Chapter3-6 決闘(2)

此度こたびは弟がとんだ迷惑をかけてしまい、申しわけなかった」


 言葉と共に頭を下げるウィームレイ。


 突然の事態に、瞠目どうもくする。


 どんな思惑があるのかと身構えていたところに謝罪されたんだ、驚くのも当然だと思う。しかも、相手は王族で、気軽に頭を下げて良い身分ではないのだから尚更だった。


 オレは慌てて諭す。


「ちょっ!? 頭を上げてください、殿下。あなたが頭を下げる必要はありません」


「そのようなことはない。身内が失礼を働いたんだ。謝罪するのは兄として当然だろう」


「一般常識ではそうかもしれませんが、殿下の身分を考慮してください。あなたの頭は軽くないのですから」


「だから、このように二人きりの状況を作ったのではないか。大丈夫、病弱な私を今さら監視する輩はいない」


 一応、考えなしの行動ではないらしい。自分の立ち位置や状況を加味した上での実行なわけか。


 とはいえ、彼の言葉を素直に受け取ることは不可能だ。そうしてしまったら最後、オレは第二王子グレイを許す他なくなってしまうから。謝罪を受け入れるとは、そういうことに繋がるんだ。


「殿下。そのような行動を起こされても、私は困ります。私――いえ、フォラナーダはグレイ第二王子に容赦するつもりはないのです」


 個人的な感情だけではなく、フォラナーダの今後のためにも、グレイは寛恕かんじょできなかった。殺すなんて過激な反撃は考慮していないけど、ある程度の制裁は辞さない。


 ウィームレイは程なくして頭を上げた。


 こちらの言い分を聞き入れてくれたとホッとしたのも束の間。彼は、またもや衝撃の発言をした。


「勘違いさせてしまったようだね。この謝罪と弟を許すかは別ものと考えてくれて良い。私が謝罪する代わりに弟への抗議を引き下げてくれ、などと申すつもりは一切ない。ただ、弟の不始末を謝りたかった。それだけだ」


 何と、これは裏のない陳謝だと言うではないか。


 自分の謝罪に価値はないとでもいう態度に、オレは困惑を隠せない。しかし、彼の瞳に淀みはなく、語る内容が本音であると窺えた。


 こいつ、マジか。


 彼は王族で、オレは差別対象色なしで、彼に責任はない状況で。頭を下げない理由ならいくらでも・・・・・並べられるというのに、この少年はそれらを無視して行動を起こしたんだ。『弟の不始末を謝るのは兄の務め』とでも言わんばかりに。


 ウィームレイへ共感半分呆れ半分の感想を抱きながら、オレは尋ねる。


「分かりました。殿下の謝罪はしかと聞きました。それで、私を呼び出した用件は何なのでしょうか?」


 わざわざ先触れに伝える辺り、よっぽど重要な内容なのだとは思うけども。


 すると、ウィームレイはキョトンと首を傾いだ。


「用件も何も、今の謝罪をするためだが?」


「は?」


 彼の返答に、オレは呆けてしまう。


「えっと……そのような些事のために、王宮と険悪な私を部屋にまで引き入れたのでしょうか?」


「些事などではない。何度も申し上げているが、弟の不始末を謝罪するのは、兄として当然の責務だ。いやまぁ、謝ることしかできないのは不甲斐ない限りだが」


 そう語るウィームレイの目は変わらず真剣なもので、建前や嘘だとは到底考えられなかった。


 つまり、本気で謝罪のためだけにオレを招いたということ。


「はぁ」


 向こうに気づかれないよう、小さく溜息を吐く。


 敵陣の大将格の招待だからと最大限に警戒していたのがバカらしくなってきた。


 底抜けのお人好しではないみたいだけど、このウィームレイという人物は、かなり善良な性質を有しているらしい。色なしに頭を下げる程度には、凝り固まった偏見も持っていない。これまでの王宮派の行動とは相反するものを感じる。


 そして、同時に思った。ウィームレイが次期聖王に相応しいのではないかと。グレイほど頑固でもなく、あの人・・・ほど冷徹でもない。彼は、ちょうど良い塩梅の人選である気がした。


 となると、彼の状態・・・・にも何となく察しがつく。ここは、一肌脱いだ方が利になるかもしれない。


 当初は、介入するつもりはなかった。しかし、ウィームレイの人柄に触れた結果、気が変わった。その方が、オレやカロンたちの未来に良い影響を及ぼすと判断したゆえに。何より、『兄弟のために損益関係なく動ける』という潔さをオレが気に入った。


「もし、時間に余裕があるのなら、少し雑談に付き合ってはくれないか? ベッドの住民となっている私は、あまり他者と話す機会がないんだ」


「その前に、少しよろしいでしょうか?」


 苦笑を浮かべるウィームレイに、待ったをかける。


 彼は特段気にした様子もなく、「何だい?」と先を促す。


 一つ息を吐いてから、オレは口を開いた。


「殿下に『魔女の呪い』が施されてます」


 途端、空気が凍った。


 無論、比喩的な意味だが、体感温度が数度下がったような錯覚を覚えた。それほどまでに、ウィームレイの雰囲気が激変したんだ。


 彼は、先程まで浮かべていた朗らかな笑みを消し、まったくの無表情でオレを見据えている。


「それは真実か?」


 嘘偽りだったら容赦はできないぞと、言外に伝えてくる。


 魔女とは禁忌を犯した魔法師である。宗教にとって禁忌とはとても重い扱いであり、それは宗教国家の側面を持つ聖王国でも同じ。


 魔女はことごとく蔑視されるべき存在なんだ。その呪いが自分に施されていると指摘されれば、このような反応になるのも当然だった。


 予想通りの展開だったため、オレに焦りはない。滔々とうとうと事実のみを述べる。


「真実です。実は、私は魔力を目視できる能力がありまして、殿下の体に蔓延はびこ黒い魔力呪いが見えております」


 ウィームレイと対面した時、僅かに呆けてしまったのは呪いが原因だった。鎖のように絡みつく呪いを目撃し、息を呑んでいたんだ。


 おそらく、ウィームレイがベッドより出られないのは呪いのせい。もちろん、生来の病弱さもあるんだろうけど、それ以上に呪いが強かった。このままだと、数年以内には死にそうなレベルである。


 ゲームで彼が死んだのも、実は呪いが原因だったのかもしれない。彼の王の器を加味すると、あながち間違った推論でもないとは思う。


 そう。オレは、第二王子か第三王子派閥の誰かが呪いを施したと、魔女に与する輩が王宮派の中にいると考えていた。


 常識を持つ者なら、あり得ないと突っぱねるだろう。聖王国にとって魔女は天敵であるため、手を組むなんて信じられない選択だ。


 だが、状況的には一考の余地あると思う。王宮派であれば、証拠を残さずにプテプ伯爵へ呪物を流せたはずだし、闇ギルドを使ってニナを捜索もできただろう。何より、寝たきりのウィームレイを呪うなんて、王城内にいなければ不可能だった。


 証拠はない。しかし、オレの中ではほとんど確定していた。


 オレを見据えるウィームレイは問うてくる。


「魔力を目視できる、か。それを証明する術は?」


「ありません」


 なくはないが、必要以上に手のうちを明かしすぎてしまう。例の計画・・・・によって実力を隠す必要はなくなるけど、すべてをさらすのはやりすぎ・・・・だ。


「では、どうやってキミの話を信用しろと?」


「殿下の判断にお任せする他にありません。ただ、呪いを与えている元凶の捜索と、殿下の体調を治すことは、おそらく可能です」


「……」


 口元に手を当て、深く思考を巡らせるウィームレイ。


 無理を通す気はないので、オレは彼の考えがまとまるのを待つことにした。


 ただ、手持ち無沙汰なので、ウィームレイに呪いを与えている呪物を探すとしよう。部屋中に呪いの気配が漂っているから、たぶん、この部屋のどこかにあるはず。


 【魔力視】を呪いの探知に集中させれば、すぐさま場所の特定は済んだ。ウィームレイのベッドサイドにあるテーブルの引き出し。その中より濃密な呪いが流れ出ている。


「分かった」


 タイミング良く、ウィームレイの答えも出たようだ。思ったより早い。


「もう宜しいのですか?」


「嗚呼。手持ちの情報では、長く考えても仕方がない」


 彼は肩を竦め、改めて言う。


「ゼクス殿の言葉を信用しよう。どうせ、今のままの私は何の価値もない。であれば、何を賭けも損はないはずだ」


 真っすぐな声音。覚悟は決まっているらしい。


 オレは頷く。


「承知しました。まずは、殿下の治療から行いましょう」


「ゼクス殿がやるのか?」


 ウィームレイは訝しげに尋ねてくる。


 色なしのオレが治療するといえば、疑問に思うよな。呪いを解くのは、光魔法の専門だというのが一般的な知識だし。


 しかし、問題はない。『土地の呪い』の解消を行って以降も、呪いの研究は進めてきた。お陰で、プテプ伯爵家で回収した『魔女の呪い』も自力で解呪できるようになっていた。あれよりも弱いウィームレイの呪い程度なら、容易く解ける。


「少し近づきますが、宜しいでしょうか?」


「問題ない。覚悟はとうに決めている」


「では」


 オレは席より立ち上がり、ウィームレイの傍まで寄る。それから両手を掲げ、一つの魔法を唱えた。

 

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