Chapter1-5 内乱(3)

 夜遅くに招集したにも関わらず、作戦会議は三十分とも置かずに始まった。今日の残業届は一通も提出されていなかったはずだが、はて?


 オレが会議室に集った面々を訝しげに見ていると、一同を代表して、家令のセワスチャンが口を開いた。


「恐れながら、ゼクスさまとカロラインさまなら必ず援軍を出すはずだと、我々は予想していたのです」


 慇懃に語る彼の声音には、どこか温かみを感じられた。見れば、他の皆も柔らかい笑みを浮かべている。


 何とも言えない照れくささがあった。


 オレは眉根を寄せ、あらぬ方向へ視線を逸らす。


「何故だ? すでにオレの決定は伝えていたし、どう考えても援軍を出すメリットはないぞ」


「尊い立場でお考えになるのでしたら、先刻のゼクスさまの決断が正しいのでしょう。しかし、我々は日頃のゼクスさまとカロラインさまを存じております。身内への情に厚いお二方が、オルカさまのご実家の危急を捨て置くとは思えませんでした」


「弟妹のお二方を、心底可愛がっておられるゼクスさまですからね」


「必ずやオルカさまのお心が救われる決定をされると、信じておりました」


「いつも突拍子のない行動をなすお方が、ここで妥当な守りに入るとは考えられませんからね」


 セワスチャンから始まり、集まった部下たちが思い思いの発言をする。どれもこれも遠慮ない内容で、仕える貴族へ向けたとは考えられない言葉の数々だ。要するに、オレのことを『シスコン&ブラコンかつ常識外れ』だと評しているんだから。


 でも、すべて親愛に溢れていた。そんなアナタだから仕えているんだ。そう言外に伝えているのが分かる。


 オレがフォラナーダの実権を握った当初――いや、それ以前でも、ここまでの親密さを向けてくれる彼らではなかった。カロンの教育をオレが行おうと決意したように、むしろ真逆の印象の人々だった。


 それが変化したのは、この数年の努力の結果なんだと思う。カロンを守るため、必死に政務や訓練に務め、部下たちとのコミュニケーションを頑張ったからこそ、彼らと打ち解けられたんだ。


 部下たちが信頼に足る人材に育ってくれたこと。そして、長年の努力がちゃんと実を結んでいること。それらを実感し、胸が熱くなる。


 彼らとならば、内乱に介入した後の問題も、何とか乗り越えられるかもしれない。


 正直、一抹の不安を拭えていなかったオレだが、今は違った。確かな希望を見出せていた。


 クククッと笑声を溢す。


「好き放題言ってくれる。それじゃあ、キミらの望む通り、破天荒な作戦を立ててやろうじゃないか」


 その後の作戦会議が大いに紛糾したのは、言うまでもなかった。








 会議が終わり、部下たちが各々の役割を果たすために散っていく。


 そんな中、オレはシオンに声をかけていた。彼女だけを連れ、人目の入る心配のない場所――オレの私室へ移動する。


 部屋の扉を閉め、周辺に聞き耳を立てている者がいないのを確認するや否や、オレは話し始めた。


「カロンの光魔法の情報、王宮へ流していいぞ」


「え?」


 シオンは呆けた声を上げた。


 無理もないか。今まで黙っていろと脅していたのに、急に真逆の命令を下したんだから。彼女からしてみれば、かなり突拍子のない話題だっただろう。


「えーと……いったい、どういうことなのでしょうか?」


 案の定、意味が分からないといった様子で、シオンは尋ねてくる。


 オレは順序立てて説明することにした。


「ビャクダイ男爵への援軍。その作戦内容は頭に入ってるよな」


「はい。私もゼクスさまのお傍で会議を聞いておりましたので」


「よろしい。今回の援軍は、かなりシビアなスケジュールになってる。すでに内乱は始まってるのに、フォラナーダ伯爵領からビャクダイ男爵領まで、通常なら馬車で一ヶ月はかかるからな。全力で行軍しても、ビャクダイ男爵家が無事か怪しいところだ」


「ゆえに、カロラインさまをお連れするのですよね」


「その通りだ。カロンの光魔法が、今回の作戦の肝となる」


 そう。内乱の援軍には、カロンが参戦する。


 というのも、前述したように、普通に援軍を送っても間に合うか怪しいんだが、彼女の光魔法があれば、その常識を覆せるんだ。


 光魔法は回復系に特化している。当然、その中には【疲労回復フルエナジー】は無論、【体力増強タフネス】という術式もあった。それらを用いれば、止まることなく馬を走らせることができ、大幅に時間短縮できるわけである。


 また、戦にはケガ人が付きもの。彼女の回復魔法は、確実に必要になる。


 この二点とカロン本人のやる気により、オレは彼女の同行を了承した。


 本当は連れて行きたくはない。何せ、人の死が普遍的に存在する戦場、残虐な戦いが繰り広げられていると分かり切っている場所なんだ。そんなところへ、好き好んで最愛の妹を行かせたくはない。


 しかし、血涙は飲み込んだ。今後の一神派の妨害を考慮すれば、カロンは前線に出た方が良い流れになる。


 もちろん、彼女に危険が及ばないよう、オレやフォラナーダ騎士団の精鋭が護衛する。精神負担が大きい場合も、精神魔法で整える。アフターケアを怠るつもりはなかった。


 カロンの必要性を説いたところで、話を戻そう。


「内乱への援助において、カロンはかなり活躍するだろう。その結果、彼女が光魔法を発動できる事実は公になる。そもそも、隠すつもりもない」


「ああ。だから、王宮へ伝えても良いと……」


 ようやくシオンは理解を示した。


 彼女の様子を認めつつ、話を続ける。


「どっちにしろ、カロンのことは周知の事実になるんだ。それが少し早まるだけだから、何の問題もない。シオンも、得た情報を黙っていたなんて、向こう側に知られたくないだろう。『義弟の実家の危急に奮起し、光魔法の行使が可能になった』とでも脚色すればいいよ」


「その通りですが……」


 シオンにとっては美味しい話のはずだが、何故か釈然としない表情を浮かべていた。


 何が引っかかっているんだ?


 オレは首を傾げ、彼女に促す。


「何か疑念があるなら、遠慮せずに訊いてくれ。些細なすれ違いが、のちの問題を生む可能性だってあるんだ」


「えーっと」


 シオンは、言葉にするのを躊躇ちゅうちょしているようだった。


 そんなに言いづらい内容なのか? まったく心当たりがないんだけど。


 シオンの態度に困惑しながらも、オレは彼女が口を開くのを待った。あせっても事態は好転しない。


 一分後。心の整理がついたようで、シオンはゆっくり話し始めた。


「どうして、私の事情を考慮してくれるのでしょうか?」


「うん?」


 イマイチ意図が掴めず、小首を傾ぐ。


 そのオレの態度で、彼女も言葉が足りないと理解したようだ。手をワタワタさせつつ、改めて語る。


「私の王宮での立場は、ゼクスさまには関わり合いのない話のはずです。カロラインさまの情報を流さなかったせいで私が王宮より糾弾されようと、ゼクスさまには何の痛痒つうようもありません。それなのに、どうして配慮してくださるのでしょう?」


「なるほど、そういうことね」


 やっと得心がいった。


 確かに、シオンが王宮側より何をされようと、オレには全然ダメージはない。多少警戒されるかもしれないが、彼女は初任務だし、現状のフォラナーダは甘く見られている。彼女の不手際で処理される可能性が高いだろう。


 つまり、オレにシオンを手助けする理由は存在しないわけだ。


 むしろ、助けない方が利益になるくらいか。いくらカロンの事実が公になるとしても、ギリギリまで秘密にしておいた方が、余計な茶々を入れられずに済むのだから。


「何て言ったらいいかな……」


 回答は決まっていた。それを、どのようにシオンへ伝えるべきか、思考を巡らせる。


「シオンが信用に足る部下だと、オレは考えてる。だから、キミの不利益にならないようにしたかった。それが答えかな」


 過去に脅しておいて言える言葉ではないのは承知しているが、この表現が適切だろう。


 協力関係を結んでから約四年。その月日で彼女の為人ひととなりを知り、信用できると判断したんだ。かつての盗賊狩りの時みたいに、オレを始末できるタイミングを見逃していたことも大きい。


 対してシオンは、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべていた。まさかの返しだった模様。


 オレの言葉をゆっくり咀嚼して、彼女は口を開く。


「信用できるって、本気ですか? 私はスパイなのですよ」


「二言はないよ」


「……」


 即答すると、またもや絶句してしまった。オレの返答は、驚きの連続らしい。


 シオンは頭痛でも起こしたのか、眉間をグリグリと指で押さえる。


「無礼を承知で申し上げますが、ゼクスさまは相当の変わり者でございますね」


「よく言われる。作戦会議でも言われたばっかりだ」


 毒を吐くように語るシオンだったが、オレは笑顔で返してやった。


「はぁ」


 すると、シオンは溜息を吐き、その場で優雅に一礼する。


「恩情をかけてくださり、誠にありがとうございます。このご恩は、決して忘れはいたしません」


「大袈裟な気はするけど、感謝は受け取るよ。ほら、時間もないし、動いた方がいいんじゃないか?」


 オレは苦笑いし、もう自由にして良いと促す。


 それを受け、シオンは再び一礼してから、部屋より退室していった。


 自室に一人残ったオレは、密かに溜息を吐く。


「とりあえず、シオンへの処遇は、これでいいかな」


 いつまでも脅迫関係だけでは亀裂が生まれると考えていたゆえに、こちらの信用を打ち明けた。


 彼女はスパイとは思えないほど甘い。それこそ、転職を勧めたいくらい。


 そんな彼女なら、オレが信用していると伝えれば、きっと心を寄せ始める。利害関係は、いつか信頼し合う関係に変わる。


 打算に塗れていて申しわけないが、これもオレとカロンの未来のため。信用しているのは嘘ではないので、多少の詭弁は許してほしい。


 自分の腹黒い部分に嫌気を示しつつも、オレはベッドに寝転がった。


 もう夜明けも近いが、明日から忙しくなる。少しでも睡眠を確保しておくべきだろう。


 思った以上に疲労が溜まっていたらしく、数十秒でオレは夢の世界へと旅立った。

 

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