Chapter2-1 師匠(4)

「いくつか質問があるから答えてほしいんだけど、問題ないかい?」


 声色や口調はとてもフランクだった。


 しかし、気は緩められない。相手の正体を知っていることもあるが、言葉の裏に潜む真意を悟っていたためだ。正直に話さないと命の保証はない。そう、彼の瞳が物語っていた。


 ゴクリ。口内に溜まっていた唾を嚥下し、オレはゆっくり首肯する。


 唯々諾々と従うつもりはないが、アカツキが何を求めているか次第では、妥協も必要だろう。オレの死で解決するなら良し。それ以外――カロンたちにまで被害が及ぶようであれば、その時は…………。


「じゃあ、最初の質問だ」


 オレが思考の海に沈んでいる間に、アカツキは語り始める。


「その【偽装】は、エルフから教わった魔法かい?」


「そうだ」


「へぇ。術式的に確信はしてたけど、本人の口から聞くと感慨深いな。エルフ嫌いの聖王国民でも、有用な魔法は別口ってこと? ……いや、まだ九令式くれいしきも超えてないような子どもだし、思考が柔軟なのかな」


 どうやら、オレの正体は見事に看破しているらしい。街で散策していても不自然ではない、平民の成人男性の姿を模していたんだが、まるで通じていなかった模様。予期できてはいたけど、あっさりあばかれてしまうのは複雑な気分だった。


 しかも、魔法の大元も知っていた。さすがは魔法の叡智を極め、すべての魔法を行使する者。種族ごとの術式まで熟知しているわけか。


「第二の質問だ。オレの情報を抜き出した……といっても名前だけだと思うけど、あの魔法は精神魔法で間違いないかい?」


「そうだ」


 驚きはない。前述したように、アカツキは全魔法を網羅している。精神魔法の存在を知っていてしかるべきだろう。


 たぶん、本人も扱える。容姿の通り、彼は無属性使いでもあるのだから。


 オレの返事を聞いて、彼は非常に感心した様子を見せた。


「なるほどねぇ。その歳で、精神魔法の存在に気づくなんて驚きだ。まぁ、優秀な白魔法師・・・・なら時間の問題だったろうけど、現世の価値観だと芽が出にくいし。ほんと、よく発見したもんだね」


 それはオレに聞かせているというより、ほとんど独白みたいなものだったと思う。


 少し気になる単語も窺えたが、深く考える暇はなかった。一人で納得を終えたアカツキが、次の質問を投げかけてくる。


「第三の質問だ。お前は自身の強さに比べて、魔力量がすごく多い。どうやって増やしたんだい?」


「……」


 いよいよ本腰か。


 オレは静かに警戒心を上げる。


 今までの質問よりも、確実に踏み込んだ内容だった。【偽装】や精神魔法については、アカツキ側でも察しがつく代物だった。一方、魔力量増加の方法に関しては、オレより聞き出さないと判明しないこと。


 何らかの手段で隠しているのか、アカツキの感情を読むのは難しいけど、表情や声だけでも彼の本気度合いは分かる。ここからが本番だ。


「答えられないのかい? やっぱり、禁薬でも使ってたってこと――」


「待ってくれ、そんな物騒なモノは使ってないから!」


 警戒するあまり、返答が遅れてしまった。そのせいで、あらぬ疑いをかけられそうになっていたため、慌てて制止する。


 物騒な気配が漏れていたので、その『禁薬』とやらは相当危険な物品らしい。即座に否定しなかったら、今頃消し飛ばされていたぞ。危ねー。


 心のうちで冷や汗を拭いつつ、オレは先の問いへ答えることにする。


 この世界で、この知識を知る人は存在しないと予想しているから、本当は回答したくないんだが、背に腹は代えられなかった。


 彼ならいたずらに情報を広めないだろうし、命との天秤にかけるほど重要なモノでもない。


 オレは溜息を混ぜながらも、素直に魔力量増加の秘密を明かす。


「ハァ……魔香花まこうかの蜜を常飲してる」


 魔香花とは、この世界独自の植物だ。見た目は完全に青いバラで、魔力を通すと淡く光る性質がある。非常に美しい花で、観賞用・・・として貴族を中心に高額で取引されているくらいだった。


 ――そう、観賞用である。一般的に、魔香花に見た目以上の価値は存在せず、ましてや蜜が食用になるなんて話もない。


 実は、九百九十九本分の魔香花の蜜を集め、それに魔力を流しながら湯煎すると、魔力増強薬になる特性が隠されていたんだ。


 その増加量は驚異の一割増。しかも、副作用なく、回数制限や増加上限もない。瞑想による魔力増加が、毎日一時間の鍛錬を数年続けて一割増と考えれば、破格にも程がある効果だった。


 まぁ、問題がないわけではない。


 最初の関門は、九百九十九本をどうやって集めるかだろう。


 何せ、貴族御用達ごようたしの花だ。一本購入するのに数十万はかかる。おいそれと規定数を買い集めるのは難しかった。


 実際、貴族であっても、数本から十数本程度の花束を購入するのが普通だった。


 次の関門は、採取できる蜜の量。


 魔香花は、一度蜜を採取してしまうと、半年は同じ花より採れない。九百九十九本集めただけでは、半年に一回しか増加薬は作れないんだ。つまり、常飲するには、千を超える魔香花を用意する必要があった。


 これらの難題を、オレがどのようにしてクリアしたのか。


 そう難しい話ではない。伯爵家の財力とゲーム知識を駆使した。


 魔香花の特性に関して、ゲーム知識を動員したことは言をまたないと思う。ただ、この知識は今まで利用した『ゲーム内の知識』とは異なり、プレイヤー視点での代物だった。


 レベルやステータスが存在するゲームによくある・・・・話だとは思うけど、勇聖記にも主人公のステータスを全部カンストを狙う連中が現れた。それで、その輩が試行錯誤を繰り返した結果、魔香花の隠された特性を発見したわけである。


 しかも、莫大な資金――周回でお金などを引き継げる――を注ぎ込めば実現可能な、魔香花の栽培方法も確立したのだから、廃プレイヤーさまさまだった。


 オレは、その知識を活用したんだ。莫大な資金といっても、孤児院出身の主人公聖女視点だからであって、伯爵家からすれば「多少高いかな?」程度だったし。


 お陰で、今では魔香花の庭園が完成している。総数数十万本は超えているかな。日課で散歩しているのは、その魔香花の庭園だったりする。


 庭園の話も含めてアカツキに語ったら、彼はポッカ―ンと間の抜けた表情を浮かべた。


 さすがは裏ボスとあって、魔香花の特性については知っていたようだが、巨大な庭園まで創設済みというのは想定外だったらしい。


 よくよく考えてみると、当然かもしれない。一本数十万するんだもの。それが数十万、下手したら一千万に届く数を栽培しているって……道楽がすぎるな。


 あまりの衝撃にフリーズしていたアカツキだったが、しばらく時間を置いたら再起動を果たした。頭痛でも覚えているのか、額を片手で押さえながら口ずさむ。


「魔香花の花畑って正気か?」


 どうにも、オレの正気を疑われているみたいだった。


 失敬な。妹の将来が懸かっているんだ、これくらいの非常識は基本的な行動だろうに。どんな反応が返ってくるか判然としないから、口には出さないけど。


 オレを見つめるアカツキは、一旦大きな溜息を吐いた。


「噓を吐くなら、もっとマシな内容にするか。いや、未だに信じられんけど」


「嘘じゃないぞ」


「分かってるさ。お前の心は読めないけど、それが本当だってことは分かる」


 今の言い回しだと、オレ以外の心は読めると言っているようなものでは? もしかして、精神魔法で読心が可能? でも、オレに対しては出来ない……どういうことだ?


 思いもよらぬ情報を、さも当たり前のように溢さないでくれないかなぁ。急すぎて、頭が混乱するんだけど。


 そんなオレの内心なんてお構いなしに、アカツキは話を進めた。

 

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