Chapter1-2 盗賊(6)

「本当に、盗賊を殲滅するのですか?」


 深夜、領境に近い森を駆ける最中。領城を出てより百度目となる問いを、シオンが投げかけてくる。


 いい加減にしてほしいところだが、こちらの身を案じてだと考えれば無下にはできない。


 オレは変わらない返答をする。


「嗚呼、鏖殺おうさつする」


 可能性は低いが、盗賊がチンピラたちの捜索を続ければ、いつかは真実に辿り着くかもしれない。そうなると、カロンの光魔法が露見する確率も出てくる。それは何としても避けたい。


 不安の芽は、残らず一掃するのが手っ取り早い。それが悪人なら、余計に殲滅すべきだ。


 加えると、オレの戦力の確認の意味もある。


 前回のチンピラ戦では、色々と考えさせられた。接近戦の脆弱さはもちろん、敵対者の力量が図れないのも問題だった。その辺の課題を、この一週間でできるだけ解消したつもりだ。実験台の犠牲は無駄にはしない。


 盗賊のレベルや規模によっては、オレ単独で対処できないことも考慮すべきだが、その時の保険であるシオンは用意してある。彼女はレベル35程度あるみたいので、盗賊くらいは物ともしないはずだ。現に、彼女はオレの心配はすれど、自分の心配は一度もしていない。


 嗚呼、何でシオンのレベルが分かるのかは、オレが新しく開発した術式の効果だ。対象の魔力や精神を走査し、ゲーム知識を照らし合わせてレベルを算出するというもの。術式名は、そのまんま【鑑定】。


 現時点では精神の表層しか調べられないため、だいたいのレベルしか把握できないが、自分のレベル以下の相手なら探知術越しでも鑑定できる。我ながら強力な武器を作れた。


 全力の身体強化で駆けること三時間ほど。馬車で二日はかかる距離を走破し、盗賊のアジトへ到着した。敵の住処は、森の中にある洞窟のようだった。


 ちなみに、シオンは息を切らしながらも追随している。素の身体能力の差に加え、向こうは風魔法で加速していたため、同行を可能としていた。


「はぁはぁ。ゼクスさま、早すぎます」


「ちゃんと追いつけてるじゃないか」


「こちらは風魔法の【加速】を多重行使しておりますからね。【身体強化】単体でこの速さは、正直言って異常ですよ」


「そりゃどうも」


 シオンは手放しで褒めてくるが、オレは素直に喜べなかった。


 オレが求めているのは、他の追随を許さない“最強”だ。属性魔法師と並べる程度では、満足できるはずがない。現時点での速度比を考慮すると、最低でも八倍は必要かな。もっと精進しよう。


「賊は……見張りが二人、出入り口より入ってすぐの部屋に五人、その奥の部屋に就寝中の者が十人、最奥に三人います」


 風魔法の【探知】を使ったらしいシオンが、敵の情報をオレに伝えてくる。


 日頃ドジを踏みまくっている彼女だが、こういう行動の早さは、さすが王宮よりの刺客だと感心できる。


 念のため、オレも探知術を放った。おおむねシオンの報告と同じで、奥の三人以外は平均レベル18といったところか。だが、一人だけ極端に魔力の小さい輩が存在した。最奥に陣取るうちの一人だった。


 普通に考えれば弱者なんだが、それはおかしい。本当に弱いなら、探知術越しでもレベルを鑑定できるはずだからだ。


 疑問に思ったオレは、すぐに彼女へ尋ねる。


「一人、とても気配の小さい者がいるけど、なんか妙だ」


「ゼクスさまの探知は対象の魔力を図るのですよね。でしたら、その者は魔力を隠蔽する技術を有しているのでしょう。たいていの場合、そういう手合いは強者です」


「なるほど」


 そんな技術もあるのか、参考になるな。


 シオンが傍にいる状況で、この手合いに出会えたのはラッキーだった。彼女の知識がなければ、何も知らずに突っ込んでいたかもしれない。


 しかし、魔力隠蔽なんて技術が存在するのだとしたら、この探知術も改良が必要だな。盗賊程度でここまで抑えられるのなら、もっと強者になると、完全に気配を絶てる確率が高い。帰ったら改良案を模索しよう。


 そう心に誓いつつ、オレは早速打って出る。


「オレが先行する。シオンは、いざという時のフォローを」


「承知しました」


 オレに遅れて、シオンは後ろを走る。彼女は、オレがピンチに陥った場合のみ、手を貸すことを許可している。今回は、あくまでオレの実地訓練だ。


 オレは魔力で全身を包み、【偽装】で夜闇に擬態する。まだ完全に【偽装】を習得したわけではないが、見通しの悪い夜中なら問題ない。


 見張りの二人はまったく気づくことなく、オレの接近を許した。オレはシオンに調達させておいた短剣――普通の剣は、体格の関係で持てない――で彼らの首を薙ぐ。


 魔力をまとわせた短剣は、その切れ味以上の効力を発揮し、見張り二人の首を吹っ飛ばした。


 まだ隠密行動を続けたいので、事切れた二人の体をそっと受け止める。血飛沫をもろに浴びるが、こればかりは仕方ないと割り切る。


「ふぅ」


 音を立てないように死体を地面へ下ろすと、オレは小さく息を吐いた。


 前世を含めて、初めての殺生だった。動物どころか人を殺した。その衝撃は思った以上に大きい。心臓がバクバクと脈動し、アドレナリンが分泌されているのか、気分が高揚している。


 ただ、予想に反して、気持ち悪さはなかった。いや、肉を斬り裂く感覚は間違いなく気持ち悪かったけど、吐き気を催す風な気分の悪さはない。色々と身構えていたために、些か拍子抜けだった。準備していた【平静カーム】も無駄である。


 殺生に対して、オレはそこまで忌避感を覚える人間ではなかったらしい。幸いと言うべきか悩むところではあるが、今後を考えると良かったんだろう。殺す度に精神魔法で落ち着かせていては、そのうち心を壊しそうだし。


 小さく呼吸を繰り返して高ぶる気を落ち着けると、オレは洞窟へ向けて走った。


 内部は、想像していたよりも清潔だった。天然のモノに手を加えた感じか。自然さと不自然さが同居した、妙な雰囲気のする場所だった。


 一分もしないうちに、最初の部屋へ辿り着く。


 ここは交代の見張り番が待機するところらしく、起きている輩と眠っている輩が半々だった。


 灯りがあるので完璧に姿を隠すのは難しいが、魔力をまとったまま突入する。


 当然、侵入者に気がつく、起きていた三人。だが、不意を打たれたのは確かで、武器を構えるのに時間がかかった。


 一人は、気取らせることなく喉を斬った。


 一人は、こちらの存在に気づかれたものの、体勢を変える間も与えずに首を落とした。


 一人は、武器を手に取るまでは動かれたが、一度も剣を交えず頭を地面に転がした。


 ここまで、部屋に侵入してから数秒のできごと。彼らの死体が地に倒れる音しか鳴っていない。


 残る二人は、闘争の気配を感じて目覚めようとするが、それよりもオレの動きが早かった。ざっくりと喉へ短剣を突き立て、その命の灯を掻き消す。


 順調だ。探知術より伝わる感触的に、未だオレの襲撃は気づかれていない。さすがに、次の十人との戦闘で隠密を続けるのは無理だけど、何人かは暗殺で始末できるはず。


 充満する血の匂いに眉をひそめつつも、オレはさらに奥へ進んだ。この匂いが敵に届いては、せっかくの隠密行動が無駄になってしまう。


 次の部屋は寝床のようで、全員が眠りについていた。灯りも落としてあり、【偽装】による擬態が十全に活きる。


 オレは、入り口付近の者から殺していった。喉と心臓を一突きずつ刺して命を奪っていく。


 途中で襲撃に気づかれるが、もはや関係ない。火を灯そうとする者を優先して狙い、灯りがつく頃には残党二人まで削れた。暗がりの襲撃のせいで混乱したのか、魔法を使われることなく、何人か同士討ちさせられたのも大きい。


 嗚呼、オレは暗闇でも問題ない。【身体強化】によって五感を研ぎ澄ませているから、昼間と変わらず行動できる。


 盗賊二人を前にして、オレはわざと【偽装】を解く。


 すると、敵二人は驚愕の表情をした。たぶん、襲撃者が五歳の子どもで度肝を抜かれたんだろう。


 気持ちは理解できるけど、これだけ味方を殺されておいて隙をさらすようでは、殺してくださいと言っているようなものだ。


 オレは再度【偽装】を展開、半透明状態になる。


 本来なら、目の前で中途半端な擬態をしても、何の意味もない。


 しかし、盗賊二人はオレの正体を見て動揺していた。しかも、精神魔法で動揺をあおった。そんな状態で、唐突に半透明になった人間を認識できるはずがない。オレを見失った二人は、瞬く間にオレの手で斬り殺された。


 【偽装】と精神魔法のコンボは、想定以上の効力を発揮している。今の相手の戦力はオレと同等くらいだったが、一方的に蹂躙できた。敵に本来の実力を出させないのが大きいんだろう。オレの弱点である、技術力のつたなさも上手くカバーしているし。


 さて、あとは奥にいる三人か。

 

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