第93話 SS級モンスター 死神ノ鎌戦③

「……ね……ちゃん……おねえ……ちゃん! お姉ちゃん!!」


「イル……あれ? ここは?」


 アルがゆっくりと眼を開く。そこにはいつものイルがいた。必死に夢の中に居た私に向けて声をかけ続けてくれたのだろう。だから、アルはあの夢を見続けることなくこちらへと戻って来られたのだ。

 アルがゆっくりと起き上がると自分が巨大な生き物の甲羅の上に居ることに今気が付く。そして、後ろを振り返ると巨大な竜の頭がこちらを向いていた。


「えぇーー!? 何が起きてるの!?」


「お姉ちゃん、話は後で! それよりもあれを見て!!」


 イルに指さされた方向を見ると巨大な鎌を持った亡霊と仲間たちが戦っている様子が目に入る。

 今まで眠っていたのでこれまでに起こっている状況は勿論理解することはできていないが、みんな必死で目の前に居る危ない見た目をした魔物と戦っているのを見て、普通の事態ではないことは感じた。


「みんなが……戦ってる」


「そうだよ! 私たちも行かないと!!」


 イルの言葉にアルは驚いた、あの臆病者のイルが自ら危険な場所へと向かおうとしていることに。


「でも……私たちが行ったって力になんてならないよ……」


「お姉ちゃんの馬鹿!! みんなが私たちにしてくれた事、忘れちゃったの!? フール達は私たちを助けてくれて、支えてくれて……迷惑もいっぱいかけたのに、それでも私の事を許してくれて……今度は私たちがみんなを助ける番なの!!」


「で……でも……」


 アルは俯いてしまった。外へと出すことが出来ずに溜まっていく色々な思いが心の中でグルグルと混ざり合い、それがアルを畏縮させた。


 そんなアルを見て、イルが抱きかかえていた熊のぬいぐるみが独りでに動くと、アルの顔を覗き込んで頭を撫でる。


「ぬいぐるみを動かすこと、それが私の力……だと思ってた。一歩間違えればみんなを傷つける危ない力だって、前の事で分かっちゃった。でも、みんなを守るために使えば良いんじゃないかって……お姉ちゃんにもあるはずだよね? 私たちが盗賊に捕まった時、お姉ちゃんの能力で逃げることができたあの力……私たちならみんなを助けられる! みんなの所へ行こ! お姉ちゃん!!」


「イル……」


 イルが特異な能力を持つように自分自身にも特異な能力がある事は分かっているが、イルのように派手で強力な能力でという訳ではない。

 私がしたことと言えばだけの事だ。

 こんな物を壊すだけの能力など使い道なんてそこまで無いと思っていた。しかしイルの事例を見るに、もしかしたら自分の能力を認識してしまっているのかもしれない。


 もし、私の物を壊すだけの能力がみんなを助けられる能力ならば……


 その望みを胸に秘め、アルは顔を上げて立ち上がる。

 そして、後ろを振り向いて玄武の顔をみた。


 その顔は青い瞳を静かに2人の方へと向けているのみで、何も言おうとはしなかった。

 ただ、その目は無言であるのにどこか暖かさを感じた。まるで、あの夢の続きを見ているような。

 でも、アルは気に留めかけそうになった気持ちを前に向かせ、イルを見る。


「行こ! イル!」


「うん! お姉ちゃん!」


 アルとイルは2人合わせて大きく飛び、玄武の背中から降りて地に着いた。




 一方で俺は魔力を溜め続けていた。

 今のままでは死神ノ鎌の身体を浄化できるほどの回復魔法を放てる魔力にはまだ近づいていない。

 前に戦ったエンシェントドラゴンに火球をぶつけるような魔力では死神ノ鎌を倒すことは出来ない。


 みんなも、応戦しているがいつ死神ノ鎌の【一撃必殺】の餌食になってしまうかわからない。

 そう焦っていると、胸元のペンダントが輝き出す。


「マスター、困った時は1人で抱えこまないで、私もお手伝いいたします」


 現れたのはあの風の精霊シルフだった。


「”魔力譲渡(マナシェード)”でマスターの魔力蓄積をサポートします」


「シルフさん! ありがとうございます」


 シルフのサポートによって魔力が流れる速度が倍近く早まったことにより、時間が短縮できそうだった。

 しかし、あと少しだけ時間が必要だった。


 頼む! もう少しだけ耐えてくれ!


 前方でセシリアと白虎が力を合わせて死神ノ鎌と戦っていた。セシリアは白虎の上へと乗り、白虎はセシリアの足となって支援していた。

 一度殺されかけ、狂乱状態となり凶暴化している死神ノ鎌は攻撃速度が向上し、動きが俊敏になっている。

 そのため、白虎はセシリアを自身の上に乗せる事を提案したのだ。


 セシリアが白虎に乗ってから白虎の能力である、【幻術】で自身とセシリアの幻術体(ミラージュ)を複数生み出し、敵を惑わせながら白虎の俊敏な動きで攻撃を回避し続けていた。

 しかし、そろそろ白虎も疲労が溜まってきており、限界が近づいてきていた。

 明らかに動きがのろくなっている。


「白虎大丈夫!?」


「すまない……まだだ……まだ行け……」


 そう、会話をして気を抜いたときを見計らって居たのか死神ノ鎌が白虎たちの後ろをヘと回り込む。

 まずいと思った頃にはもう遅かった。白虎の身体に鎌の刃が触れると首を掻き切った。

 首と身体が別々に吹き飛び、セシリアも空中に放り出されて地面に転がり落ちた。


「そ……そんな……白虎!!」


 セシリアが白虎の首へと駆け寄る。

 白虎の首からはせき止められないほどの大量の血が流れ出ている。


「わた……しとしたことが……すまない……」


「だめよ! だめよそんなの!!」


 セシリアの目には涙が溜まり、塞き止められなくなった涙はこぼれ、白虎の顔へと落ちる。


「元は殺そうとしていた者へ……涙を流すとは……」


「確かにそうだったけど……でも、貴方たちに出会って分かったの……何かがおかしいって……」


 セシリアの言葉で白虎の口角があがった。


「私たちの……想いが伝わったか……」


「想い?」


「命尽きる前に最後……君に伝える……私は……元は獣人だったんだ。フェルメルとバルバドスによって……四神に変えられた。玄武も……そう……だ。もうじき、この世界は奴によって……滅びる。だから……フールに……いや、に伝えてくれ」


 その言葉を残し、白虎の目の光は消え、動かなくなってしまった。


「そんな……こんなのって……」


 戦闘で初の犠牲者が出てしまった。【一撃必殺】という特殊能力がどれほど恐ろしい物なのか、この場で白虎の死を目の当たりにした者達は理解した瞬間だった。


 しかし、悲しんでいても敵の攻撃が止むことは無い。悲しんではいられない。

 次はセシリアへ向けて、動き出そうとしたその時だった。

 横から、大きな岩の拳が死神ノ鎌の顔面に直撃し、壁へと吹き飛ばされた。

 その岩の持ち主は二足歩行の人間のような形をした岩の塊だった。その上に見覚えのあった顔がいたのだ。


「セシリアを、みんなを傷つけないで!!」


「イルちゃん! アルちゃん!」


 石人形ストーンゴーレムはセシリア岩の手ですくい取るとアルとイルがいる石人形の肩へと乗せた。


「2人とも……無事だったの?」


「うん、私もイルも玄武が助けてくれたの」


「玄武が?」


「白虎が……死んじゃった……許せない」


 白虎の首を見たイルは直ぐに死神ノ鎌の方へと向けて石人形に指示する。


「やって! 石人形!!」


 石人形は大きな雄叫びを上げると、起き上がろうとする死神ノ鎌へ走り出し、その岩で出来た拳を振った。

 1発目、2発目と敵の顔面を殴り続け、死神ノ鎌の頭の部分が壁にめり込んでいく。

 石人形の力の強さは全員が想像を絶するものであった。


「す……淒い……」


「あの子にあんなパワーがあったなんて……」


「やばすぎるんだぞ……」


 ルミナもソレーヌもパトラもみんな、その石人形の力に驚いていた。


 そして、最後の右ストレートを顔面に入れた瞬間、壁が崩れて死神ノ鎌は瓦礫に埋まってしまった。


「す、凄いわねイルちゃん」


「まだです」


 イルの言葉通り、瓦礫の中からゆっくりと死神ノ鎌が出てくる。

 恐らくダメージは与えられてはいるものの、まだ倒れる事は無いだろう。


「くぅ……しぶといです」


 イルは渋い顔をするが、直ぐに顔色が戻った。


「……フール」


 イルの見ている目線の方向へセシリアも目を運んだ。


「フール!!!!」


 時が満ちた瞬間だった。


「すまない……大分待たせてしまった」


 フールの持つ杖は膨大な魔力が込められており、虹色の光があふれ出て、この空間を照らしている。

 この光が、この場にいたものに安心感を与える。


「フール来たーー!!」


「フールさん!!」


「ルミナもソレーヌも遅れて済まなかった……これで、決めてやる!!」


 とうとう魔力が溜まりきったフールは全ての魔力を死神ノ鎌へとぶつけた。

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