Chapter1-1 ゲームの世界(1)
カロンことカロライン・フラメール・ユ・サリ・フォラナーダは、非業の死を遂げる運命を定められている。
どうして断言できるのか。それを説明するには、まずオレ自身の秘密を語る必要がある。
感づいている者も多いかもしれないが、オレ――ゼクスには、生まれながらにして前世の記憶が存在した。二十一世紀の日本を生きた一人の男の記憶が、しかと脳裏に焼きついているんだ。いわゆる、異世界転生者という奴である。
生まれ変わった直後は、酷く混乱したものだ。何せ、オレは前世で死んだことをハッキリ自覚しており、死んだかと思ったら赤ん坊になっていたのだから。まさか、自分が小説や漫画のような事象を経験するとは夢にも思うまい。
最初のうちは、小説でよくある転生者らしい生活を送っていたと思う。周りの人の会話に耳を立てて世界の情報を集め、この世界に魔法が存在すると知ってからは、瞑想などで魔力の鍛錬を始めた。
しかし、一歳の誕生日を迎える一ヶ月前――カロンの誕生により、自分がどのような世界に転生したかを突きつけられることになる。
ここは前世で販売されていたゲーム、『東西の
何故かといえば、妹のカロンは主人公の片翼――聖女側の物語で、ラスボスとして登場するからだ。名前も、金髪紅目という容姿も、年齢以外はゲーム内の彼女と同じなので、まず間違いない。
元々、嫌な予感はしていたんだ。耳に入る単語はどことなく覚えのあるものばかりだったし、自分の名前にも何故か聞き覚えがあった。当然である、全部ゲームで見聞きした代物だったんだから。
一年も気づかなかったのには確かな理由があるんだが、今は関係のない話なので置いておく。
今一番重要なのは、ここがゲームと同一ないし類似している世界なのであれば、ゲームと同じ結末が待っている可能性があるということ。つまり、カロンはラスボスとして主人公の前に立ちはだかり、その命を散らすということだ。それはもう容赦なく、すべてのルートにおいて、彼女の死にざまは用意されていた。
――こんなに可愛らしい妹が死ぬ そんなこと許せるわけがない!
自分の身を案じるのなら、運命に抗わず、見て見ぬふりをするのが一番なんだろう。手を広げるほど、一つ一つに懸ける労力が分散されてしまうから。
でも、オレにはできない。確実な死が待っている最愛の実妹を見捨て、自分だけ
だから、オレは戦うと決めた。自分の持つ前世の知識を活かして、世界の運命を変えてやろうと決意したんだ。
『東西の勇聖記』は、アクションRPG要素を多分に含んだ恋愛シミュレーションゲームだ。学園に入った孤児院出身の主人公が聖女に選ばれ、その生活の中で魅力溢れるヒーローたちと出会い、絆を育んでいく物語。前半は学園を舞台にした青春モノ、後半は封印が解けかけている魔王を封印し直す旅に出る冒険モノという二部構成になっている。主人公が転生者だとか流行に乗った要素も詰め込んでいるが、基本的には王道に則ったストーリーだ。
といっても、物語の比重は学園編が大半だ。十五から十八までの三年間でレベルと攻略対象との絆を上げ、魔王封印の旅で個別ルートに入る。
ぶっちゃけ、魔王封印は結構テキトーな扱いだった。ルートによってはアッサリ済ませて、攻略対象の抱える問題に取り組む時間の方が多かったりする。
まぁ、大昔に倒された魔王の封印を、百年ごとに選ばれた勇者や聖女が手直しするってだけだから、そこまで必死になる要素はないんだろう。ゲーム内でも『次代の若者に国家の安寧を託す、儀式のようなもの』と発言され、深刻さは見られなかったし。事実、登場する仲間キャラは若輩ばかりだった。
というわけで、勇聖記の主な舞台は学園だ。
オレらの住むカタシット聖王国は百年前より実力主義を導入しており、優秀な人材を発掘するため、十五を迎える国民全員が学園に通うことになる。そこから成人までの三年間で研鑽を積み、成績に応じて就職先が決まる仕組みだ。ゲームでは学園の成績でエンディングの種類が分かれたりもしていた。
ここからは推測になるが、学園の成績でエンディングが左右されるのなら、その生活次第でカロンの運命も変えられるのではないか。実際、カロンのラスボスに至る要因は、学園生活の中で積み重なっていったように思える。
つまり、入学する十五――最悪、卒業手前の十八歳まで、カロンの命には猶予があった。十年以上の期間があるのなら、何かしらの対策が打てる可能性は高い。オレの腕の見せどころだろう。
では、どのような策を講じるべきか。
オレは三つの指針を立てた。
一つは力をつけること。この世界は他のファンタジーの例に漏れず、弱肉強食を良しとする部分がある。学園でも武力向上は優先事項であったし、これから降りかかる難事を跳ね除ける力は必要だ。
二つは人脈を広げること。色々な物語が示しているように、いくら力があっても、人間が単独でできることなんて高が知れている。信用できる仲間を作れば、いつかきっと助けになるはずだ。
最後、これがもっとも大事だ。それは、カロンを正しく育てること。
というのも、ゲーム上のカロンはワガママで嫉妬深く傲慢という、酷い性格をしていた。だからこそ、魔王の誘惑に堕ちてしまい、主人公たちに倒されてしまうんだが、ここで発想を逆転させてみた。
まっとうな性格をしていれば、誘惑に負けず、主人公たちとも敵対しないんじゃないか?
この考えに至った理由は、オレがカロンの兄に転生し、フォラナーダ家の環境を実体験したためだった。
実は、オレたちの両親であるフォラナーダ伯爵夫妻は、親としては失格と言わざるを得ない人物なんだ。愛でる時はとても甘やかしてくれるものの、ほとんどの時間は放置される。面倒な世話は使用人に投げっぱなし。一方、世話を任された使用人もやる気がなく、食事や下の世話の時以外は全然相手にしてくれなかった。
オレに前世の記憶がなかったら、絶対に愛を知らない捻じ曲がった性格に育っていただろう。ゲームでのカロンの立ち振る舞いも納得である。
おそらく、フォラナーダ夫妻は、オレたち兄妹にペット程度の愛着しか抱いていない。ゆえに、自分の好きな時に甘やかし、面倒ごとは放置するんだと思われる。
そんなわけで、家の環境が悪いと察したオレは、両親に代わって妹に愛を注ぐことにした。ほぼ同い年――同年度の四月生まれと三月生まれ――のため、できる範囲は限られていたが、大半の時間を共にすごし、愛していると毎日口頭で伝え、道徳的な絵本を読み聞かせ続けた。
これでも前世は保育士だったので、子どもの世話は問題なくこなせたはず。
お陰で、今のところカロンは優しい子に育っている。動植物を愛で、オレや使用人にも穏やかに接している。どこに出しても恥ずかしくない伯爵令嬢だった。
このまま、優しく真っすぐな女性に成長してほしいものだ。
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