Chapter3-1 婚約者(6)

2022/03/12:

ミネルヴァの身長を訂正しました。


――――――――――――――



 一ヶ月後。オレとミネルヴァとの顔合わせが実施された。


 場所はフォラナーダ城。


 本来なら、こちらが公爵家へ出向かなければならないんだけど、今月はオルカの九令式があるため、できるだけ遠出は控えたい。その辺りの事情をロラムベル家に配慮してもらった形だ。


 公爵と会談に使った場所と同じ、豪奢ごうしゃな応接室。先程まではお互いの父親も同席していたが、今はいなかった。『あとは若い二人だけで』という奴である。


 そう、二人だけ・・・・のはずだったんだが――


「「……」」


 出入口より、カロンとオルカがジッとこちらの様子を窺っていた。扉を僅かに開いて、その間から覗き込んでいる。非常に愛くるしい姿だった。


 オレ一人なら愛でて終わりなんだけど、どうしようかねぇ。


 オレは対面のソファに座るミネルヴァ嬢を見る。


 ミネルヴァ嬢は、ヒロインに相応しい可憐な少女だった。白くキメ細やかな肌とツインテールに結わえた濡れ羽色の髪は、美しいコントラストを描いている。瞳はオニキスの如く、通った鼻筋や小ぶりの唇も麗しい。ゴシック調のドレスがとても似合う美少女だ。


 原作ゲームだと、ここから然程さほど成長しないんだよな。確か、身長は百四十センチメートルくらいだったか。オルカが聖女サイドのショタ枠なら、ミネルヴァは勇者サイドのロリ枠なわけだ。


 閑話休題。


 そんなロリロリしいミネルヴァ嬢であるが、弟妹たちの分かりやすい視線を受けながらも動揺していなかった。優雅に紅茶を飲んでいらっしゃる。


 というか、その前からほとんど口を開いていない。話しかけるなオーラをビシバシと放っている。自己紹介くらいだろう、彼女が喋ったのは。


 無理もないか。ロラムベル公爵の娘なだけあって、彼ほどではないにしても、ミネルヴァも魔法至上主義の毛色がある。しかも、大の負けず嫌いで我の強い性格だ。


 周囲より将来を嘱望しょくぼうされ、それに応えて優秀な成績を収めてきたのに、突然色なしのオレ格下の相手へ嫁げと命令されれば不機嫌にもなる。ミネルヴァの気持ちは、痛いほど理解できた。


 しかし、今回の婚約は政策の一環。個人の意思を尊重するのにも限界があった。せっかくの顔合わせだというのに、いつまでも沈黙を保っているわけにはいかない。せめて、いくらか会話を交わす必要がある。


「ミネルヴァさん、今日はお互いを知るための顔を合わせです。少しでもいいですから、話し合いませんか?」


 意を決して、オレは話しかけた。婚約者ではあるが、呼び捨てにはしない。距離感を適度に保たなくては、彼女の感情を逆撫でしてしまうだろうから。


 ミネルヴァは軽く一瞥いちべつするだけで何も答えない。だが、オレは気にしなかった。無視されるのは想定内。だから、カロンさんやオルカさんや、そんな厳しい視線をミネルヴァに送らないでおくれ。


 幾分か無言の時が流れる。今日中に会話を交わすのは無理そうかと諦め始めたところ、不意にミネルヴァは呟いた。


「いったい、お父さまに何を吹き込んだの?」


「はい?」


 突然の問いかけに、オレは首を傾ぐ。


 彼女は視線を鋭くさせた。


「あなたが『伯爵領を実質的に支配している』というお話を、お父さまからお聞きしたわ。どうやって、そんな嘘を信じ込ませたの?」


 嗚呼、なるほど。ミネルヴァの認識はそこにあるのか。


 オレは、彼女が頑なになっている原因に得心した。


 公爵は婚約を決定する上で、オレの素性を一通り彼女に伝えたらしい。そこにはフォラナーダの実権にまつわる話も含まれていた。


 だが、ミネルヴァは信じられなかった。魔法適性を一切持たないオレが、領地を運営するどころか急速に発展させたなんて考えられなかったんだ。領地の運営能力と魔法適正は全然関係ないんだけど、彼女の価値観的には仕方ない部分だろう。


 畢竟ひっきょう、ミネルヴァはオレが公爵をそそのかしたと考えたようだった。そのせいで、余計にオレへの不信感が募っている模様。


 うーむ、どのように返すのがベストか。


 誤解を解くという選択はあり得ない。そも、オレは実権を握っていることを認めた覚えはない。あくまで『公爵がそう考えているだけ』という表向きだ。


 とりあえず、無難に答えておこう。


「何やら誤解が生まれてるようですが、私は『フォラナーダを支配している』だなんて一度も口にしたことはありませんよ。公爵さまが勘違いなされてるのでしょう」


「フン、口では何とも言えるわ」


 鼻の鳴らし方が親子そっくりであった。


「お父さまのご意向だから、あなたとの婚約は受け入れるわ。カロライン嬢と縁を結ぶことの重要性は理解できるもの。ただ、忠告しておきます」


 彼女は怪訝な視線をオレへ向けながら言う。


「あなたは色なしとしての立場を弁えるべきよ。身のほどを超えた地位を求めれば、必ず手痛いしっぺ返しを食らうことになるわ」


 普通に聞けば、オレを大層見下した発言だった。現に、そう捉えたカロンとオルカは、今にも飛び出してきそうなほど怒り心頭の様子。落ち着け、二人とも。


 しかし、オレは別の認識をしていた。これは彼女の言葉の通り“忠告”なんだと。


 何故かと言えば、ミネルヴァより漏れ出る感情が、オレへの気遣いや憂愁ゆうしゅう、配慮に溢れていたからだ。


 無論、不信感や疑念の感情も混じっている。だが、そんな相手にも心を配れるほど、ミネルヴァという少女は心根の優しい子なのだと理解できた。素直な態度を取れない辺り、相当捻くれてはいるけども。


 なるほど、これなら聖女の親友も務まるわけだ。


 ゲーム知識で彼女の性格は把握していたものの、こうして実際に体感したお陰で、よりいっそう理解を深められた。


 この子となら、上手くやっていけそうな気がする。


 最初こそ不安を覚えた婚約者の一件だったが、オレにとっては良い出会いだと思えた。






 この日を以って、原作にはあり得なかった婚約が成立した。


 さてはて、これが先の未来にどう影響するのか。それは神のみぞ知ることだろう。

 

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