Chapter2-2 勇者(5)

 山の中は、思ったよりも危険地帯だった。前もって聞いていた以上に魔獣の数が多かったんだ。


 フロックベア中型が最大戦力なので、全体的な強さはそこそこ。冒険者ならランクCが複数人で当たれば問題ない程度ではある。だが、それは戦闘職視点の話であって、村人たちにとっては十二分に脅威だろう。山に慣れた狩人たちが、瀕死の重傷を負うのも得心できた。


 村が全滅していなかったことから、今までは魔獣溢れる山ではなかったんだと思う。


 では、何故に魔獣の数が増えたのか。移動中に、そういった疑問が脳裏に浮かんだが、すぐさまかぶりを振った。


 今は、そんな疑問に思考を割いている余裕はない。一刻も早く、ユーダイたちを発見する必要があった。


 ちなみに、現在のオレは冒険者シスの姿を取っている。ゼクスのままでは不自然すぎるし、肝心のユーダイが言うことを聞いてくれないと踏んだためだ。また、万が一・・・の保険でもある。


 魔獣を蹴散らしつつ、山中を進む。


 幸いと言うべきか。ユーダイたちが普通に山登りをしていてくれたお陰で、彼らの足跡は簡単に辿れた。他の魔獣にも居場所を察知されているとは思うけど、そこはユーダイ勇者の実力を信じるしかない。最悪、死んでいなければ、カロンが治せるのだから。


 山中を駆けること一時間弱。ようやく、ユーダイたちの気配を察知できた。絶賛戦闘中らしく、魔獣の雄叫びが聞こえ、魔法行使による魔力波も伝わってくる。


 ずいぶん、奥深くまで足を運んでいたんだな。


 こんなに魔獣がウロウロしている中、よくもまぁ、子どもだけで来られたものだ。感心半分呆れ半分といった心境になる。


 オレは足に魔力を集中させ、一気に踏み出した。


 十倍を超える強度の脚力により、オレの視界は一瞬で切り替わる。森の中から開けた断崖へと。


 ユーダイとロートの姿を視認できた。十体のフロックベアに囲まれており、ユーダイが魔法で応戦しているものの、手数不足のせいで崖際へ追い込まれていた。


 ロートが崖下へ向かって声をかけていることから、マリナはすでに落ちた後か。


 結構ギリギリだった模様。本来なら、魔獣はユーダイの力だけで乗り切れるはずだが、状況を見るに、その辺りもゲームとは違う展開になっているらしい。


 何がどうなっているのか。この村に来てから不可思議なことばかりだけど、悩むのは後回しだ。今は、彼らの救出を先決させなくては。


 オレは短剣を取り出し、フロックベアたちの傍を駆け抜けた。


 刹那の間にユーダイらの元へ辿り着き、【位相隠しカバーテクスチャ】に短剣を戻す頃には、すべてのフロックベアは地面に倒れ伏す。


 まぁ、こんなものだろう。村人や子どもユーダイなら手こずるかもしれないが、冒険者オレにとっては物の数ではない。


「……へ?」


 一瞬の出来事すぎて、すべて目撃していたはずのユーダイは呆けていた。魔法を撃つために掲げた両手をそのままに、口をポッカ―ンと開いている。


 ロートの方も、戦闘音が鳴り止んだことに気づいて振り返ったが、正体不明の男オレの出現と魔獣の全滅を目にし、完全に硬直していた。


 いつまでも放置しているわけにもいかないので、オレは声をかける。


「二人とも大丈夫か?」


「えっ、あっ、はい」


「だ、大丈夫です」


 何とか言葉は返せたものの、未だ呆然としている二人。


 仕方なく、誘導するように質問を重ねた。


「オレは冒険者のシスだ。二人の名前は?」


「えっと、ユーダイ、です」


「ロート、です」


「まだ子どもに見えるが、保護者は?」


「お、俺たちだけ、です」


「さ、三人で、遊びにきたんです。そ、そしたら、魔獣がいっぱいで……」


 ようやく頭が回り始めたらしい。ユーダイの方は魔力不足で話すのも辛そうだけど、ロートは会話が成立しそうだ。


 オレはロートに焦点を絞り、会話を進める。


「三人? 二人しかいないが」


「そ、そうなんです! ま、マリナが、崖の下に落ちちゃってッ。お、お願いします、マリナを助けてあげて!」


「お願いしますッ!」


 ロートとユーダイは、土下座する勢いで頭を下げた。


 思った以上に上手く事を運べた。最初から助けるつもりだったけど、向こうより依頼された方が、冒険者としては自然な流れだからな。


 オレはわざと悩む振りを挟んで、仕方ないといった雰囲気を出しながら答える。


「子どもを見捨てたとあっちゃ、寝覚めが悪いか。いいだろう。今回だけ特別に、無償で手を貸してやる。ただし、二度目はないぞ」


「「あ、ありがとうございます!」」


 異口同音に礼を述べる二人。


 それを軽く手を振って受け流し、オレは崖下へと視線を下ろした。


「げっ」


 思わず声が漏れる。想像以上に、崖が深いためだった。


 現在地は山の中腹より少し上くらいなんだが、崖下は麓まで一直線だった。およそ四百メートル以上の高さがある。下には鬱蒼うっそうとした森林が広がっているとはいえ、落ちたらタダでは済まなさそうな高低差である。


 ゲームだと無事だったらしいけど……本当に生きているのか、これ?


 訝しむオレだったが、それを素直にユーダイたちへは伝えなかった。余計な不安をあおる必要はないだろう。


 ただ、さくっと救助するのは難しそうだった。マリナの捜索も崖下へ向かうのも、探知術や【身体強化】があれば容易いが、それでも多少の時間を要する。その間、ユーダイとロートを放置するのは危険だった。何せ、まだまだ魔獣は跋扈ばっこしているんだから。魔力切れの勇者と無力な子どもを残してはおけない。


 かといって、二人を麓まで送っている時間も惜しい。二人を残せないことと同様の理由で、今度はマリナの方が危なくなる。


 オレは一度、頭を搔きむしった。その後すぐ、ユーダイたちへ手のひらを向け、一つの魔法を発動する。


「【スリープ】」


「「あっ」」


 二人はこちらの行動に疑問を挟む余地なく、その場で崩れ落ちた。


 彼らが地面に倒れ込む前に受け止め、それぞれ脇に抱え込む。【身体強化】の恩恵により、筋力や体格の問題は発生しない。


 先程の精神魔法の影響によって、ユーダイとロートは眠りについていた。安らかな寝息が聞こえてくる。


 【スリープ】は名称通りの魔法で、対象を眠らせるものだ。たいていは【威圧】で気絶させるけど、今回のような場合を想定して用意していた。備えあれば憂いなし、とは真理だな。


 何故、ユーダイたちを眠らせたのかといえば、これからオレが発動する魔法を見せたくなかったから。オレの持つ魔法は、この世界の人たちにとって非常識なモノが多いけど、今回使う予定のものは、その中でも上位に入る特別枠なんだ。


「【位相連結ゲート】」


 手を掲げた先に、ぽっかりと穴が開いた。穴の先には、山麓の――村の入口の風景が広がっている。ここに二人を放れば、後顧の憂いなくマリナ救出へ向かえる。


 これこそオレの秘策の一つであり、翌朝カロンを連れてくる方法だったモノ。いわゆる、転移系の魔法だった。


 術理は単純である。無属性魔法の【位相隠しカバーテクスチャ】の『覆ったものを何処どこからでも取り出せる』という特性に注目し、『別々の出入口を同時に開けば、転移と同等になる』と発想を転換したんだ。


 効果範囲は、オレの魔力の届く距離もしくは魔力マーキングした地点。前者の範囲は、現状だと約百五十キロメートルである。


 まぁ、言うは易く行うは難し。【位相連結】は師匠アカツキの助け、および何万回にも及ぶ試行錯誤の末に完成した術であって、そう簡単に発現できる魔法でもなかった。転移なんて、前世の知識を動員しても想像し切れないし、致し方のない結果だろう。


 この世界に転移系の魔法は存在しない。いや、正確には認知されていない。【位相連結】を他者に知られるのは、リスクが高すぎた。よって、眠らせたんだ。


 ゲームで知る彼らの性格であれば、見せても黙っていてくれるとは思う。だが、無条件に信頼するには、この秘密は大きすぎた。誰かが無理やり口を割らせる可能性も考慮すると、彼らの身を守る意図も込め、やはり目撃させないことが一番だった。


 ユーダイとロートの二人を向こう側に下ろした後、【位相連結ゲート】を即座に封鎖した。探知術の限りでは、目撃者は誰もいない。


 安堵と共に、懐より魔道具を取り出す。


 一見すると懐中時計のそれは、上級風魔法の【遠話】の付与された魔道具だ。トランシーバーのようなもので、対になる同魔道具と遠距離通信を可能とする。一般普及はされていないが、貴族ならば、どの家も所持している代物だった。


 オレは魔道具のスイッチを入れ、話しかける。


「こちらシス。緊急連絡だ」


『――ジジッ――如何いかがなさいましたか?』


 シオンの声が聞こえてくる。ややノイズ混じりなのは、あちらが屋内にいるためだろう。【遠話】は屋内だと通じにくい欠点が存在した。


 時間も惜しいので、構わず続ける。


「山に侵入してた子どもを保護した。村の出入口に置き去りにしたから、回収しておいてくれ。オレは崖下に落ちたという残る一人を救助する」


『――承知いたしました。お気をつけください』


 こちらが急いでいるのを理解したらしく、特に質問を投じることなく応じてくれた。さすがはシオン、気が利くな。


 オレは魔道具を懐へ戻し、そして、崖下へと飛び降りた。


 すでにマリナの居場所は掴んでいる。ただ、彼女の付近に妙な魔力反応があったんだ。危険性は感じないが、念を入れて急ぐことにする。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る