Chapter3-1 婚約者(5)

 やはり、オレが実権を握っていることを、この男は把握しているみたいだ。


 まぁ、それは良い。海千山千の貴族たちより、いつまでも隠し通せるとは考えていなかった。問題は、どこまで知られているか。ここで安易に認めた後、『鎌をかけただけでした』なんて暴露されては笑えない。


 オレは笑顔を張りつけ、何のことやらと惚ける。


「私が伯爵領の支配者? ははは、公爵閣下は冗談が達者のようですね」


「惚けるな。ここ数年に及ぶフォラナーダの発展や暗部の狡猾さ、二年前の内乱への対処。他にも多数の活躍はあるが、どれもあのボンクラ・・・・・・の指揮では不可能だ。どれだけ鈍い輩でも気づく」


 ぐぅの音も出ない正論だな。伯爵の腕では、これまでのフォラナーダの発展はあり得ない。むしろ、衰退の一途を辿っていたに違いなかった。


 ただ、どれも証拠とは言えない。状況が物語っていても、オレが指導者であると証明するには不十分だった。実際、この辺りの不自然さに注目し、証拠集めの密偵を放ってくる貴族たちは――すべて叩き潰したけど――いた。


 こうして、直接乗り込んできた以上は、今の発言以外の何かがあると考えるが、真相はどうなんだろうか。


 現状では、先のセリフが鎌かけであると考慮すべきか。様子を見つつ、向こうへ言質を与えないよう振舞わなくてはいけない。


 ゆえに、オレは首を傾ぐ。


「はて、何のことでしょう。いずれは長男として跡を継ぐのでしょうが、今の私は若輩すぎます」


「あくまでも惚ける気か」


「滅相もない」


「「……」」


 笑顔のオレと仏頂面の公爵、二人の視線が沈黙の中で交差する。


 数分の睨み合いの果て、先に折れたのは公爵の方だった。


 彼は溜息を吐く。


「貴殿の考えは理解した。まったく、せめて一色でも有していれば優秀な人材であっただろうに。非常にもったいない人間だよ、貴殿は」


「ありがとうございます」


「褒めてはいない。まぁ、そのくらい狡猾だからこそ、貴殿にミネルヴァを使おうと決めたのだ。今年来たる勇者ではなく、な。貴殿の頭脳に敬意を示し、そちらの考えを尊重しよう。こちらの意向は勝手に話す」


「ご配慮くださり、ありがとうございます」


「フン」


 公爵は鼻を鳴らすと、テーブルに置いてある資料へ視線を投げた。話す前に読め、ということらしい。


 オレは紙束を手に取り、パラパラと流し読みする。


 ロラムベルには一女しかいないので分かり切っていたことだが、推薦する娘とは勇者聖女攻略対象親友で間違いないようだった。


 名前はミネルヴァ・オールレーニ・ユ・カリ・ロラムベル、黒髪黒目を持つ魔法の才媛だ。資料に書かれているのは魔法に関する記述が九割、残り一割は魔法以外の些細なもの。


 この内容から、ミネルヴァがゲームと大差ない性格をしていることが把握できた。


 彼女を一言で表現するなら“魔法バカ”だろう。魔法狂の娘に相応しく、ミネルヴァも魔法ばかりに興味を持つ女の子なんだ。


 その代わりと言ったら些かニュアンスが異なるかもしれないが、ゲームでのミネルヴァの性能は高い。魔法による攻撃や防御の性能は高く、罠などのからめ手もこなせる。物理方面はかなり脆弱だけど、それを補ってあまりある強さを誇っていた。


 何が言いたいのかと言うと、オレと釣り合いが取れていない。片や光以外の五属性を扱う才女、片や臆病者と揶揄やゆされる色なし。あまりにもアンバランスな組み合わせだった。


 そも、ロラムベル公爵にとって、ミネルヴァは大事な政略のカードだったはず。ゲームでは魔法能力の優秀な勇者を取り込むため、わざわざ婚約者を作らずに取っておいたくらいだ。先程はオレの狡猾さを認めたからと発言していたが、魔法狂の価値観的にはあり得ない選択だろう。オレの能力はあくまで選択の補強にすぎず、別の主たる思惑が存在すると考えられた。


 真っ先に思い浮かぶのは、カロンと縁を結ぶため。オレとミネルヴァが結婚をすれば、カロンとも親戚関係になる。その縁を使い、将来的に光魔法師の血を取り込む算段と考慮すれば、一応の納得はできた。


 そうなると、公爵は一切証拠を持たずに突貫してきた可能性が浮上してくる。何せ、オレがフォラナーダの実権を握っていることを認めさせる必要は、向こうにはないんだ。あちらがオレの能力を認め、その上でカロンと縁を結べれば良い。


 これが真実なら、実にロラムベル公爵らしい行動力だと思う。魔法狂の異名に相応しく、まさにカロン光魔法以外は目もくれていない感じだ。


 とはいえ、オレとの婚約は、些か迂遠すぎる手法だった。彼には二人の男児がいるんだし、そちらをカロンの婚約者に推薦した方が手っ取り早い。


 オレはテーブルに資料を置き直し、公爵を見据える。


「単刀直入にお聞きします。何故、カロン――カロラインと直接縁を結ぼうとなさらないのでしょうか」


 対して、公爵は「ほぅ」と感心した声を漏らしながら答える。


「理由は二つ。一つは王宮への義理立て」


「第二王子との婚約の件、ご存じでしたか……」


「私の立場を考慮すれば当然だろう。以前より調整はしていた。まぁ、その縁談は失敗に終わるだろうが」


「失敗?」


 確信に満ちた言葉に、オレは首を傾げた。


 すると、彼はクツクツと笑い出す。今までとは異なる、人間味のある笑い方だった。


「もう一つの理由にも繋がる。カロライン嬢は、貴殿に熱中していると言うではないか。報告を聞く限り、どのように努めたとしても、彼女の心変わりを促すことは不可能だと判断した。ゆえに、第二王子との婚約は破談に終わると断言できるし、私の息子たちを推挙するという無駄は実行しない」


「……」


 オレは返答に困った。


 オレとカロンの仲の良さは、周囲に対してオープンにしていた。だから、彼がそれを把握していても驚きはない。


 だが、妹がオレを愛していると断言されては、困惑しても仕方ないと思う。


 やはり、第三者の目から見ても、カロンのブラコンっぷりは度を越している風に映るらしい。


 薄々感づいてはいた。カロンのオレへ向ける愛は年々増幅している一方、方向性が家族に向けるものとは異なってきていることに。


 現在は本人に自覚がないため、放置している。しかし、いつかは向き合わなくてはいけないだろう。


 オレの内心なんて露知らず、ロラムベル公爵は話をまとめる。


「私は、ミネルヴァというカードを切ってでも、フォラナーダとは縁を繋ぎたいと考えている。そちらとしても、ロラムベル家の後ろ盾を得られるのはメリットが存在すると考えるが?」


「確かに、そこは嬉しい点ですね」


 この話し合いに赴いたのだって、準備が整うまでの王宮への牽制が欲しかったから。彼の言う通り、ここで婚約の話を受けるのは理に適っている。


 とはいえ、下手に縁を深めすぎるのも難があった。


 何故なら、現状のフォラナーダには秘する内容が多すぎる。婚約者だからと干渉された時、その秘密が守り切れるかが心配だった。


 こちらの含むような言動に、公爵は一瞬だけ目をすがめたが、すぐに元に戻った。それから、もう用件は済んだと立ち上がる。


「私は帰るとしよう。先も申した通り、返答は早めがありがたいが、よく考えることだ」


 そう言って、ロラムベル公爵は颯爽と退室していった。


 それを見届けた後、オレは思慮を巡らせる。


 さーて、どうするべきかな。


 ミネルヴァは両主人公に関わる重要なキャラクターだ。婚約者の立場に収まったら、妙な形でゲームシナリオに巻き込まれる可能性が生じるだろう。


 しかし、今さらな話ではある。


 オレはゲームなんて知ったことかと言わんばかりに活動してきた。カロンは悪役令嬢の体をなしていないし、オルカだって経歴が大きく変貌している。


 今回の婚約の話だってそう。カロンが名声を高めたから。オレとカロンの仲がとても深いから。そして、オレが政治的に優秀だと推定できるから。この三点より、ロラムベル公爵はオレと縁を結ぶ方針を選んだ。ゲームでは大事に取っておいたミネルヴァというカードを切ってまで、だ。


 まぁ、いくつかは原作ゲームと同じ道順を辿っている。完全にゲームを逸脱したとは言えない。


 つまるところ、ゲームの登場人物に関わろうが関わるまいが、シナリオに巻き込まれる可能性は存在するわけだ。ゲームどうこうで、婚約の結論を出すのは難しい。


 であるなら、政治的に考えるべきか。


 そこまで思考したところで、オレは一旦考えるのを止めた。政治の話ならば、部下を交えた方が良い結果を下せるだろうから。


 その後すぐに、オレは部下たちと会議を開く。




 ――結論より述べよう。オレとミネルヴァは婚約することと決まった。


 例の計画・・・・の実行が今年度末となれば、デメリットよりもメリットが上回ると判断された結果だ。あと、外務のダニエルが「これを逃したら婚約できませんぞ!」と強く推したところもある。あの必死さに少し引いたのは内緒だ。

 

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