Chapter1-4 冒険者(4)

ブックマークが500を超え、異世界ファンタジーの週間ランキングも51位に到達いたしました。総合は89位です。ありがとうございます!

引き続き、拙作をよろしくお願いします。

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 オレの受けたランクEの依頼は、グレーウルフの群れ一つの討伐だった。繁殖期を終えて個体数を増やしたらしく、新しい餌場を探した群れの一つが、街道付近に出没するようになってしまったんだとか。


 ランクEの依頼だけあって、グレーウルフはそこまで強くない。見た目は名前通りの灰色狼で、体格は中型犬程度。五、六匹の群れをなすが、知能はそこまで高くないため、待ち伏せや囮などの警戒も必要ない。未熟な冒険者でも、二、三人で組めば問題なく狩れる相手だ。


 無論、その辺の戦闘職よりも圧倒的に強いオレなら、苦戦する要素は微塵もなかった。到着して早々、両手に握った短剣を用いて瞬殺した。


 グレーウルフはいつもの狩場裏山にもいたし、どうやれば殺せるか覚えていた。お陰で、すべて一撃を持って即死させられた。おそらく、最高品質で素材は売れると思う。お金が増えるよ、やったね!


 ――と、オレは簡単に依頼を完了できて喜ばしかったんだが、同行者の二人は異なる見解らしい。むぅぅぅと唸りながら、仏頂面を下げていた。


 彼らが不機嫌な理由は、オレがさっさと依頼を達成させてしまったためである。せっかく魔獣と戦えると意気込んでいたところ、僅か五秒で片づけてしまったのが気に入らないんだ。たぶん、魔獣相手に活躍する自分をイメージしていたんだろう。


 呆れを顔に浮かべながら、オレは二人へ声をかける。


「だから、言ったじゃないか。一緒に来たって楽しくないって」


「それはそうですけど……」


「だって……」


 グレーウルフの討伐を引き受けた後、「一瞬で殲滅するから、一緒に来てもつまらないぞ」と伝えていた。それを押して同行を選択したのは彼らなんだから、こうしてスネられても困る。


 とはいえ、強く指摘するのも酷か。二人とも、まだまだ子ども。好奇心に身を任せたせいで失敗することもあるだろう。保護者としては、それをたしなめつつも、温かく見守るのが最善かもしれない。


 小言も程々に、唇を尖らせる二人の頭をワシャワシャと撫でる。


「わわっ!?」


「お、お兄さま!?」


 オルカもカロンも、驚いた様子を見せながらも、拒絶する感じはない。むしろ、嬉しそうに目を細めていた。


 機嫌が直ったのを確認してから、オレは一つの提案を持ち出す。


「街道から離れて、繁殖したっていうグレーウルフの巣でも探してみようか」


「「えっ」」


 オレのセリフを聞き、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をする二人。依頼を達成したのに、仕事外の手間をかけようって言うんだ。疑問に思うのも当然か。


 何も、これは二人の機嫌を窺ったわけではない。今回の依頼を受けた時点で、巣の確認まで目途に入れていた。


 というのも、グレーウルフの群れ一つを討伐したところで、この問題は根本的に解決できてない。繁殖のしすぎで溢れた群れが現れたのだったら、少し時間を置けば、再び溢れる群れが出てくるはず。


 問題の根本である巣自体に対処しないと、いつまでも依頼は出続けるだろう。最悪、街道を通った一般人が襲撃される状況へ発展する恐れだってある。早期の解決が望ましかった。


 かといって、ギルドに街道より逸れた場所への討伐依頼が発注されるかといえば、それはあり得なかった。


 何せ、肝心のグレーウルフの巣は、人気ひとけのない森の内地に存在すると推定される。人のいない場所の魔獣駆除を依頼する奇特な人物なんて、普通は現れない。冒険者の魔獣狩りは、人間の生活圏に入り込んだものや人間に危害を加えたものが大半だった。


 こういう領内の保安に関わってくる種類は、基本的に領主などの支配者側に回され、騎士団が派遣される。


 あけすけになく言ってしまえば、“管轄が違います”というやつだ。どこの世の中もお役所仕事である。


 話を戻す。


 そこで、オレの立場を思い返してほしい。領主の息子であり、事実上の領の運営者だ。つまり、オレは今回の騒動を収める側の人物ということ。部下たちに任せても良いけど、せっかくの経験値稼ぎのチャンスだし、自ら向かおうと判断したわけだ。


 まぁ、本当は後日改めて行こうと考えていたんだが、あそこまで露骨に落ち込まれると、何とかしたくなってしまうのが兄心。シスコンやブラコンのそしりは、甘んじて受けよう。逆に、褒め言葉だと感じるくらいだ。


 というわけで、その辺りの説明を二人にもして、オレたちは街道のある草原を超え、近場の森林へ入る。


 良い機会なので、二人には索敵を経験させてみた。オレの前に、キョロキョロと周囲を見渡す愛らしい弟妹の姿がある。かわゆす。


 オルカも含まれてるのかって? 当然だろう、義理とはいえ弟なんだから。そも、彼の容姿は可愛らしすぎなんだよ。たまに、本当に男なのか疑わしくなる。一緒に入浴したこともあるため、男なのは確定しているけどさ。


 二人とも、それぞれの魔法適正による探知魔法は習得しているので、安心して任せていられる。


 役に立てている実感が持てているお陰か、かなりやる気になっているようだ。滲み出ている魔力より、相当喜んでいるのが窺える。これほどまでに気合を入れているなら、まず失敗はしないと思う。


 一応、いつでもフォローできるようには構えているけど、今のところ問題はなさそうだな。


 三人で固まって歩くことしばらく。いよいよ本命の登場だった。オレの探知術に、グレーウルフの複数の群れが引っかかったんだ。


 オレが敵影を捉えてより一時間後、前を歩いていた二人も気づいたらしく、不意に足を止めた。


 ふむ、二人同時に気づいたのか。てっきり、オレと鍛錬した時間の長いカロンの方が、先に補足すると考えていた。とても興味深い結果だ。


 考えられる要因は、オルカの索敵への適性がかなり高い可能性。


 もったいぶった言い方をしたが、十中八九、この推論で決まりだろう。


 ゲームでのオルカの役割は支援者サポーター、それも斥候寄りの魔法に秀でたキャラだった。一方のカロンは、火魔法による大火力で攻めるキャラ。どちらが探知を得意とするかなんて、火を見るよりも明らかだ。


 それにしても、探知のみとはいえ、たった半年でカロンの腕に追いつくとは驚いた。


 確か、カロンは半径一キロメートルと少しまで探知できるはず。フォラナーダの暗部への所属条件の一つが、探知範囲二キロメートルだったから……あと半年も鍛錬すれば、プロと同レベルに至る確率があるわけか。さすがはゲームの主要攻略キャラ。潜在能力がすさまじい。


 オレが感心している間に、探知を続けていた二人は、グレーウルフの群れの詳細を調べていたようだった。探知に意識を集中させ、それより既知とできた情報を、お互いにすり合わせている。


 情報の齟齬が起こらないよう、もう一人と確認し合うのは素晴らしい判断だ。


 しかし、別の観点から、オレはカロンたちを叱らねばならなかった。


「二人とも」


「「ッ」」


 オレが話しかけると、カロンとオルカは同様に身をすくませた。


 こういうタイミングでのオレの発言は、たいてい怒られる時だと学習しているらしい。


 苦笑いを浮かべつつ、オレは続ける。


「探知の精度は高いし、二人で得た情報のすり合わせを行ったのは良かった。でも、グレーウルフを発見した後の探知の仕方がダメだったな」


「探知の仕方、ですか?」


 カロンは心当たりがないのか、おどおどと首を傾げている。


 逆に、オルカは得心がいったようだった。「あー」と声を漏らしながら、両手で顔を覆っていた。


 こういうところで性格が表れるよなぁ。カロンは良い意味で思い切りが良い、悪く言えば大雑把。対して、オルカは些か度胸が足りないけど、慎重で視野が広い。


 あらゆる点で正反対な二人だけど、相性は良いんだ。お互いの及ばないところを補完し合える。観察などの細かい作業はオルカに任せ、決断を求められる部分はカロンが担えば完璧だろう。


 閑話休題。


「オルカ、何に気づいたのか答えてくれ」


 オレが叱責したい問題を、オルカは把握したようなので、彼に回答してもらうことにする。


 オルカは覆っていた手を外し、オレを真っすぐ見つめた。


「グレーウルフの発見に浮かれて、奴らばっかり探知してた……」


「うん、正解だ」


 悔しげに語る彼に、オレは首を縦に振る。


「その通り。ここはグレーウルフ以外にも危険が多い森の中だっていうのに、索敵を任せてた二人が、そろって周囲への警戒を怠るのは致命的なミスだよ。襲ってくれって言ってるようなもんさ」


 指摘を受け、カロンも理解が及んだ模様。口元を手で覆い、コクコクと頷いている。


 ただ、完全に納得したわけではないみたいで、


「お兄さまがいらっしゃったのですから、大丈夫なのでは? お兄さまが問題提起しておられるのは、誰も周りを警戒していないことでしょう」


 と、反論を口にした。


 やや生意気に感じられる語調だったが、オレは気にしない。


 何かを教わる際、気になった点を素直に尋ねられるのは良いことだ。オレの意見が絶対ではないし、こういった反論は大歓迎である。


 まぁ、今回はオレの方が正しいんだけども。


「確かに、今回はオレがフォローしてた。でも、それはオレが監督役として気を配っていたから出来たことだ。普通のパーティーの場合、索敵役が周囲警戒を放り出すとは考えないだろう? 対象の情報収集に集中するのは良いけど、仲間へ事前に声をかけなきゃダメだよ」


「それは……正論ですね。申しわけありません、反省いたします」


 オレが滔々とうとうと語ると、彼女は素直に頭を下げた。


 こういう素直なところは、カロンの美点だね。真面目ゆえに、納得できない部分は徹底して解明しようとしてしまうけど、自分の間違いはキチンと認められる子だ。


「相手を調べながらも、周囲警戒ができるのがベストかな。無理そうなら、それが可能な距離まで詰める。もしくは、他のメンバーに警戒を手伝ってもらうこと。今回の場合は前者がいいだろう。グレーウルフの感知範囲は、もっと狭いからね」


 二人が得心できたのを認めたので、オレはアドバイスを送った。


 そう大した内容ではないんだけど、カロンたちはキラキラした尊敬の眼差しで「分かりました!」と返事をくれる。少し照れくさいな。

 

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