で、育成プロトコルとしては二流以下である。


「って、そんな話をしたかったわけじゃないんだよ」


「話題を振ったのは、お主じゃろうに」


 学園長の抗議をサラッと無視して、オレは思考を巡らせる。


 クシポス伯爵が顔を見せたのか、何ともタイムリーな人物だな。


 ニナが強い拒絶を示して以来、彼の子息であるエリックが執拗に現れることはなくなった。彼もAクラスなので偶然鉢合わせることはあるけど、軽く挨拶をするだけ。悲しげな表情を浮かべるものの、もう失恋は受け入れたらしい。


 同時期に親子が話題に上がるというだけで裏を疑うのは、さすがに陰謀論染みている。他にも話さなくてはいけない案件があるし、妙な気配については頭の隅に置いておこう。


 気持ちを改め、オレは本題に入った。


「獣人奴隷の価値が上がってるのは知ってるか?」


「うむ。何でも、王都の獣人奴隷を一手に購入している輩がおるとか」


「その通りだ。だが、おかしいとは思わないか。何で、わざわざ物価の高い王都で奴隷をまとめて買う」


「……確かに。まとめ買いをするなら、もっと別の町でも良いのぅ」


「そこに疑問を覚えないよう、オレたちは認識を逸らされてたわけだ」


「呪いか」


 魔女の名は伊達ではなかったようだ。この流れで呪いに気づけるのは、その知識を有する者だけだろう。


 認識操作は、正確には精神魔法の分類になる。だが、類似した効果を呪いでも発現できるんだ。


 ヒトの目にはバランスの崩れた事物――いわゆる呪いは曖昧に映る。その現象を応用した術だった。


 “認識を逸らす”という軽度の術であれば、オレのような強者でも引っかかるんだよ。効力が弱すぎるせいで、違和感に気づきにくいんだ。


 とはいえ、オレでなければ、そもそもの問題に気がつくこともなかったと思う。


「なるほど。前にお主と接触した誘拐犯は、呪物を身にまとっておったと聞いた。つまり、誘拐犯と奴隷購入者は繋がっておるんじゃな」


「奴隷の購入の仕方も、その魔女ないし手先の手法とかぶるんだよ。いくつもの中継地を経由して、購入した奴隷を輸送してた。道中で奴隷の数が減ったとしても構わずに、な」


 かつて、ニナの誘拐依頼を受けた闇ギルドがあったと。あの時も、複数の仲介を挟むことで、黒幕まで辿り着けないようにしていた。今回の奴隷輸送と酷似している。


「絶対と言える証拠は出ておらんが……可能性は高そうじゃな」


「今日、ようやく突き止めた最終地点のアジトを襲撃する。同行するか?」


「良いのか?」


「嗚呼。最初から、そのつもりで話してる」


 今回の誘拐犯に関して、学園長がかなりの憤りを抱いているのは知っている。事件の進展が得られれば、それを解消――とはいかずとも、気を落ち着かせる一助にはなるかもしれない。


 色々と難のある人物だが、この人が立派な教育者であることはオレも認めるところ。純粋に子どもたちの成長を願い、彼らの身を案じている彼女には一定の敬意を払いたい。


 部外者を加えて発生するリスクも考慮してある。そも、部下たちがある程度の制圧を行った後、オレと学園長は踏み込む手はずだ。多少のリスクはあれど、作戦が破綻するほどの問題は起こらない。


「感謝する」


 万感の思いを込めた風に、学園長は一礼した。


 オレは気にするなと頬笑んでから、計画を伝える。


「決行まで時間があまりない。オレの【位相連結ゲート】で向かうから準備をしてくれ」


「おおっ、幻の転移魔法を経験できるのか! 楽しみになってきたのぅ」


 小躍りしながら襲撃の準備を始める学園長。


 表面上も感情面でも緊張は見られないので、これなら本番も大丈夫そうだ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る