Chapter1-2 盗賊(7)

 喉を裂いた盗賊の死を確認し、息を吐く暇もなく先に進もうとしたところ。


「ッ」


 オレは奥へ続く入り口に向かって身構えた。生き残っているうちの二人が、こちらに向かってきているのを感じ取ったためだ。


 程なくして、盗賊が姿を現す。


 一人は、たいそう大柄な男だった。二メートルくらいはあるだろうか。盗賊らしい粗野な容貌で、体格に適した大斧を肩に担いでいる。


 もう一人は細身の男だ。相方のせいで小さく見えるが、身長は百八十程度あると思う。体格もガッシリしているし、立派な戦士の風貌だった。すでに片手には長剣を持っており、臨戦態勢である。


 こいつら相手に、オレの【偽装】による隠密は通用しなさそうだ。今までの賊とはレベルが違うように感じる上、正面から相対してしまっている。仮に魔法で精神を乱しても、即座に適応する確率が高かった。


 であれば、純粋な戦闘で決着をつけるしかない。一応、そういう方面の訓練も積んできたんだ。何とかなると信じよう。


 オレは腰に差していた二本目の短剣を持ち、二刀流で立ち向かう。短剣の持ち味は、取り回しやすさと手数の多さ。その利点を最大限に活かすんだ。


 ドンッ!


 【身体強化】を足に集中させ、弾丸の如く飛び出す。予備動作も重心移動もない、完璧な不意打ちのスタートを切れたと思う。実際、敵の二人は、オレが自分の攻撃範囲内に潜り込んだ時点で、こちらの接近に反応していた。驚愕の気配も取れるので、良い出だしだったはず。


 優先するべきは剣士の方だ。斧使いは得物が大きすぎて、この洞窟内では力を発揮し切れない。ゆえに、厄介な敵を先に潰すことにした。


 片方を順手に、もう片方を逆手に持って短剣を振るう。すでに長剣の射程範囲より内側に入り込んでいるので、敵は上手く攻撃できずにいた。対して短剣かつ小柄なオレは、一切の制限を受けることなく斬撃を繰り出す。


 一閃、二閃、三閃。超インファイトの剣戟はこちらの圧倒的優位に進み、短剣を振る度に敵の傷を増やしていった。


 ちなみに、斧使いの方は、完全に攻めあぐねている。オレと剣士が密着しすぎているし、攻撃のほとんどが大ぶりだから回避しやすいんだ。


 純粋な剣術では、確実に敵の方が上だろう。こんな状況でも、致命傷を負わない立ち回りができている。しかし、完全にオレのペースに持ち込めていた。


 身体能力差や間合いの優位によるアドバンテージ、というだけではない。もう一つ、オレを有利にする手札が存在した。


 【鑑定】に次ぐ新しい術、その名も【先読み】である。


 これも名前のまんまだな。精神魔法で対象の敵意や殺意を読み取り、それによって相手の攻撃軌道を察知するんだ。敵意と殺意のみに絞っているため、かなり正確な軌道算出をできるのが長所だ。


 こちらの斬撃が一方的に命中し、傷口が増え、それに伴って出血も多量になる。結果、剣士の動きは精細さを欠いていった。何とか保っていた均衡は崩れ、ついに致命的なケガを負ってしまう。


「はッ!」


「ッ!?」


 オレの放った裂帛れっぱくの一撃が、剣士の右手首をかすめる。


 ここまで追い詰めて、ようやくかすめる・・・・程度なのは、本来の実力差ゆえに仕方ない。それでも、このかすり傷は戦いに終止符を打つものだった。


 何せ、利き腕の手首にケガを負ったんだ。大きく戦力を落とすことはなくとも、緻密だった剣術に誤差を生じさせるだろう。オレは、その間隙かんげきを狙えば良い。


 目論み通り、程なくして剣士の動きが鈍った。


 オレは順手で握っていた短剣へ、さらに魔力を込める。


 盗賊狩りを始めた際より平然と行っていたが、この武器へ魔力を送る技術を【魔纏まてん】という。【身体強化】の道具版みたいなもので、魔力を送り込んだ無機物の性能を向上させるんだ。


 【身体強化】と類似しているということは、当然ながら同様のデメリット――魔力を流しすぎると対象が破損してしまう――が存在する。だから、一般的には普通の道具には使われず、魔力許容量の大きい魔鉄や魔鋼、ミスリルなどの素材を使用した武器に行使される術だ。それでも、効果量は二、三割上昇程度しかないけど。


 一応言っておくと、オレの持つ短剣は鋼鉄製である。【魔纏】も、対象の構造を理解することでデメリットを解消できるんだ。


 ただ、オレは鋼鉄に詳しいわけではないから、【身体強化】ほど無茶ができるわけではない。頑張って三倍くらいかな? あと、一般的に【魔纏】が使われる魔鉄やミスリルなんかは実物さえ見たことがないため、現時点では逆に弱体化する。使いこなせれば強くなれるとは思うので、将来的な課題になるだろう。


 そんなわけで、三倍強化の【魔纏】を初っ端から発動し続けているため、ただの短剣でスパスパと盗賊たちの首を斬り飛ばせていたんだ。斬れ味が向上しすぎて、血の一滴も付着していないのは、我ながらすごいと思う。


 ――で、それほどの高威力を持つ短剣で、剣士に向かって何を企んでいるのかというと、


「――シッ」


 僅かにガラ空きとなった剣士の胴体目がけて、オレは横薙ぎの一閃を放った。


 闘気によって熱気を孕んでいた空気が、冷や水を浴びせられたように鎮まり返る。


 一秒、二秒、三秒と、誰もが硬直して動かなかった。おそらく、オレが放った気迫に、二人とも気圧されてしまったんだろう。


 そして、四秒後。事態は動き出す。


「ごふっ」


 剣士が吐血した。血を吐いたのは口からだけではない、腹からも大量の血液を流す。


 それから、剣士はゆっくりと倒れた。腹から真っ二つになって、その身を地に伏した。


 通常、短剣で人間を真っ二つにはできない。威力やリーチが足りないからだ。


 だが、それを魔力が可能にした。【身体強化】と【魔纏】で威力を極限まで上げ、敵に刃が食い込む瞬間だけ、実体化させた魔力で刃を延長した。


 実体化で消費する魔力が半端ではないため、何度も使える技ではないが、短剣の弱点を補いつつ敵の不意を打てる、優秀な必殺技だった。


 敵を一人倒した。本来なら喜ばしいことだけど、オレに気を休める暇はなかった。


「ぐっ」


 剣士が倒れた直後、オレは殴り飛ばされた。


 【先読み】でとっさに受け身を取り、【身体強化】を切っていなかったお陰で大きなケガはないが、子どもの軽い体重のせいで盛大に吹き飛ばされる。反対側の壁に衝突し、ようやく空中浮遊が終わった。


「ごほっ、ごほ――ッ!?」


 急な攻撃のせいで咳込むが、呑気に息を整える時間はない。オレ目がけて、大斧の刃が振り下ろされる。

 

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