Chapter1-ep 事後処理

 ビャクダイ男爵領での一件後の話を、簡単にまとめよう。


 はじめに、ビャクダイ男爵家は消滅した。長男のカイセル氏が宣言していたように、爵位を聖王陛下へと返上したんだ。元男爵領は、推測通りフワンソール伯爵の分家の手に渡った。


 生き残った領民たちは、フォラナーダ伯爵領へ移送した。あの後、遠距離伝達の魔道具で増援を依頼し、駆けつけた騎士たちに護送させたのである。お陰で、ケガ一つなく彼らを届けることができた。


 移民の受け入れ先は、フォラナーダの領都より程近い村にした。獣人族に偏見のない村民だと調べはついているし、保証金や税金の免除等の融通は利かせるため、問題は起こらないと思う。一応、しばらくは様子見させるつもりだが。


 領都近郊にしたのは、フワンソール側の暗殺を警戒したため。獣人族の貴族を潰すという目的は達成できたので可能性は低いけど、オレの手が届く範囲なら助けやすい。


 次に、ビャクダイ男爵の所属する、ガルバウダ派の貴族の顛末について。


 結論から言うと、残念ながら全滅してしまった。


 カイセル氏との会話後、オレ単独で援軍に向かったんだが、すでに鏖殺おうさつされていた。領民は全員物言わぬ死体に成り果てており、捕獲されただろう貴族令息たちも輸送済みだった。痕跡からして、オレたちがビャクダイに到着した頃には、もう戦闘は終わっていたと推定できた。


 それだけ、相手は本気でガルバウダ派を滅ぼすつもりだったんだろうけど、やるせない気分は拭えない。拾えそうだったモノを取りこぼしてしまった。そんな喪失感に襲われた。


 無論、自分がすべての命を救えるなんて傲慢は抱いていない。でもこの先、同じ事態に遭遇しても対処できるよう、いっそうの鍛錬に励もうと決心した。


 そして、今回のフォラナーダの動きに対する他貴族の評価は、実のところ、そこまで高くない。


 よく考えれば当然だ。援軍を出したのに、助けられたのは僅かな領民と男爵の血統のみ。その男爵家も潰れたんだ。貴族からすれば、何も成果を出せなかったと評される。


 ただ、例外も存在した。


 まず、行軍速度関連。馬車で一ヶ月の距離を一日で走破したなんて話、最初は誰も信じなかったほどの規格外だ。それが真実だと知られる途端、問い合わせや間諜が絶えなかったくらいだった。


 また、カロンの光魔法発現の報道が、聖王国内に激震を生んだ。


 現世の聖王国で、二人目の光魔法使いの誕生なんだ。注目を浴びるのも無理はない。早速、カロンの身柄を欲する連中より、色々な手段で接触を受けている。


 フォラナーダの実権を握ってより約二年。その期間を用いて伯爵領の力は蓄えられたので、現状ではカロンを奪われる心配はいらないだろう。前もって予期できていた事態ゆえに、政治的にも武力的にも対策は講じてある。懸念は一つ残っているけど、そればかりは風向きを見ながら対処するしかない。


 とはいえ、想定よりも武力方面の策略は少なかった。


 理由は察しがつく。おそらく、一部の武闘派貴族や民衆の間で、カロンの名声がうなぎ上りで高まっているためだろう。


 今回の内乱介入でのカロンの活躍は、世間一般に広く喧伝されている。光魔法で生存者を癒し元気づけたことはもちろん、義兄オルカを想って、援軍を嘆願したことも知れ渡っている。


 結果、家族思いで慈悲深い『陽光の聖女』として、カロンは有名になったわけだ。


 聖女と呼ばれる人間を強襲するなんて、いくら何でも外聞が悪すぎる。たとえ、暗躍だったとしても、万が一露見した場合を想定すると躊躇ためらうのが普通。


 ゆえに、なりふり構わない輩くらいしか、刺客の類は差し向けられなかった。


 ――まぁ、全部予想通りなんですけどね。


 内乱への介入を決意した時点で、この流れストーリーを画策していた。だからこそ、目立つように行軍したし、カロンの光魔法だって大々的に見せつけたんだ。そのうちバレると分かっていてコソコソするよりも、正々堂々と介入した方が印象も良い。


 あと、世間に広がっている噂も、オレが手配したもの。カロンが正義側に見えるよう、民衆をあおれと命令を下していた。世論を聞く限り、かなり上手く運んだと分かる。


 諜報の充実している貴族なんかには、やがてフォラナーダの策動だと悟られてしまうとは思うが、その頃にはカロンの名声は高まり切っている。手出しのしようがないはずだ。


 一時はどうなるかことかと心配だった今回の一件。何とか、得心のいく結末に落ち着いたと思う。




「内乱による影響は、こんなところだな」


 執務室にて、オレは走らせていた筆を止める。


 内乱より帰還してから一ヶ月後。様々な処理に奔走していたのが落ち着き、ようやく腰を下ろせるようになった頃。今までの変化を整理しようと、オレは一連の流れを紙にまとめていた。


 お陰で、冷静に状況の分析ができるようになった。


 元男爵家の面々や生存者たちは、とりあえず放置で良いな。暗殺の気配はまったく感じられない。あちらは、平民に落ちた彼らのことなど歯牙にかけていないと思われる。


 やはり、問題はカロン関連だった。今のところは対処できているけど、それで油断していては、いつか手痛い失敗を仕出かす可能性も否めない。よりいっそう、伯爵領を大きくした方が安心だろう。


 あとは例の懸念事項。これに関しては、その時が来ないと何とも言えないな。今のカロンは六歳半だから……最低でも二年後か。心の準備はしておこう。


 オレがウンウンと唸っていると、傍に控えていたシオンが手元を覗いてきた。それから、一言囁く。


「ご自身のことは、お書きにならなくても宜しいのでしょうか?」


「自分のこと?」


 首を傾ぐ。


 メモを見て尋ねたんだし、内乱関連の話だとは思うけど、何かオレに関わる重要な案件はあったか? まったく心当たりがない。


 オレが真面目に悩んでいるのを知ると、彼女は大きく溜息を吐いた。


「ゼクスさまは、ほんの僅かでも良いですから、ご自身へ関心をお向けになった方が宜しいですよ」


 すると、仕事そっちのけで耳を傾けていたらしい部下たちが、一斉に頷き始めた。


 えぇぇ。部下たちに心配されるほど、オレって自分へ関心ないか?


 全然自覚がない。ここまで言われても、微塵も実感が湧かなかった。


 こちらの様子を認めたシオンは、再び溜息を吐く。


 こいつ、前より遠慮がなくなったな。いや、そっちの方がオレは良いんだけど、何か心境の変化でもあったんだろうか。


 オレが思考を巡らせ始めた時、ここぞとばかりにシオンは指摘する。


「ほら、また他者のことをお考えになっていらっしゃいませんか? ゼクスさまに関してのお話をしていたのに」


「あー……」


 なるほど。確かに、自分への関心は薄いや。オレの話よりも、他の人の話題に気を取られる。


 うーん。こうやって実例を出されないと自覚できないのは、かなりの重症だ。どうしたもの――ん?


「どうかいたしましたか?」


 オレが固まったのを見て、シオンが怪訝そうに尋ねてくる。


 オレはあっけらかんと答えた。


「いやな。ここまで言われ続けないと自覚できないくらい重症なら、もはや手の施しようがないってことだし、治す必要はないかなって。そんな労力を割くより、他のことに手間を惜しんだ方が生産的だろう」


 それを聞いた彼女は、両手で頭を抱えて座り込んでしまった。見れば、他の重役たちも頭を抱えている。


 えっ、何ごと?


「どうしたんだよ、みんな」


 オレがそう問うと、全員が顔を上げて叫んだ。


「「「「「「「あなたのせいですよ!」」」」」」」


 わお、息ピッタリ。


 今日もフォラナーダ伯爵領は平和だった。






 ちなみに、シオンの言っていた『ご自身のこと』について、後日改めて尋ねたところ、詳細が判明した。


 何でも、オレの評判が著しく低下しているらしい。表向き、オレは内乱へ参戦しなかったため、『弟妹を戦場へ行かせたのに、自分は安全な領地に引きこもった臆病者』なんて囁かれているんだとか。


 ふーむ、何が問題なんだろうか。カロンの評判同様に想定内のことだし、この程度の噂話は放置でも良いと思うんだが。


 そんな返しをしたら、執務室の時と同様のお叱りを受けてしまった。解せぬ。




――――――――――――――――――――


Chapter1は本日で終了です。

明日より数日間は幕間を投稿し、その後はChapter2へ移行します。

これからも、拙作の応援をよろしくお願いいたします!

 

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