第95話 最期は愛する人の中で

 アルはゆっくりと起き上がって、恐る恐る玄武の方へと向かっていく。

 玄武の首から血が大量に流れ出ており、玄武の身体はぐったりと地面と同化する程に伸び切っていた。

 フールやセシリア達も玄武の近くへと駆け寄った。玄武の傷は想像よりも傷は深く、息が尽きるのもそう遅くはない事を誰しもが悟った。


「玄武! 今回復を!」


「よ……よせ」


「何馬鹿な事言っているんだ! 早く回復を……」


「よせと……言っているのだ……頼む」


 回復魔法を頼むように拒否する玄武に対して俺はゆっくりと杖をおろした。


「そうだ……それで良い。アル……来なさい……」


 息も絶え絶えな玄武は優しくアルに語りかけると、アルは怯えるどころか、玄武の頭を抱いた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……私の……せいで……」


 涙を流しながら玄武の頬に顔を擦り寄せた。

 アルはどうして良いのか分からなかった。泣けば良いのか謝罪をすれば良いのか、一体何が正解なのか分からず、ただただ頬を擦り寄せることしかできなかった。


「……お前が無事ならそれで良い、我が娘よ」


「え……?」

「嘘……」


 俺もセシリアも驚きを隠せなかった。

 今まで見てきた玄武の正体が行方不明になっていたアルとイルの父親であったのだ。


「そんな……こんな事って本当に……」


「……」


 ソレーヌもシュリンも驚いているようだった。

 ウォルターは目を伏せていた。きっとウォルターは勘づいていたのだろう、玄武が誰だったのかを。


「やっぱり……お父さんだったんだね……」


「き……気が付いていたのか?」


「目を見たとき、懐かしい感じがしたから」


「そうか……うっ! げほっ! 」


 玄武は激しく吐血する。鎌が喉に深く刺さっており、意識を保っているだけでもやっとであるはずなのに玄武はその血がアルの顔に少しだけかかる。

 アルの涙がどんどん溢れ出て、頬にかかった血を洗い流す。


「お父さん駄目!! 死んじゃだめ!! ねぇ!! お父さん!!」


 アルはぐしゃぐしゃになった顔を玄武に向けた。しかし、玄武はアルへ苦しみの顔ではなく笑顔を向けた。


「だい……じょうぶだ……お前たちなら……」


 弱々しくなる声と共に玄武の瞼が段々と閉じていく。そんな玄武をセシリアは辛くなったのか、顔を手で隠して後ろを向いてしまった。

 こんな辛く、胸の苦しくなる現実を俺だって目をそむけたくなる。しかし、俺は背かなかった。背いたら玄武に失礼だと感じた感じたからだ。俺は彼の最後をしっかりと見届けなければならない。

 そして、深く心に刻まなければならない。


「アル……お母さんは、無事だ。フェルメルの……屋敷に……もう時間がないだ……から、アル……よく聞け……」


「お父さん!!」


 アルの抱きつく力が強まる。


「私の力を……お前たちに託す……それで必ず……メリンダを……」


 玄武の身体がゆっくりと力なく伸びて行く。

 ゆっくりと瞼が落ちていく途中、最後の言葉をアルにかけた。


「愛してるよアル、イル」


 それを最後に玄武は息を引き取った。


「お父さん……お父さん、うわ……ああ……うわぁああああああああああん!!!!!!」


 アルは声上げて泣いた。泣いて……泣いて、玄武の顔から離れようとしなかった。

 そんなアルの姿を見て、誰もが声を掛けることは出来なかった。


「……ん、お姉ちゃん?」


 ウォルターに抱えられたイルがアルの泣き声で起きる。

 イルがアルへ目をやると倒れている玄武が目に入った。


「……大丈夫か?」


 ウォルターが優しくイルへ言葉をかける。


「大丈夫……大丈夫です」


 イルはウォルターの腕を掴み、小刻みに震えていた。

 右腕に暖かな涙が落ちる。

 きっとイルは既に察していたのだろう。だが、その気持ちを敢えて隠していたに違いない。

 歳を考えてもまだ幼い少女がここまで気を使うことができるだろうか? 否、そんなことは同年代の少女がそう簡単にできない。

 彼女はこれまでの経験で、精神的に成長したのだろうとウォルターは腕の中で静かにすすり泣く少女へ向けて感じた。

 ウォルターは静かに彼女の頭を撫でた。


 一方でアルは動かなくなった玄武にしがみついて泣き続けていた。

 悲しんでいるアルを慰めようと俺とセシリアがアルの元へと歩もうとした時だった。突然、玄武の身体が白く光りだす。


「な……なんだ!?」


「眩しい!!」


 あまりの輝きに俺もセシリアも直視できず、手で光を遮る。

 しかし、そんな輝きを唯一直視している者が居た。


「お父さん……」


 アルはゆっくりと立ち上がり、その光を見る。

 光は玄武の形から球状へと代わり、ゆっくりと浮上していく。

 それをぼんやりと眺めているアルの脳裏に声が入って来た。


「私の力と僅かな記憶をお前に託す。私はお前たち中でいつでも見守っている」


 その言葉が途切れるとともにその光の玉は部屋の中を縦横無尽に駆け回るとアルの胸にぶつかった。そして、光が消えるとともにその玉はアルの中へと入る。


「!!」


 突如、アルの頭の中でとある風景が広がった。それは、商業都市ウッサゴの上空からゆっくりと大きな城へとズームされていく。

 その城はウッサゴを知る者なら誰でもわかるあのフェルメルの城だった。

 その最上階、資料や豪華な絵画や造形物が立ち並ぶ一つの部屋へと焦点があてられるとそこには派手なドレスを身に纏った女性と檻の中で倒れている女性が見えた。

 更に視界はその檻の中へと迫っていく。

 檻の中へと入り、その女性の顔がアルの視界いっぱいに入った。


「あの人は……お母さん?」


 そう、アルの視界に見えていたのは玄武が見つけ出したアルの母親であるメリンダの居所だったのだ。

 玄武はアルに視覚情報で母親を助けることを託したのだ。


「お母さんが!! フール!! お母さんが大きな城の一番てっぺんに!!」


 アルは興奮した様子で立ち上がると俺に向かって走り寄ってくる。


「なに? お母さんがか?」


「うん! お父さんが私に伝えてくれた!!」


 アルは短剣を腰にしまって、ウォルターの方へと向かう。


「騎士団長さん! 私たちが住んでる都市で1番大きい城ってわかる!?」


「ウッサゴで1番目立つ城などフェルメルの城位しか考えられないな。ともかく、ここから急いで出なければ」


「それなら私に任せて! みんな! 私のところに来て!」


 アルは全員を部屋の一箇所に集めた。

 誰もがアルの行動に理解ができなかった。


「アルちゃん、一体何をするの?」


 セシリアが心配そうに話す。


「お父さんから貰った力で……ここから出るの!」


 アルが地面に触れると、触れた地面に青い光が生まれる。

 その光は俺達の足元に広がると地面が大きく揺らいだ。

 大地がひとりでに動き出す。まるで、大地に命が宿ったかのように。

 この事象はどこかで見たことがあった。俺達が初めて玄武に出会った井戸の中で見た『大地を操作する』力だ。

 アルは玄武からその力を授かったのである。


「アルちゃんこれって!?」


「お母さんを助ける!!」


 アルの意志に応えるように世界が大きく揺れ、そして俺達のいる地面が陥没していくと周りの大地が俺たちを飲み込んだ。



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